組
読真は目を閉じた。
身体が重い。怠さと痛みが全身に回っているような感じだ。足の傷も開いたはずだが、そこよりも身体全体の痛みや怠さの方がキツい。
人の身体は一番痛い部分を痛いと感じるようにできているらしいから、足は全身よりもましということなのだろうか。
そこまで考えて、真秀の事を思い出した。
新人とは思えない、色々な動きだった。最初の封字陣の大きさ。その前に封字紙を書いていたこと。あの陣を祈念しながら自分を救うべく別の封字を書いて身矢を射ってくれたこと。
最後に血矢を射ち、封殺までしてくれたこと。封殺はならなかったが、そこまで持ってこれたことがすごいのだ。
自分が同じ立場だとして、あれだけのことをできる自信はなかった。
これは、自分が足手まといにならないように努力すべきなのかもしれない。
読真はそう思った。真秀が「環」に上がるまで、という組約束だったが、この様子では上がるのはそう遠くないかもしれない。‥‥自分が、足を引っ張らなければ。
そこまで考えて、随分自分が落ち込んだ思考になっていることに気づき、苦笑いが出た。
(とにかく、身体を治してからだな)
そう思って、寝ることにした。
唐突にパチリと目が覚めた。
横にいた誰かが、「意識戻られました」と誰かに言っているのが聞こえた。自分の事だろうか。目を開けたままでいるのがなかなかつらい。もう一度目を閉じようとした時、男の声がした。
「字通さん、聞こえます?ここがどこかわかりますか?できれば目を開けてください」
仕方なく重い瞼を持ち上げる。男は真秀の手首を持って脈を計り、目の内側や首筋など色々なところを触った。
「わかりますか?」
「‥びょう、いん、ですか?」
「そうです。お名前と年齢、言えます?」
「あ、ざとり、まほ、ろ、十八歳、です」
「はい、ありがとうございます」
男は点滴を調整すると、真秀に向き直った。
「あなたは随分と酷い衰弱状態でここに運ばれてきました。丸三日、意識が戻らなかったんです。少しずつ体力は戻ってくるとは思いますが、無理はいけません。‥あと一週間ほどはこちらで静養してください。その間に他の異常がないか検査も並行してやっていきます」
「わか、りました、あの、俺の友達、は‥だい、じょうぶ、でした、か?」
「流文字さんね、大丈夫ですよ。彼は今日退院かな。彼に知らせてくれるよう頼まれていましたから、知らせてきます。すぐ会えますよ」
男はそう言って病室を出ていった。
真秀は目を閉じた。目を開けているのが途轍もなくつらかったのだ。身体が鉛のように重い。自分でも無茶をしたなあという気持ちはあった。だが、読真に認めてもらいたい一心だった。
(でも、よかった無事で)
どれくらい自分の力が助けになったかはわからないが、とりあえず読真を喪うことはなかった。その事に真秀は安堵した。
しかし一週間。大学も休まなければならないのはきつい。ちょうどグループで取り組みだした課題もあったのに。連絡をしておかねばならないが、と周りを見回したが自分の荷物らしきものは見当たらない。ひょっとしたら書字士会か対異生物特務庁のメンバーが管理してくれているのかもしれない。
誰か来たら聞いてみよう。そう思ってまた目を閉じた。背中から引きずり込まれるような眠気が襲ってくる。少し、だけ。そう思った次の瞬間にはもう意識を手放していた。
誰か、いるのか。近くで人の気配がする。目を開けるのはかなり億劫だが、真秀は無理に目をこじ開けた。すると目の前に心配そうな読真の整った顔が見えた。初めて会った時も、芸能人みたいなイケメンだなあと思ったが、やはりとても整った顔だ。その顔から少し怯えたような声が出る。
「字通‥大丈夫か?何か‥飲むか?」
そう言われて初めて、喉がガサガサしていることに気づく。「ん」と短く返事をすると、読真がストローを挿したスポーツドリンクを持って近寄ってきた。頭の後ろに腕を入れてベッドを起こしてくれるが、それだけで全身が軋むように痛む。顔を顰めた真秀を見て「すまん、大丈夫か」と気づかわしげに言ってくるので、頷いて斜めに起き上がったベッドの後ろに身をもたせかけた。飲み物を受け取ろうとするがうまく腕が上がらない。「いいから」と言って読真が口元まで寄せてくれた。ありがたくそれを飲む。
飲んでみれば信じられないほど旨くて、ごくごくと一気に飲んだ。
はあ、と息をついたところで読真が飲み物を脇に置いた。読真に向かって何とか言葉を絞り出す。
「あり、がと、な」
読真は目を瞠った。おお、イケメンはどんな顔をしてもイケメンだ。でもこんなことを言ったら読真は怒りそうだな、と思いながらその顔を見つめる。
読真は少し赤い顔をしてうつむいた。膝の上に置かれた拳がぎゅっと握りしめられている。
「‥‥こっちの台詞です。あなたがいなかったら、多分俺たちは死んでいたかもしれない。‥先輩なのに、不甲斐なくて‥申し訳なかった」
苦しげにそう呟く読真に、真秀は胸が温かくなるのを覚えた。
仲間、と認めてもらえたのかもしれない。
だとしたら多少の無理をした甲斐はあったのだ。
微笑みながらゆっくりと真秀は言った。
「そ、んな、こと、ない、読真、がいて、よかった」
重たい手をそろそろと持ち上げて読真の方に差し出す。目の前に差し出された手を見て、読真がどうすればいいかわからない、と言った顔をしていた。面白い奴だな、と思いながら手を伸ばす。おずおずと読真がその手を取った。
「俺、たち、いい、組に、なろう」
そう言って精一杯の力で読真の手を握った。
なぜだか読真は泣きそうな顔をしていた。
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