第79話 ユース老と金属疲れ実験。
私が受ける予定だった礼儀作法の講義は数コマ分続くから……何だかサボってる気がしてドキドキする。不良になった気分がしてなぜか「体育館裏」とか脳裏に浮かんでしまう。
エール先生もこの学園を卒業していて、学生時代はあの教師に苦労していたようだ。
だからこそ相談する相手は考えなければいけない。
ユースス・ドリー・ ヴァリエタース。ユース老と言われるおじいちゃん先生はこの学園の中では偉いそうだし、力になってくれるかは分からないが相談してみよう。
クラルス先生やインフー先生のほうが水やモーモスのこともあって話しやすい気もするけど二人とも忙しいはずだ。
インフー先生にはモーモスの侍従だった人のことを報告されたばかりだし、クラルス先生は結構な水を売ったばかりである。なにかの薬を作るのに水が足りなかったとかで今朝いきなり部屋に突撃してきて水を買って帰っていったから今忙しいはず。
「こんにちはー!ユース老先生はいませんかー!!」
「はーい!ちょっとまってくださいね!!」
研究室の中から声が聞こえた。女性の声だ。
貴族の訪問と違って研究者には基本的にアポイントは必要ない。貴族出身の講師なんかにはちゃんと事前に知らせることも必要だがユース老先生には「いつでも」と言われているしいいだろう。
研究者によっては気難しい人だったり就寝中だったりすれば偶に危険なことが事が起きたりもするとエール先生は言っていたが今回は大丈夫そうだ。
「賢者フレーミス!お久しぶりですね」
「えっと」
顔は見たことがある。氷結ドラゴンハンマーの後で冷えた体を温めてくれた賢者の一人だ。
ただ話したことなんかはない。
小柄な女の子のように見えるが賢者のローブを着ている。赤い髪に緑の目、ちょっと尖った耳。
年齢的には「ちょっと歳上の少女」に見えるがきっと歳上なのだろう。
「キーマ・ファファクス・カルチャルです!よろしくね!飴いる?」
「あ、はい。じゃあ私からも瓦せんべい……じゃない、堅焼きクッキーいります?」
「頂きます!……そう言えば御用は?」
「ユース老先生にお話があってきました」
「あー、今は無理ですねー。金属疲れとかいうよくわからない理論の実証で誰も入れるなって言われてます。ほらこの音聞こえるでしょ?」
よく聞いてみると部屋の奥、おそらく別室からカーンカーンと一定時間ごとに金属が叩かれるような音がする。
とても小さな音だけどどんな研究をしているのだろうか?
「えっとどんな研究を?」
「なんだか重りを紐でつけてアダマンタイトの板に当ててるんだけど回数を数えるのになかなか苦労してて……重りを引っ張るのも大変だしずっと数えるのも時間がかかるのもあってなかなかユース老も苦労してますね」
「え?手動!?水車とか使わないんですか?!」
「スイシャ?なんですそれ?そう言えば金属疲れの話しをしてたのって賢者フレーミスでしたよね?きっとユース老もフレーミスだったら訪問を怒らないと思いますよ!さぁ入った入った!!」
一体どんな実験をしているのか、見てみると酷かった。
私が金属疲労について説明した時、そもそも専門ではなかったしこちらの人にわかる例えをするために「水車のように一定の時間で重りが落ちるような仕組みのものを使い、時間あたり何回当たるか計算して検証する」と言ったイメージで話しをしていた。
……しかしユース老は天井に滑車を取り付け、滑車の下に設置されている下のぶ厚めの金属に向かってロープで結んだ重りを叩き落としている。
重りの付いたロープを片手、もう片手に羽ペンと紙で数を数えているのか……とんでもない計算方法である。
「誰も入れるなと……!おぉ賢者フリム!ちょうどいいところに来た!なかなかうまくいかんでな!結果が出たものもあるが」
「す、凄い検証方法ですね」
天井の滑車から重りつきのロープを外して床に置いたユース老、汗だくである。
「お水どうぞ!」
「ちょっとまってくれ、先に計算だけ……」
「はいはい、私が計算しますので先生は休んでください!」
「いや、書ききれずに机にも書いたから……いや、先に飲もう」
床に座り込んだユース老先生にすぐに水を手渡す。エール先生も何処に持っていたのかタオルを手渡した。
一杯飲みきったユース老先生はすぐに紙をおいていた机に向かっていった。
実験の道具を触らずに見てみる。
たしかに滑車にロープで重りを取り付けて金属の板を叩き続けると一定の重さで衝撃を与え続けることは出来るが……厚めの金属が相手で人の筋力でこんな実験をしては金属よりも先に体を壊すんじゃないかと心配になる。
フィットネスジムにこういう道具があったような気もするしこういう実験のやり方をするなら騎士科の子を連れてきたら良いんじゃないかな?……これ結構重そうだし。
「待たせたの」
「いえ、このやり方ならユース老先生ではなく生徒に任せてはいかがですか?」
「年寄り扱いするでない。……まぁ儂ももういい歳じゃからの、言いたくなるのもよく分かる。しかし計算できる者ばかりではないし………こういう実験は自分の手でやりたいのじゃ」
「なら針金……いえ、細い金属の棒やもっと薄い板で実験の規模を小さくしてはいかがでしょうか?」
口を滑らせてしまった。こちらにはそもそも針金という単語も概念もない。
ただ、研究で正確に結果を出すやり方か……。
「なに?どれぐらいの細さじゃ?」
「まずは精錬作業が重要になりますが、そうですね。何かに書いてもいいですか?」
キーマさんに紙を頂いて、ちょっと考える。
まずは金属の均一化や精錬作業が必要だ。この国の素材は何千万回何億回何兆回と金属の比率や特性を調べた現代のものじゃない。
貨幣の金属が脆かったことから察するに製鉄や精錬の作業がいまいちの可能性がある。
まずは均一な金属……できれば純粋に近い銅や鉄、銀や金を作って、それをなにかの方法で薄い板や針金にしないといけないが……多分針金のようなものの場合、手作業だと金槌で叩いて作ることになるはず、手作業で作られたものでは研究結果にばらつきが出るはずだ。なら、金属をローラーで薄くしたほうが良いのかな?その方が金槌よりも……いや、そもそもこの国における金属の調査って何処まで進んでるんだ?金属の組成がどんなものか、不純物まみれだったらそもそも良い結果はでないはずだ。それに潮風とか酸性雨のような金属に影響を与える減少もあるし、精霊や魔法なんてたしにはわからない存在もある。それらによって金属にも何かしらの影響を与えているかもしれない。いや、精錬してすぐなら考える必要もないか?でも金属の加工と言えば多分火や土の魔法を使うはずだ。私の水だって体の傷を治癒しやすくなるとか訳の分かんない効能つきである。もしかしたら金属が強化?されてたり。逆に劣化が早い要因とかもあるかもしれない。
「うーん…………むむむむむむ……………」
「どうしたんじゃ?腹でも壊しとるのか?」
「フリム様はなにかを考えこむとこうなります」
完璧を求めるなら精度も求められるが、そこまで出来なくても理科の実験で使った針金のようにできるだけ細い金属を作るのが良いと思う。
針金は一度出来上がったものをその途中で切り分けて、同じ針金からその片方を「何回も曲げて戻してを繰り返す」と見た目にはそこまで変化はないが折れやすい状態になる……はず。わかりやすく実証できるはずだ。科学の実験は派手に大爆発が起きるようなものではなくできうる限り小さな実験をする。材料が少なければ少ないほど実験の回数は増やせるしお金もかからないはずだ。
そもそも私は科学の実験なんてほとんど知らない。私の専門は「科学の実験」ではなく「実験後の成果がどのように経済に影響を与えるのか?」である。針金で実験ってやり方や発想はあってるよね?――――うむ、あってるはず。
「………よし」
紙に色々書いたが第一工程は実験したい素材をある程度選別したり精錬してから行う。理由は「素材における金属の不純物の影響があるから」と注釈をつけておく。
次に第二の工程、針金のようなものを製作する、ローラーでも叩いてもいいがどちらかの方法で細くて長い棒を作る。
第三の工程、作った同じ物を切って実験する。絶対に別の製法や産地のものを使ってはならない。
第四の工程、やっと実験開始だ。折り曲げによる折れるまでの回数を記録する。同じように見えても劣化を証明できるはずだ。注釈に金槌で作ったものをそのまま使う場合と針金にしてから熱で内部の組成を処理して落ち着かせたもので変わるかもしれない。……と私の分かる言葉で書いてみた。
「できました」
「ほほう…………この「糸のような形状の金属」というのはどう作るんじゃ?」
「金属を叩いて指で摘めるほどの棒状にします、その方が実験しやすいし結果がわかりやすく出ます。この実験が成功するのなら同じ素材で大きな物であっても同じような結果が出るはずです」
「この「金属内の別の金属による影響を考えて実験を行わなければならない」というのは何じゃ?」
「一つの物体には多くのものが含まれています。例えば金属ですが鉄は鉄でも鍛冶師の腕で名剣かどうかが決まる以外にも「そこの産地の物は割れる」「どこの産地の物は折れ曲がる」などと傾向があるはずです。これは職人の腕もありますが、その鉄に含まれる別の金属、不純物が影響しているからだと私は考えます」
わかりやすく、説明できたと思う。ちょっとドヤ顔だったかもしれない。
これで実験は最低でも出来るはずだと思ったがエール先生たちの表情が少し渋く見える。
「………」
「………」
「なるほどの……賢者フリムよ。一体そんな知識をどこで学んだのじゃ?」
「あ……」
―――――……やっちゃった。
本日二度目、どう考えても5歳児が国の専門機関の中でも偉い人が思いつかないような実験をペラペラ喋るなんてどう考えてもおかしい。
しかも私は何を言った?すでに結果がわかっているかのように言ったはずだ。
3人の視線が怖い。私の常識がどこから来たものかを私が話すことが出来ない。なにせ子供の頃の意識も私には残っているが、日本で死んだ私の精神も入っている。
意識がはっきりしたのは路地からだが、そんなこと……この世界の誰にも言えない。
魔法がある世界だし、もしかしたら私は「悪霊」とか「悪魔」として祓われるかもしれない。幼い記憶もある私だし、そうしたくてしたわけではない。それでもそれを知られてしまえば体を乗っ取ったと思われる可能性もあるからだ。
「フリム様は――――「私は!」
エール先生が私をかばおうとしたようだが、いつかは言わないといけない。
ちょっと深呼吸して落ち着いて話す。……話すのが怖いな。
「……実験の結果は一度実験しただけの結果よりも回数を積み重ねた方がその結果には重みが出ますよね?」
「そうじゃの」
自分がどう思われているか、もしかしたら「恐ろしい何か」のように扱われてしまえば……そう思えば怖くて仕方がない。
何事でもないようにユース老先生に肯定されたが、それが本当に心地よい。
「いつか私のことを話したいと思います。しかし、今私が話すよりも、少し積み重ねてから話す方が、良い……と、私は考えます。だから………もう少し、待ってほしい、です」
礼儀作法でもこの実験でも――――うまく行かないときはうまく行かないなぁ。
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