第30話 仕事はここだけではなかった。
庭園の床や像の掃除が終わったがまだお仕事は続いた。
「終わりじゃないんですか?」
「王宮は広いからな、滑る石畳や像はまだまだあるぞ」
「えぇ……一度賭場に顔を出したいのですが」
「上役から連絡があってな、仕事ぶりが評価されたらしい………すまんな」
仕事は継続。―――……帰れないようだ。
高圧洗浄魔法は結構な音がするし私も私で色々魔法の練習をするのに結構激しく魔法を使った。だからか見に来る人もいたように思うが……いつの間にか上役に見られていたのかも知れない。
防護服と水の膜の使用は見た目が明らかに不審者だったかもしれないが、球体状の膜の中にいると音が聞こえにくい。更に飛んでくる汚れで視界も悪くなるから全く気が付かなかった。
しかし問題もある。
「汚れが飛び散るので人が来る場所では一人では出来ません」
「たしかにな、偉いさんに飛沫一つ当たればコレもんだ……雨の日にやるか俺がついてるときにしかやれないが今こっちも仕事が忙しい」
首をトントンと叩くジェスチャーをするバーサル様。止めて、一気にストレスが来るから。
「賭場から人は呼べないんですか?」
「無理だな」
そんなわけで誰もいないような場所を優先して地道に作業を続けている。
偉そうな人が来たと気がついたら虫の構えだ。箒や見せかけだけの杖を目の前において足音がなくなるまで待つ。
ストレスもあるが小屋に戻れば大きな桶があるからお風呂に入れるし、汚れまくった防護服は水で洗って汚れをしっかり落としてから私の水だけで浸せば水操作でほとんど水を服から引き離して乾かすこともできる。
自由にできる分、賭場よりもこの小屋のほうが快適かもしれない。水球を回転させて汚れをとる魔法で室内掃除もバッチリだ!
バーサル様の発案で作業する場所には「この先清掃作業中」と書かれた看板を毎日立ててもらえるようになった。石でできていて重量から動かすことが出来ないのでその時間は基本的にそこにいる必要があるが、何もせずに近くによってきた貴族に水がかかるよりかはマシである。
「あぁ、いたいた!この間はごめんよ!」
「げっ!?」
「大丈夫!怖くない怖くない!あのあと凄い怒られたんだよ「完全に人さらいじゃないか」って」
まずいな、逃げ場がない。大声を出せば誰かにとどくかも知れないが確実に大事になる。見せかけだけ出している杖を……向けたかったけど、やめた。
もしもこの黒髪のイケメンが不審者だったらかなり不味いが、どこかの貴族のバックアップでもあるなら穏便に事を収める必要がある。
「君とちょっと話したいんだ。そっちに行ってもいいかな?」
「ダメです。これ以上近づかないでください」
駄目でしょ。もしもこいつが変態だったら不審者だったらという疑惑は拭いきれていない。
―――――……数歩の今の距離でも危険だ。殴られでもすれば幼女の私は青年のこいつに殺されかねない。
だけど、もしもこの男に偉い人のコネクションでもあったらと考えれば、穏便に済ませたい。無理なら高圧洗浄魔法の出番だが。
「じゃあここからならどうかな?」
「それなら……まぁ」
この無駄イケメンも一応気を遣ってくれているみたいだし……そもそも何が知りたいのだ?
しかも前回と同じく、肌艶はピカピカ、服はボロボロ。
……たまたまお風呂に入って高級な石鹸でも使ってきれいになったとかでは言い訳できない。不審すぎる。
「君の名前は?」
「フリムです」
「フリム……フリムか、家名は?」
「ありません、それよりも人に名乗らせる前に自分が名乗るのが礼儀ってもんじゃないですか?」
無礼だろうか?でもこの人が人売りやロリコンという可能性も捨てきれない。
しかし、敵意はなさそうに見えるし、もしかしたら考えすぎか?
「そ、そうだよね?ごめんごめん」
「お名前は?」
「……………コ、コムだよ?」
「……ご家名は?」
「レージリア、です」
怪しい。もう水魔法ぶっ放しても許されるんじゃないだろうか?自分の名前をなんで噛むんだ?自分の名前なのに………コム・レージリアね。あとでバーサル様に確認しよう。
自分で名乗って気まずそうに、嘘をついた人間のような態度を取っていて――――やはり完全に不審者である。
警戒は緩めない。いつでも魔法が放てるようにする。
「君は水魔法が得意みたいだけど貴族の出身ではないのかい?」
「違います。もしかしたらそうだったかも知れませんが幼い頃から城下で暮らしていました」
本当ならこんな不審者に答えたくはないが万が一誰かの使いだったらと考えると答えないといけない。
路地裏で生きていたなんて答えたら後ろ盾がいないと思われて襲って来るかも知れない。
「大変だったね」
心底心配そうな表情の男だがここまで怪しいと本心だとしても演技に見えて仕方ない。
「いえ、良い出会いに恵まれましたから」
嘘ではない。それでちゃんと生きてこられたのだから……いや、やっぱり嘘だな。ホントはもっといい人に拾われたかったけど生きてるだけ良いと思わないといけない。
それにしてもこの不審者は何がしたいのだろうか?誰かに言われて秘密裏に内部の調査でもしてるのか?フリムちゃんも不審な格好で掃除してるし……そうだったら危害は加えられることはなさそうである。
「その杖は君の?」
「はい、師から受け継ぎました」
「そのお師匠の名前は?」
そこまで考えていない。ここは日本人なら誰しも引き下がる必殺の断り文句を使うか。
「すいません。仕事があるのでそろそろよろしいでしょうか?仕事しなければ主人に叱られてしまいます」
「そ、そうかい?ごめんね?邪魔をして」
「いえ」
男から数歩離れ、背を向けて高圧洗浄を開始する。
襲いかかってくるなら即魔法を使えるように待ち構えたが、しばらくすると男は居なくなっていた。何だったのだろうか?
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「コム・レージリア?レージリアは宰相の家名だが孫までは知らないな」
「どう見ても怪しいんですよ」
「どんな具合に怪しいんだ?家紋は?服にあったろ?」
「家紋?」
高位貴族の役職持ちともなれば服の至る所に家紋が見て取れる。宰相はこの国一番の貴族とも言えるしその家系の人間が家紋の入っていない服を着ているわけがないと……。
バーサル様も良く見れば家紋らしき刺繍が入っている。
「いや入ってなかったです。平民よりも汚い服着てました」
「それは完全に不審者だ。次会ったらすぐに大声を上げるか攻撃魔法を使え」
「良いんですか?」
「宰相の家名を名乗って宰相の家紋を持ってないどころか平民以下の衣を纏っているなどありえない」
「調査とかの可能性はないでしょうか?」
「それなら―――……いや、ありうるか?宰相閣下は腹黒いからなぁ、大声も攻撃魔法もなしだ。だが緊急だと思えば使っても良い。それだけの材料はある」
「わかりました」
「ただし殺すな。殺さなければ俺がどうにかする……これも持っとけ」
「はい、良いんですか?」
「いざというときのためにな……刺した後にこう、ぐいっとするんだ」
渡されたのは家紋付きのナイフだ。小ぶりだが家紋付き、私の筋力が足りないからかずっしり重たい。良いのだろうか?親分さんのナイフは持ってこれなかったが……。流石一卵性双生児の兄弟、同じ思考で………同じく物騒な説明をされた。
だけど、いい上司だな。こういう微妙な案件なら「そういうことは君なりにするのが良いんじゃないかな?任せるよ」なんて言って後から全責任を被せてくるクソ上司もいる。バーサル様ももしかしたら後で私を切り捨てるかも知れないがそれでも明確に指示してくれる。
まだ上司としてのバーサル様は信頼できるほどではないが信用はできると思う。それはそれとしてナイフを使う時のレクチャー、まだ終わらないかなぁ。
「うまくいかなかったらこうバッとしろ。それか足だけでもこうグッとしてだな、それから全力で―――」
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