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第93話 ストーカーと孤児院。


エルストラさんとのお話は終わって、何も変わらない日常に戻…………らなかった。


手紙は更に増え、日常に「エルストラ速報」が増えるようになった。



―――あんな無理なことを言われてもこちらには断る選択肢しかない。



たしかに彼女は政争からずっと王都で本家ルカリムの「名代」として名目上活動は続けているが皆が「本家ルカリムが暴走しないための人質兼任パイプ役」であると知っている。


彼女は優秀で学園も卒業できるそうだけど、政争が始まってからはずっと学園を本拠地にして活動している。この学園に所属さえしていれば彼女自身が誰かを攻撃したりしない限り、身の安全は保証される。


彼女は本家ルカリムの正統後継者であるし、もしも王都に彼女がいなければもっと本家ルカリムも表に出てきて王や私を攻撃してきていたかも知れない。



―――彼女の境遇も少し可哀想ではある。



なんだか敵国に置かれた大使のようにも思える。彼女の申し出は普通に考えれば私を殺すためのものだが……急速に成長していているうちの派閥は最近『穏健派』とか言われているそうだけど、その人間がまるまる本家ルカリム、いや、ライアーム派閥に恭順するのならライアーム派閥の力は一気に増す。


戦いたくない、戦いを避けたいような人ばかりのうちの派閥が恭順したところで誰もついてこない気もするけどな。


もしかしたら彼女は本家ルカリムでの権力もそれなりにあるのかも知れない。


私ぐらいなら助けてもらえるという話だが、たしかに派閥まるごと手に入るのなら私一人ぐらいは交渉材料になるはずだ。


しかし、それは私が絶対に裏切らないように忠誠を誓うなりしてやっと成立する話だと思う。私から申し出た形にしたかったのかも知れない。



しかし護衛である『雷剣』のブレーリグスに聞かせたくなかった上で王の叔母にして貴族派の実質トップがその場にいても私を勧誘する………なにか裏のある話かもしれないし、やり方がかなり無茶だと思う。


いや、もしかして一度ぐらい戦う前に最低限人道的に「今なら降参しても良い」という勧告のつもりだったのだろうか?それとも13歳ということは子供の彼女なりに考えた起死回生の一手?……………狙いは分からないが彼女の行動によって私の日常は変わった。


大量の手紙は勢いを増した……内容はお茶会ではなくなったものの「いつでも私を頼っても良い」「ちゃんと夜眠れてるか」「心配である」と言う内容になった。日に最低四通は怖い。


更に店舗にもよく現れるようになった。いや、以前からお水を買ってその場で飲んで私を待っていたそうだが、今では名指しで私が居るか聞いてくる。…………杖の次は彼女がストーカーか。


他の商品と違ってその場で飲む私の水は私の儲けになるし……ありがたくもあるんだけどなにが狙いなんだか。


水を飲みに来る人も増えてきた。私の水は傷をすぐに治すほどの高価はないが「薬にも使える品質」「疲労回復・美容・若返り・わずかに怪我の治療・病気の予防」などの超絶メリットがある。


敵対派閥の人間が持って帰れないように「お一人様ワンドリンク限定でその場で飲む」システムにした結果、全てのお店で行列ができて素晴らしく売れている。学生のことを考えて手の出せる金額にしているし、薬よりも効果は薄いものの副作用がない。


美容に気を使うマダム、健康に気を使わない体を痛めた研究者、傷だらけの騎士科……――――お客様方に大変評判が良い。


「最近ここのお水と洗顔料でお肌の具合が良くってぇ」

「やっぱり?」

「使ってるお肌の薬は誰の作か教えてよね!」

「……今なら、あの薬も作れそうだ………!こうしちゃいられん!!」

「腰が良くなってきた。こんなに効果があるならもっと払いたいのじゃが」

「ならまた来て飲んでくださいねー」

「商品?いらないわ、それよりお水頂戴!」

「大怪我なんだ!水をくれ!!」

「怪我人と病人は向こうですよー」



……裏では「薬や実験に使わせてくれ」とか「仕入れさせてくれ」「儀式用にぜひ」なんて言われるが私を攻撃しようとする人に水が渡って何かしらの薬にされるのは危険だしこの場で飲む量だけしか今のところ売っていない。


水の販売については条件を書いているのにそれでもコップごと持って帰る人もいたり、何故か恥も外聞もなく店の外に出て自ら頭や顔にかける子もいる。


薬よりもちょっと安いし、水の魔素が光魔法ほどではないが健康面に効果があるのはやはり良いのだろう。それに思春期なんてニキビや口内炎、風邪のような体調の変化も受けやすい時期でもある。しかし女の子を中心に美肌のために5店回って頭から水をかけるブームが来ているなんて……なんか変なお店になってきた気がする。



売れているのは間違いなく良いことだが……あまりにも客が多くて対応しきれていない。



腰や目の悪い研究者には持って行ってあげたい気もするけど特別扱いは出来ない。何かルールの追加も必要だろう。



「というわけで、インフー先生、こちらの孤児院では学園での仕事を無償ですると聞きました」


「仕事は助かる。孤児は多いし目立つ場所で働いたほうが寄付も集まるから本当に」



この学園内で生まれた命は何かしらの理由でこの学園から出られない場合がある。


歴史の長い学園ではそういう子供も多くいる。大人になって学園から出ていく人も居るが老人になってもこの学園内でも働く人は居る。


しかし「安全な学園」で増えた孤児と学園の仕事の数があっていない。仕事がほしいのは平民の学生も同じだし、貴族だってこの学園内で働いて金銭感覚を身につけるという人もいる。―――孤児の数に対して働き口が合っていない。


孤児は学園で多くの仕事をするが無償という文化がある。学園内で奉仕することで彼らは学園内で安全に生活するのだ。もちろん賃金の出る役職につけば話は別だが清掃業務や簡単な軽作業は孤児が率先してやっている。


広大な学園内での商店にはどこでも数人は雇われているようだ。……まぁ雇った方は当然寄付もするから実質無償ではないそうだが。


「わー、お姉ちゃん!賢者の格好してる!」

「インフー先生と同じぃ!!」

「新しい子?インフー先生案内する?」


―――ちょっと予想以上に孤児は多かった。



孤児院の建物は学園内でもかなり目立っている。なにせ壁が高い。外から見れば巨大な豆腐のようである。


この建物内には孤児や孤児出身者が働く施設もあるし、矯正を受ける貴族師弟も居る。


孤児たちにとってここは最後の逃げ場にもなり得るのか壁がものすごく高いし、学園内なのになぜか壁の上に兵器らしきものが設置されている。


中に入ったのは初めてだけど大型マンションのような四角い物件の上から高い壁への通路もあって、豆腐と豆腐の容器のようだ。頑丈そうだけど色がそう思わせてしまう。


孤児院と言うよりもなにかの軍需施設のようにも見えるかもしれない。孤児院といいつつも大人も普通に居る、子供のほうが多いけど。



「このお姉さんはお仕事を持ってきたんだ」



子供が多いのは政争もあってのことだ。


家同士の戦いで貴族の家が無くなる瀬戸際なんかにも学園の孤児院を使うことで幼い子供の命だけは助けるのだとか……。


学園が国や貴族によって保護される風潮もこういう部分があるからかも知れないな。



「お姉さんって、この子ちびじゃん!」


「………」


「コラッ!!すまない、会議室に行こうか」


「はい」



建物内には独自の仕事がある。一番大きな仕事はここの出身者が学園で作り出した道具によって布地を作り出しているようである。その道具や技法を欲しいからと外からの襲撃もあるのだとか。



「モーモスの様子はどうですか?」


「なかなか教育は難しいね。アーダルムと私と何人かで対応しているがなかなか人を見下すことをやめようとしない。だけど、改心しようと努力しているし……きっと彼は成長するよ」



それは朗報だ。それはそれとしてここで何人か雇うことにする。


薬師のお店は薬師と先輩や私達でお店を回しているが、あまりにお客さんが多すぎて対応ができていない。


貴族の高等学校進学者は平民の普通学校の生徒ほど切羽詰まっていないし、講義の合間を縫って働いてくれているがどうしても従業員が足りないタイミングが出来てしまう。


生徒は成績不良な平民以外に卒業を急ぐものは少ないし働いてくれるのは歓迎だが……やはり生徒には学業重視でいてほしい。学校は彼らの成長のための場所だ。商売だって経験にはなるだろうけどね。


薬師もやる気になって手伝ってくれているが造り手である彼らがいなければ当然商品が出来ない。既に在庫切れの商品もある。


生徒を雇ったほうが彼らが大人になった時のコネクションはできるかも知れないが学園内の私の安全の確保にはここの孤児たちの勢力を無視できない。少しでも友好的な姿勢を見せようと思う。



――――あぁ、自分の保身が気持ち悪い。



そもそも、私の卒業まで誰も襲いかかってこないのならこんな心配もなく孤児に仕事を与えるだけになるのになぁ………わかっていても気持ち悪いな。


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