いのちだいじに
読真は退院の手続きをして、それから真秀の荷物の所在を確かめてやった。やはり対異生物特務庁のメンバーが管理してくれていたようだ。スマートフォンなど必要なものだけを病室に持っていってやり、書士道具はそのまま読真が預かることにした。
「他に準備しといてほしいものはないですか?」
「あー‥あと、一本、スポ、ドリ、ほしい、」
「わかった、何本か買ってきます。何でもいいですか?」
こくりと頷いた真秀を見て、そのまま読真は病室の外に出ていった。少しして入れ違いに高杉が入って来た。思わぬ来客に身体を起こそうとするが高杉は「いいからいいから」と言って真秀を寝かせたままにした。
がさ、と大きめのビニール袋を置き、中からプリンを取り出す。
「読真にもやったんだけど、ここのプリンうめえからさ。‥まだ食えねえと思うけど、この下の冷蔵庫に入れとくから」
そう言って手際よくプリンを冷蔵庫の中に収めていく。‥確かに気持ちとしては食べたいが今はのどを通らないな、と思いながらその様子を眺めていた。
高杉はさっきまで読真が座っていた椅子にどっかりと腰掛けた。
「新藤のおっさんには俺から連絡しといたぜ。だいぶ気を揉んでたなあ、ありゃあ」
そう言われて、自分の後見人である新藤の顔を思い浮かべる。
真秀の両親は、二人で『闘封』を組んでいた。だが真秀が十歳の時、突然現れた異生物に殺されてしまったのだ。出現場所が真秀の家のすぐ近くの公園で、闘書士の母も封書士の父もその時書士道具を持っていなかった。
二人は書士道具もなしに血闘字を使い、体力と気力の全てを使って異生物と戦った。母は斃れ、父は命と引き換えにしてその異生物を封殺したのだ。
おかげで、その発生現場での死者は真秀の両親だけに抑えられた。真秀も怪我を負ったが、それよりも両親の闘いと死は真秀の心に大きな傷をつけていった。‥本人がわからぬまま。
あれ以降、真秀は自分の命を惜しまない。誰かを守れればそれでいいと思っている。だから自分を守る分の気力体力を考えない。
後見人となった新藤は、真秀の両親を教えた元書士である。身寄りのない、書士の子どもたちを引き取って育てる施設の施設長をしている新藤は、真秀のその危うさにいち早く気づいていた。だから真秀が封書士になると言ったときも最後まで反対していた。
その経緯を高杉は知っている。高杉は異生物発生現場で、真秀の両親に助けられたことがあるらしい。詳しい話はしてくれないが、いつも「お前の両親には返しきれねえ恩があるから」といって色々と真秀の世話をしてくれていた。
大学への進学や書士になる時など、節目の時には施設までやってきて新藤とともに色々と尽くしてくれた人物なのである。
真秀はこの二人にはなかなか逆らえない部分があった。
だから今、ここに高杉がいることが少し気まずい。‥おそらく自分が無理をしたことがバレているだろうと思うからだ。
どこに視線を向ければいいかわからず、いっそ目をつぶってしまおうかと思ったとき高杉が低い声を出した。
「お前、また無理しただろ」
「‥‥」
「何で自分の命を大事にしねえんだ。‥両親が悲しむとは思わねえのか」
「‥そう、だな‥」
自分たちの命を捨てて、真秀やそこにいた人々を救った両親。両親は、真秀が誰かをかばって死んだら、悲しむのだろうか。
自分たちはそうしたくせに。
「読真は、お前が自分の命を犠牲にして守ってもらっても嬉しくねえと思うぞ」
「‥‥」
読真の整った顔を思い浮かべる。確かに、そういうことをされるのを嫌がりそうだ。自分があの酷似次元異生物に血をやった時もかなり怒っていたしな。
「‥何の話ですか?」
スポーツドリンクを抱えた読真がゆっくりと病室に入って来た。座っている高杉の後ろにある棚にスポーツドリンクを置く。そして高杉の方に向き直った。
「字通が無茶をするのは、いつものことなんですか?」
余計なことを言うな。
そういう気持ちで必死に高杉を睨んだが、高杉はちらりと真秀を見ただけですぐ読真の方を向いた。
「‥まあ、無茶はする奴だよ。だから心配してる。読真、お前がストッパーになってやってくれ、こいつが馬鹿な真似しないように」
「‥わかりました」
読真は静かにそう言って真秀の方を見た。何となくその目を見れなくてうつむいてしまった。
「字通、俺はなかなか『闘封』を組んでもらえない闘書士でした。‥だからようやく組めたあなたとこの組がうまくいかないと困るんです。俺も努力してあなたの技量に負けないようにしますから、あなたはあまり無茶をしないでください」
「‥うん」
真剣な顔の読真にそう言われ、思わず頷く。高杉が横でにやにや笑っているのが気にくわない。だが何か言う気力も殴る体力も今はないので、退院したら一回殴ろうと真秀は心の中にメモっておいた。
「着替えとかなんかは、書士会の方で手配するそうですから待っていてください。他に何かありますか?」
「‥いつ頃、任務に、復帰、でき、るかな‥?」
読真はすうっと眉を顰めた。‥怒っている?ように見える。
「まずは、身体を本調子に戻してからです。それからまた鍛錬をして息を合わせられるようにします。そこまで順調にいけば、です。書字士会の方からは当面の間は任務どころか錬地の使用も、現在禁じられています」
結構、きつい処遇だった。だが力不足と言われれば何も言えない状況ではある。
仕方ない。
「よく、休む‥」
「それがいいです」
ぴしゃりと言って、読真は「それではまた来ます」と帰っていった。横でずっと高杉がくつくつ含み笑いをしている。持っていたペットボトルを弱々しく投げつけてやったが、ひょいと避けられて受け止められた。
「お前、結構読真といいバディになるんじゃねえか?お前の天然ボケも読真にはきかなそうだしな!」
あはは、と大声で笑いだした高杉を恨めしく見ながら、真秀はどうして自分は読真の言う事にちょっと逆らえない雰囲気があるんだろうと考え込んでいた。
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