第41話 王の心境と親分の選択。
――――……最近、ずっとフリムのことばかり考えてしまう。
政治的に危うい位置にいる小さな彼女。貴族たちが騒ぎ立てているのもあるが毎日の報告から目が離せられない。
ロライ料理長に新たな料理を伝授して崇められていたり、下町での生き方は凄惨で……読んでいられない。
俺が考えた名前を使わないのは安全のためなのかそれとも「本当に自分が?」という懐疑からか………それとも俺に含むところでもあるのだろうか?俺の護衛であった両親が亡くなったのは俺のせいと思っているかも知れない。彼女の生家であるルカリム家は俺に恨み言を直接浴びせてくる程度には敵対しているし、子供なら親や家の指針や言葉に傾倒してしまうこともよくある話だ。
命がけで俺を助けてくれようとした彼女にはできるだけ良くしてやりたいところなのだが……難しいな。
まだ精霊と契約していないはずのあの子はすでに強大な力を持っているし、敵対するのならいつか俺の手で殺さないといけないかも知れない。
彼女の今後を考えると頭が痛い。
「「はぁ………」」
ため息が重なってしまった。報告書を読んでいたが彼女の境遇は酷いものだった。宰相がいつにも増して眉間にしわを寄せている。
俺が彼女を最大限護ろうとしても本人が事情を知って内心で俺を恨んでいるのなら……爺にとっても扱いが難しいはずだ。
彼女自身は何も悪くはないし生きているだけで嬉しくもあるが、彼女自身がどう思っているかはわからない。直接聞いたって面と向かって悪く言うものなんていないだろう。
俺の加護魔法が原因なのか、妙に早熟ではあるが普通に考えれば恨まれてもおかしくない。なにせ他に加護を試した者に聞くと幽霊のような存在が語りかけてくるのだ。侍従の一人は最初は自分から名乗り出てきてくれて実験したが一生幽霊のような存在と付き合うなど……怖がりな彼には悪いことをしてしまった気になってしまう。
フリムの監視を命じているエールからの報告も子供らしくない部分もあるし、そういう様子がうかがえる。ロライ料理長から神のように扱われているのは謎だが魔法の使い方も特筆しておかしいという情報も入ってきている。
人を伺うような部分があると報告書に書かれているが……路地裏で荒んだ生活をしていたということを考えれば仕方ない。俺だったら原因の一端である俺に向かって攻撃魔法を仕掛けるかも知れない。
なのに命を賭してまで俺を助けようとした。あの羽根のように軽い体でだ。
流石はあの二人の子供というべきか、それともルーラの加護が良かったからか歳の割にちっこいのに魔法だけは契約精霊のいる者を凌駕している……最後の爆炎は本当に恐ろしかった。視界の全てが水を挟んで炎に包まれ、俺とフリムは玩具のように投げ飛ばされた。
―――俺を王と知っても彼女には俺を恨むような様子はなかった。
「その、話そうとしてその体勢になるのはやめろ。」
「………しかし貴族様は平民を遊びで殺すこともあると聞きます」
体を丸めて床に這いつくばるのは見ていられなかった。
貴族には権力によってそういう事をする愚かなものもいる。一緒にされたくもない。
「お前は俺にいかなる場であっても礼をとらなくとも良い」
「書面か何かで残していただけますか?口頭では周りのお貴族様に私は殺されてしまいます」
「……分かった。用意するから頭を上げろ。いやこのほうが早いか」
彼女を抱き上げてみる。子供を抱きかかえるのは初めてだが意外と悪くないな。
彼女のためにエールによって魔法を教えさせた。
鍛錬場での出来事は衝撃的だった。頑丈な壁を水の魔法で大きく陥没させていた。
その上、水の魔法であると本人は言っているが火を噴かせたようだ。もしかしたらフリムに憑いて助言を与えているのは名のある賢者なのかもしれないな。
彼女の人望は相当なもので暗殺者の中には二つ名付きの魔法使いもいた。勲章を与えられたような真の勇者を6人を一人で相手取って撃破。しかも噂が噂を呼んで四属性の賢者などと評されて贈り物が山のように積み上げられている。
……エールなんて俺じゃなくてフリムについて行きそうだ。
フリムの人望を考えれば新たな策が浮かび上がってきた。
彼女の今後を強制することは出来ないが、この策がうまくいくなら彼女の今後が良いものになるやも知れない。この国すらどうにかする一手になるかも知れない……酷く突飛な思いつきだ。
フリムの持つドレスは俺の傷に使ったあの一枚しか無かった。マントと寝間着もあの戦闘で破れていて珍妙な掃除用の衣で帰ろうとしていたのは止めて少しはマシな衣を与えて一度雇い主のもとに帰らせた。
うまくいったならまたここに戻ってくるが……どうなるだろうか。
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「ただいまです!親分さん!」
「無事で何よりだ……まずは水だ!何があったかはその後だ!!」
親分さんはとにかく水と言っていたので水を入れる。横のバーサル様はとても言いにくそうにしている。無理もない。傷ひとつなく返せって言っていたのに一時はボロ雑巾だったからねフリムちゃんは。
フォーブリン様とバーサル様にも水をいれるがバーサル様の分は親分さんが飲んでしまった。
「おかわり!」
「はい」
この後、親分さんは選択を迫られることになるし、できればこのまま機嫌良くいて欲しい。
何があったか、報告していった。
長時間引き止められたのは国の人が原因で、ドゥラッゲン本家の人が指示していたとか、暗殺者と戦ったとか、ドレスは破れて王様に使ったとか、戦闘で建物ごと吹っ飛んだのでバーサル様の短剣は錆びきってしまったとか。怒らせそうなことも全部正直に。
フォーブリン様が横からどれだけ凄いことをしたのか褒めてくれて、ドゥッガ様は更にご機嫌となった。
「それで私の名前がわかったそうでして。フラーミス・タナナ・レーム・ルカリムっていうらしいです」
「フレーミス」
「フレーミスでした。でもフリムって名乗ってます」
「ルカリム!!?しかもタナナにレームだと!!」
ここからだ、親分さんがどうするかで私の将来が決まる。
この場ではフォーブリン様はどんな事になっても私を守ってくれると約束してくれているがそれでも怖い。
親分さんからしたら大事件すぎる。親分さんの進退もこれで決まるほどの厄ネタともなりうる――――良きにしろ悪きにしろ。
「――――それは、誰かに騙されたとかって話じゃねえのか?」
機嫌よく肉をかじりながら報告を聞いていた親分さんが神妙な顔になった。
「オベイロス陛下並びにレージリア宰相閣下の証文付きだ……それでドゥッガよ。お前に一つ提案がある。大事な話だ」
「フォーブ兄貴、最悪な話か?」
私の将来もかかっているが親分さんの将来にも関わる重大な話。バーサル様はうつむいて固まっている。
「いや?むしろお前にとっては最高の話だな。俺も提案を受けてくれると嬉しい」
「――――なんだ?」
「ドゥッガ、お前騎士にならねぇか?」
フォーブリン様は豪快な人だが勧誘には向いてなかった。大事なこと全部抜かして勧誘しちゃってる。
「―――――………冗談か?」
「いや、お前次第でお前はすぐに男爵だ。どうだ?騎士にならねぇか?家臣かも知れねぇが」
「フォーブ兄貴、全然話が分からねぇ……バーサー、フリム、詳しく教えてくれ」
うん、先に話を聞いていた私もどえらい話だと思う。貴族社会から追い出されてスラム街を拳でのし上がった親分さんが士爵超えて男爵だもん。なんていう超出世街道。
理由は私が『水の名家の血を引いている』という点と超有名になったため『旗印にしたい』という流れがあるのだ。
現在の水の大家、実家らしいルカリム家には王位継承時に減った水の名家の人間が集まっている。ルカリム家の当主は前王の兄を支援していて勝ち馬に乗れていない。王位はシャルトル様が授かったし現ルカリム家からは離反したい人間も多くいる。
そして私の両親は水の名家四家の血を引いていたということで、旗頭になれるだけの血統を有している。以前にあった水属性の名家は四つ『ルカリム』『タナナ』『レーム』『リヴァイアス』の四家、他にも名家と言われないまでも水の魔法を使う家は多くあるがこの四家が代々続く水の名門であった。
パパ上はルカリム家の末っ子とタナナ家のお嬢さんとの婚姻で産まれ、ママ上はリヴァイアスとレーム家の人間の血が入っているがママ上の更に上のおじいさんがリヴァイアス家と敵対、詳しくはないがふたりとも実家とは仲が良くなくて自由に騎士をしていたそうな。
窓際部署というか左遷でシャルトル様の護衛をしていて、王位継承の際に結婚はしていなくても私が出来たらしい。
フリムちゃんはサラブレッドだった。路地裏で食べ物にも困っていたのにね。
顔も知らないパパ上ママ上には悪いが「貴族社会複雑すぎんよ」と思うがともかくフリムちゃんのもとには人が集まるだけのなにかがあるらしい。噂話でルカリムの御令嬢の活躍というものはあったが公的にはまだ私のことは発表されていない。
後ろ盾も何もなしで私が貴族社会に現れたら本家本元ルカリム家にあっさり殺されかねないしね。
―――だから、王様は無視できない勢力を一つ増やそうと考えた。
しかし、いきなり勢力を成立させようとすれば人も金も全く足りていない………そこで親分さんだ。
魔法を使えるものは少なくともこの賭場には人手がいるし、お金も貴族相手に商売するだけあって蓄えがある。もしも親分さんが私を支援してくれるなら親分さんは貴族になれるし私は勢力を作る神輿となれる。私自身も爵位をもらって……王様のもとで一大勢力を確立できる。出来たらひっそりとお店でもやっていたかったんだけどなぁ…………。
「―――……どうするかは俺が決めて良いのか?」
「もちろんです!」
もしも実行すれば親分さんはこれまで貯めていたお金を全部使ってでも私に賭けることとなる。うまく行けば地位と名誉がドゥッガ親分のものとなる。
国が親分さんに「フリムを支援しろ」って命令したってパキスのように「元部下の上司ぶっ殺すマン」になられても困る。
フォーブリン様は騎士と言ったが支援するとしてどう支援するかは親分さん次第だ。金銭のみの支援でもいいし全面的な支援でも良い。
「今ドゥッガにこの国がかかってるわけだな!ここまでやってきてよかったじゃないか!!」
豪快に言うフォーブリン様だが親分さんは渋い顔をしている。
もしも、親分さんが何もしていなかったら…………こうやって勢力と言えるまでの力をつけていなかったら、こんな奇策は成り立たなかったはず。
反社会団体を部下にするなんてとも思うが私がトップになれたら非道な真似をやめさせられる。
「フリムには悪いが、ドゥッガは断るべきだと俺は思うがな」
……無言を貫いていたバーサル様はどうやら反対だったようだ。
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