病室
ふと目を覚ますと、見えたのは白い天井だった。
一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなって身体を起こそうとしたが、全身に鈍い痛みが走って起こせなかった。
そのままばたりと横になる。左右を見渡せば、ここは病室らしい。腕には点滴が施され、指先には何やらの器具がついている。
そこまで見て取ってから、自分が鍛錬で力尽きたことを思い出した。
そして、真秀が酷似次元異生物に血を与えてしまったことも。
真秀は無事だろうか。見渡した限りここは個室のようだった。ナースコールを探していると病室のドアが開く。
「ああ、やはり目が覚めたか」
そう言って入って来た医者らしき男は、読真の指先から器具を外し、脇にある何やらの医療機器を操作している。
「あの、俺の連れがいたと思うのですが、無事ですか‥?」
掠れる声で聞いてみると、男はああ、という顔をして言った。
「君と一緒にいたあの子ね。‥まあ、重傷度でいうとあの子の方がひどいね。相当無理をしたんだろう。衰弱がひどいからしばらく目覚めないと思うよ。‥まあ、命に別状はないからそこは安心していい」
そう言って男は読真の手首を取って脈を診始めた。しばらく診てから「よし」と呟く。
「取りあえず君はもう少し休めば大丈夫だ。そうだな、明後日くらいまではここにいなさい。ご家族には対異生物特務庁の方が連絡をしてくれていると思うから」
「ありがとうございます。‥連れはどのくらいで目覚めそうですか?」
男は少し首を傾げた。
「う~ん、何とも言えないけど‥早ければ明日には目覚める、かな。とにかく衰弱がひどいからね。目覚めたら君にも知らせるよう手配しておくよ」
「ありがとうございます」
男はそのまま病室を出ていった。
今回の鍛錬について考える。
始める前は自分がしっかりと色々教えるつもりで行ったはずなのに、ふたを開けてみれば新人にばかり負担をかける結果になってしまった。しかも最後に、衛門へ血を与えることにまでなってしまった。‥完全に自分の采配ミスだ。足の傷も大したことはないと高をくくってしまっていたし、衛門と安易に約束をしてしまったこともよくなかった。
何より、足の怪我も含めて自分の余力を見誤っていた。‥両親の呆れる顔が目に浮かぶ。母は封書士として未だ前線で働いている。封書士がほとんどいないアメリカへ出向したままもう二年になるが、書士の仕事にはかなり厳しい人だ。
父にはたまに叱責を食らうことがあっても、母からは直接何か言われることはないに等しい。だが、母は目でものをいう。その目が鋭く、厳しいのでいつも読真は何も言えない。
特に、あのことがあってからは、読真は母に何も言えないのかもしれない。おそらく今回の一件もいずれは母の耳に入るだろう。
天井にため息をつく。
とにかく、もっと鍛錬を積まねばならない。怪我をしていても、体力を削られても、気力でもう少し持ちこたえられるようにならなければ、この先闘書士としてやっていくには力不足だ。「鋭」に上がったからといってそこで終わりではないのだ。
病室のドアががらりと開いた。そこから顔を出してきたのは高杉だった。
「おう、目が覚めたか。‥気分はどうだ?」
「‥よくはないですね」
はは、と軽く笑って高杉はベッドのわきにあった椅子を引いて腰掛けた。手に提げていたビニール袋を、ベッドサイドの棚に置く。
「ほれ、プリン。この棚の下に確か‥あーあったあった。ちっせえ冷蔵庫ついてんだよな」
そう言って幾つかのプリンを冷蔵庫にしまい、「食えよ」と一つを読真の方に差し出してきた。仕方なくゆっくりと身体を起こす。まだ痛みは鈍く身体を覆っているが、ゆっくりとなら何とか起き上がれた。
プラスティックのスプーンでプリンを掬って口に運ぶ。優しい甘さがした。
「うまいですね」
「だろ?おれ好きなんだよ、ここのプリン。いっぱい買ってきたから食べろよな。日持ち、明後日までだから」
そう言って自分は紙コップの珈琲を飲んでいる。
「高杉さんも食べたらどうですか」
「いや、俺は今腹減ってねえから」
そう言って紙コップを棚に置いた。
読真の身体と顔を見つめてくる。何だか居心地の悪い感じがして、思わず「何ですか」といっていた。高杉は読真の目を見て言った。
「衛門か?」
「‥多分、違います。別の異生物です」
「何体相手したんだ」
「結果的に、七体です」
高杉は顔を顰めて、言葉を継いだ。
「一昨日、錬地5号に放されていた異生物は全部で二十体だ。お前たちが救出された後に確認したところ、残っていたのは十七体だった」
「え」
高杉は腕を組んで顎に片手を添え、考え込む。
「つまり三体しか減ってない。‥残りの四体は、野良が混じったか衛門が連れてきた異生物かだ」
読真はきゅっと唇を噛んだ。自分とは戦っていないという風に衛門が言っていたのを真に受けてしまった。衛門の手の者とは戦っていた可能性があるということだ。‥真秀が血を与える必要はなかった。
どこまでも自分は甘い。認識がまだ甘すぎる。それを今回の鍛錬で思い知った。無論、衛門は何年生きているかわからない酷似次元異生物だが、それにしても自分の認識が甘かったと思わざるを得ない。
「俺の認識の甘さで、組の字通に迷惑をかけてしまいました」
「‥それを自分でわかったんなら、まだ救いもある。字通はまだ目覚めていないようだ。随分と体力が削られた状態で酷かったからな」
「‥そう、聞きました」
高杉はぐいっと珈琲を飲み干してカップをぐしゃりと握りつぶした。
「親父さんが後で迎えに来ると思うぞ。明後日までは大人しく寝とけ。‥お前のバディが目を覚ましたら、また俺もここに来る」
そう言って立ち上がった。厚みのあるたくましい身体だ。そういえば字通と面識があるような感じの事を言っていなかっただろうか。
「字通と知り合いなんですか?」
高杉は何とも言えない顔をして、ガシガシと頭を搔いた。
「いや、本人は知らねえ。親御さんを知ってるんだ。‥じゃあな」
それだけ言って、高杉は足早に病室を出て行ってしまった。
再び病室内は静寂に包まれた。部屋の外では様々な音がしているのだが、病室内には何の音もなく、外界から隔絶されているような感じがする。
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