第94話 新学園長であり新侯爵。
「なるほど、仕事は店番ですね」
「私は寄付ではなく働いた分を彼らに支払おうと考えています。彼らのやる気にもつながるでしょうしね」
流石にいつもの少し言葉の固いインフー先生でも仕事の話となって少し敬語が出てきた。
基本的に寄付はその個人ではなく孤児院に渡すものになる。裏でお小遣いを渡すような場合もあるが私は「孤児院への寄付」というよりも「個人へ対価」を支払いたい。その上で彼らが孤児院にお金を渡すのならその方が良いんじゃないかと思うからだ。
薬品販売以外にも可能ならもっと別の形でも稼ぎたいし、今後もっと仕事を頼むかも知れない。
「それに学園の許可があれば他の仕事もしたいですね。うまく行けば孤児たちが何十人も働く場所が出来ると思います」
「そっ、それは助かるっ!」
「もちろん高位貴族として寄付は続けますが……まぁ、仕事はそれでいいとして……インフー先生。なんで私に票を入れたんですか?」
これは聞きたかったことである。
仕事をお願いしようとしたのだが……急に来た大型契約のチャンスだからかインフー先生の態度がいつもと違う。落ち着かせるための世間話だ。
この先生がまず一票入れてくれたおかげで私にもほんの少し票が集まってしまった。学園の猫以下だが。
「あぁ、その……君が学園長となれば君の安全は保証されるだろう?それに君は人を教え導くことができる才能があると私は思っている」
「え?本気で入れたのですか?」
「もちろんだ。有力な者に入れたほうがいいという考えも選挙にはある。だが俺は俺の心に従って票を入れた……困惑させたのならすまない」
「い、いえ、なんだか照れますね」
「しかし、ユース老とクラルスが本気になれば今からでも席につくことも出来るかもしれない。しかし、外の争いで身の危険のある君には良いんじゃないか?――――俺は子供が傷つくのが本当に嫌なんだ」
「………お気持ちは嬉しいのですが、勘弁してください」
私の身の安全から考えられた投票だったのか……インフー先生からの評価が何故かものすごく高い気がする。
仕事の条件や今後私が「この学園でしたい仕事」とその規模なんかも伝えて話しあっていく、インフー先生でもここの子供たちの雇い主ともなれば言葉遣いが変わるのは少し面白い。
「それではお仕事の件よろしくお願いします」
「子供の予定を優先してくれるのは助かります、その分人手は人数でまかないますので」
また少しインフー先生が仕事モードになってしまった。
仕事の条件を話していくが……ちゃんと彼らにも休みの日を作る。こちらでは常識なのかも知れないが「年中無休働かせます!」というスタイルは流石に止めた。
人には予定や体調もあるし休みの日だって作ってあげたかった。……しかしインフー先生には「ずっと働いて当然」「怪我や病気で休みになるのも当たり前」と考えもあって、日本では常識である「有休」や「予定されている休み」と言う考え方もない。
休みたければ店主に声をかければいいだけだし、店員の予定で店が休みになるのも当たり前なのだ。
学生が中心で回している今のお店の働き方は文化祭みたいで楽しくはあるが、やはり現代で働いてきただけあって働き方にも違和感がある。
ちゃんとお給料は出しているからミキキシカやミリーはものすごく働いてくれている。何なら24時間働きますよと言わんばかりだ。
平民だけではなく貴族も積極的に働いている。リーズはお金を自分で稼ぐことに目を輝かせて宝物みたいに銅貨をハンカチで包んでいたが……レーハさんは貴族だけどものすごい働いてくれている。講義よりもお店で働いている辺り実家が苦しいのかも知れない。
「しゃ、社会勉強ですわっ!!」
「ワー、イツモアリガトー、タスカッテルヨー?」
強がりが可愛くて笑いをこらえるのにカタコトになってしまった。
貴族でも赤貧貴族はいる。身分に関係なく、働き方を、雇用形態を考えるのはとても難しい。
私は社会経済はわかっても会社の雇用形態に詳しくはない。週休2日制なんてこちらで言っても通用しないし無理に当てはめようとしても困惑するだけだろう。
孤児たちは人数に対して仕事が不足しているようだが、この建物内でも幾つかの事業をしているそうだし彼らには彼らなりの仕事が、生活がある。インフー先生とは「お互いの仕事への価値観」は異なったが「子供を大事にして、無理をさせないようにする」という点では意見は完全に一致した。少しずつ休みは増やしてくれる。
条件を話し合ったが残りは派遣されてくる人の適性を見て決める。更に私のやりたいことも相談するが今はだめっぽい。
選挙が終わっていないため、大きな新事業は出来ないそうだ。
「これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、では今日はこの辺で……しばらく長く話しすぎたね。暗くなってきたし寮まで送ろう。………おっと」
部屋を出ようとしたら外から子供が入ってきた。
「せんせー!話し終わった?」
「遊んで!」
「新しいおねーちゃん?」
「こらこらお前たち」
「いんふーせんせー!」
インフー先生は群がられて少し困っているが……子供に好かれているようだ。
いつも少し固い顔の彼だが子供に向ける表情はとても柔らかく、その瞳に慈愛が見て取れる。
物珍しいのか私にも子供が一杯群がってきた。この大きな建物には一体どれだけの人がいるのだろうか?
「おねーちゃんもご飯出来るから食べていくといーよ!」
「美味しーよ?」
「この杖浮いてるぜ!すげぇぇぇ!!」
「ねー、なんでその服着てるの?作ったの??」
「新しい子?」
どうせなので私も食べていくことにした。
インフー先生は研究者としてはかなりアレだが、子供が大切なのは見ていてすぐに分かる。
「「「「恵みを与えてくれる精霊に感謝を」」」」
食堂のサイズを考えるとここに住む人間が全員一斉に食べるわけではないのだろうけど結構な人数で一緒に祈りを唱えて食べ始めた。
肉の少ない癖のあるシチュー。それと固くて渋いパンに知らない果物。
……路地で食べていたパンよりもよっぽど上等だな。
「現役伯爵に出していいかは分からないが、これがいつもの料理だ」
「いや、十分食べれますよ」
フリムちゃんの路地裏生活は伊達ではないのだ!
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―――選挙は唐突に終わった。
ラディアーノが会いに行く必要があるようで……。学園長室に行くと手で顔を覆っている人がいた。
「……………なんでよ?」
机にはコップとなにかの食べ物が見える。ドアが空いた瞬間にわかったが確実にお酒だ。独特なアルコール臭ですぐにわかった。
ただ、かなり問題がある。
「なんであのアホはこんなことしてるのよ。私の人生、どれだけ荒らせば……畜生ヒック」
飲んだくれている。
「あの、ラディアーノ、どうにかしてください。」
「フィレーネ、大丈夫かい?」
「なんでよクソ義弟!私は好きに研究してたってのに!!」
「僕の仕える伯爵閣下の前だから礼儀正しくして欲しい」
「煩い!!」
―――見た目幼女が、そこにいた。
彼女はフィレーネ・シヴァイン・エンカテイナー。ギレーネの姉である。ただ見た目は私と同じぐらいだ。年齢はギレーネよりも上だからおばさんぐらいのはずだが……。
この国では精霊が人と契約する。その精霊によって人は少し変わることがある。水の属性の人間なら髪や瞳が青くなったり、年をとったり若返ったり寿命が伸びたり……。キエットはもう100歳を超えた超高齢だけど普通に行動できているしね。
シャルル王のように闇の精霊と契約しても髪は金色のままなどもいるが明らかに傾向はあると思う。火属性の人は髪が赤色が多いしね。
彼女は若返ったような姿のままらしい。………しかし幼女が慣れた様子でお酒を飲む姿は目に毒だな。
次のエンカテイナー侯爵はフィレーネが第一候補で、第二候補はラディアーノであったようだ。元エンカテイナー侯爵はしっかりしていたし爵位継承を伸ばし伸ばしにしていたそうな。
彼女も学術派のエンカテイナーらしく研究好きだ。
彼女はそもそも学園に所属しているわけではない。学園ではなく王宮の研究機関で研究をしていてフィールドワークであちこちに出て行き、たまに研究成果を持ってくるそうだ。彼女は数年ぶりに学園に来た。
その途端、研究者達に担がれて広場へ。投票を悩んでいた連中が皆彼女に投票。ユース老先生やクラルス先生の派閥も参戦。
……学園の立役者である『エンカテイナー』のネームバリューは凄まじく、雪崩のように票が集まり……晴れて暫定エンカテイナー『学園長』が決定、更にそのまま集まってきた騎士によって王宮に連行、王宮の研究機関は解雇、手続きを経て『侯爵』が誕生して―――――………こうやってお酒を飲んでいる。
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