第56話 開発と実験と新たな事業。
ペンは一応出来はした。最終的にサイのツノの芯を削ったものがペン先になった………動物性の素材からは逃げられなかったようだ。
書き心地は羽ペンのほうが上だけどグリップ部分に羽がないので満足だ。金属のペン先は何処いった?
見た目も悪くない。漆塗りのような持ち手だし羽じゃない。羽じゃなかったら何でもいいさえある。しかし羽ペンを使うことは高貴な人の中では当たり前らしいのであまり推奨はされない。
「変わった形ですが、良いものが出来ましたね」
ちゃんと書けるというのは大事だ。物によっては「インクをつけて書く」その工程で書き始めにインクが垂れたり一文字目がインクで大きく滲んだりするのが当たり前だ。
そもそもインクとペンが一体型でない点が不満である。ボールペンは書けばちゃんと書ける……そんな当たり前がここにはない。
インク瓶を倒して机を汚す誰でも体験する当たり前で、乾くまで時間がかかる上に服の袖が触れて黒くなるのも当たり前。羊皮紙のような動物性の紙ではないが書き心地は偶にゴリッとすることも当たり前。インクは蓋を開けたままにすると固まるのも当たり前。
文房具なんて「書ければいい」と思っていたがそれもままならない。新しく買ったボールペンの書きはじめにちゃんと出るかチェックすることがあったがそんなレベルではない。現代日本で当たり前に享受していた「便利な道具の水準」が身に染み付いてしまっている。
そんな中でもこちらにはおしゃれ文化があるようで……羽の美しいものこそ可愛く威厳があるのだ。だから上級貴族は買い占めているし、良い羽ペンじゃないとみっともないのだとか…………うへぁ、やっすいボールペンでも良いから欲しいよ。
流石にこれならできるだろうと作った「筆」は出来たが文字が太くなりすぎて美しくないという理由で却下された。いや、うん、それは仕方ない。
そもそも私は「だいたいこういう物を作りたい」という理想の形はしっかりとあってもそれを作る知識もあやふやだし、そもそもこちらのある素材を知らない。
料理も大変だった。シンプルに「素材の味を活かした料理」というのは料理の鉄則「冒険しない」というルールを守って作ったものだ。味付けや組み合わせは知識から正解を探し出してタルトを導き出したが中々うまくいくものばかりではなかった。
「ペンの素材」なんて分からなくて当然だ。そのまま素材の選定や開発は続行してもらおう。
こちらには機械はないが『魔導具』というものがある。魔法を使った謎のパワーで装置を動かす技術。水や火の力を人間が当たり前に使えるんだから発展する理屈も分かる。
謎に明るい天井の照明や不審者だった王様の似顔絵を複製したコピー機は何がどうなっているかは分からないが凄いものだと思う。
学校では魔導具を作る科もある。学ぼうと思えばそういうものも学べるそうなので今から楽しみだ。
過酸化水素の実験もうまくいった。
思い切り濃度を濃く作ってみて、そこに食材の切れ端や血液、毛なんかをいれてみると白く反応した。血のシミなんかはとりにくいとテレビでやっていたしタンパク質汚れが取れるなら洗剤として過酸化水素は価値があるはずだ。
売り方はわからないし認可の申請を何処に出せばいいかは分からないがそれでも手札が増えたことは素直に嬉しい。
「でも何を売ろうかなぁ……」
「そうですね、酒造りなんかはキエットが集まってコソコソやっていましたし……フリム様がお一人で行われるのなら水と氷はいかがでしょうか?」
「氷?売れるの?」
水売りも氷売りも貴族的にはありなのだろうか?なんだか水は「これこそ高級な水です」みたいな訪問販売を思い浮かべてしまうし、氷はかき氷をイメージしてしまう。
「はい、氷の属性は珍しいですし、大貴族に重宝されますね」
「どんなふうに使いますか?」
「地下に氷をためて酒を冷やします」
ん?あ、そうか。保存や保管に使うのか。
「なるほど、地図を出してください」
「はい?わかりました」
ちょっと事業を思いついた。
氷、涼しさを売ることが出来るのであれば仕事になるかも知れない。
まずは全く使っていないうちの人がいるだけの別の屋敷にいって……氷を出していく。
地上、屋内、地下の三箇所に過冷却水の魔法で、水を出すそばから氷にしていけば良い。ひんやりした空気が心地よい。
同じような量の氷が溶けるまでの時間を見てみると地下のものはやはり風や天気に影響されないし一番長持ちした。結果がわかりきっている実験だ。
氷を出すのに「出すそばから氷になる」という過冷却水の性質を考える必要がある。だから建物の形状をよく考えないといけない。スーパーの天井が冷房でカビることもあるように氷を使うのなら初めからカビも考えられる。素材が化粧板や木製ではないのなら消毒できる石材のも良い。後は構造を……。
「むむむむむ……」
「何がしたいんですか?」
「場所を貸そうかなって。後は水と氷の販売も」
「なるほど?」
エール先生にはイメージがつかなかったようだ。
大きな倉庫があって警備員もいて、場所を貸す。地下は涼しく、地上にも物を置けるようにする。
以前、日本の余った土地の価値や歴史について調べたことがあった。人口密集地であれば駐車場が儲かるといった具合に、例えば船がつく港には荷物を保管する倉庫が出来る。利点があるからそこに倉庫があり、金銭が発生するのだ。
そして私が考えた倉庫業は……うまくいくならいくつかの場所で行うが、まずは自分の持っている屋敷で行うことで事業の失敗するリスクを減らす。もらったお屋敷は好きにしてもいいって言われたしね。
倉庫を作って場所を貸せば、魔法の使えるうちの人間が警備に回って仕事になる。問題は倉庫の設計と貸出条項だ。訴訟大国アメリカのようにぎっちりこちらに有利にしないといけない。
氷を出すのは私の役目だが出来ない場合もあるかも知れない。理不尽に「氷室が暖かくなったとしてもルカリム家に責任を問いません」とか「地震や災害に襲われて建物が倒壊してもルカリム家に責任を問いません」とか……普通に考えて誰が借りるんだこれというぐらい厳しく、それでいてこちらに有利となる条件を考えていく。
金銭の未払いの場合、物品の権利が私になるようにしたり、ご禁制のものがあるなどの場合は騎士団の捜査を受け入れる。事前に審査するべきかな?敵対派閥が爆発物を保管しかねないし。
長期の保管で臭うものや腐ったものなどは迷惑になるので捨てる場合がある。危険なものは持ち込み不可。死体や奴隷に動物などの生体も不可。貴族間のトラブルがあるもの不可。……考えれば簡単にどんどん出てくる。
勿論しっかり運営はするつもりだけど私と、保険に一人だけいる氷属性の騎士、ヒョーカに頼る事業だし継続性の観点では難しいのはわかっている。
でもそこで氷を売ったり、水を売る事もできるし悪くないだろう。
そして―――――倉庫業なら当然防犯は大事だから私兵を集めたりしても問題ないはずだ。中に食品や武器を貯めても良い。戦争になったときの逃げ込み場所としても有用のはず。
キエット、エール先生、親分さんだけに構想を伝えるととても感心された。
「それは素晴らしいですな!」
「良いお考えです」
「………なるほどなぁ」
親分さんは特に感心してくれたようでこの三人に建物の設計図を考えてもらう。
キエットは私が氷を出すのに便利な氷のための排水路と秘密の脱出水路を。エール先生は建物全体の防衛と秘密の貯蔵部屋を。親分さんは商人の視点から貸す部屋の大きさと秘密の攻撃用通路を…………。皆秘密の場所考えている。
あーだこーだと話し合っていると二重窓のように壁の中を水で満たして氷を落としていけば建物を冷やす手間が減るとか。「罠の設置」なんかも次々と案として出てくる。フリムちゃんが作りたいのは倉庫であってダンジョンではないのだが。
「ここには落とし穴をだな」
「その水路は別の水魔法使いも入ってこれるのでは?」
「流石に倉庫の範囲をこの部屋に使いすぎではないですかいのう」
「いっそのこと地下4階まで作りませんか?」
意見は後で削ることになるけどまずは好き勝手に言っているのをメモしていく。なんで着替える部屋とか私の像とか噴水までつけようとしているのだろうか?倉庫だぞ?
みんな好き勝手に意見を出し合って紙には設計図が埋まっていく。深夜までずっと話していくがアイデアは途切れない。三人ともストレスの掛かる仕事ばかりだったからか思いの外楽しそうである。
重要会議ってことで部下の人達は入ってこれないしね。マーキアーもドアの向こうだ。
「………これ以上は専門家の意見がいるな」
「そうですね」
「信用出来るものを呼ばねば……これだけのものを作ろうとすれば費用もかかりますじゃ」
「そもそもこれ実現できないんじゃ?」
三人が頑張って考えた「最高の倉庫」は……それぞれのアイデアは光るものがあるが建造物として強度があるかもわからない代物だ。
そうだ、こっちにはテレビとかもないから耐震強度の概念すら無いのだろう。
「ちょうど貸しのある奴がいる。……まぁ任せておけ」
親分さんが顔の傷に触れながらなにか言っている。……揉め事の予感しかしない。
建物の専門家と言えばうちとズブズブのドゥラッゲン家は親分さんの実家であるがパキスのこともある。あれ?そう言えばパキスはドゥラッゲン家に預けたのかな?それとも申し出は突っぱねたのかな?
評価やコメントなど、ぜひぜひよろしくお願いします✨
僕は皆様に評価いただけて嬉しくて書けているまであります(:3ω3;)トモバレシタ……