もらえない返事を、いつまでも。
『愛してる。結婚しよう?』そう直接伝えることが出来たなら、俺は君を忘れることが出来たのだろうか──。
八年。
一般的には長いような気がする交際期間。
たぶん、彼女と結婚するのだと思っていた。
ある時期から、彼女からの連絡があまり来なくなった。
初めは仕事が忙しいんだと思っていた。
少し強気な彼女は弱みを見せたがらないから。
だからそっとしといてあげようと思った。
そんな風に、思い込むようにしていたのかも知れない。
「なんか痩せた?」
「え? ほんと? ダイエットしてないんだけどなぁ? ラッキー」
久しぶりに会ったら、どことなくやつれたような気がして、そう声を掛けた。
顔色が悪い。
ラッキーと言ったわりには喜んでいなさそうだった。
近所の商業施設をブラブラしたり、他愛のない話をしたり、ベッドの中で触れ合ったり。そんな今まで通りのデートをしたかったのに、彼女は嫌がるようになった。
理由は聞かなかった。
機嫌が悪いのだろうと。そういう気分じゃないんだろうと。
いつの間にか三週間、一ヶ月、二ヶ月、段々とデートの間隔が伸びていく。
LINEでの連絡は週に一度あればいい方。
『仕事大変なのか? 大丈夫か?』
『うん』
そっけない返事も、きっと忙しいから。
なんとなく彼女の様子が可怪しいなと思っていたのに、何もしないまま半年が経っていた。
『ねぇ?』
ただ、それだけがLINEで送られて来た。
『ん?』
いつも返事をするときのように返信すると、少しの時間を置いて、強気な彼女らしくないLINE。
『翔はさ、私と付き合ってて幸せ? 楽しいって思えてる?』
『思ってるけど? どうした? 急に』
『んー。最近連絡全然してなかったから。怒ってるかなって』
──珍しい。
『別に怒らねぇよ。長い付き合いなんだからさ、連絡したくないってときくらいあるだろ』
『翔は……今まで、そんなときってあった?』
『いや、無いけど』
『無いんだw』
デフォルメされたウサギが爆笑しているスタンプが一緒に送られてきた。
こりゃ、色々と片付いて余裕が出来たか、何かの機嫌が直ったのかと思った。
自然と笑みが漏れた。
ホッとしていた。
次のLINEが届く、その瞬間までは。
『翔、ごめんね。別れて。私、翔が嫌いになった。二度と会いたくない』
今までしていた会話は何だったのか。
眼の前が真っ暗になった。
『え、いきなり? ちょ、電話する』
震える指先で何とか打ち込み、電話をするが出ない。
『電話、出て? 頼むから』
──頼むから。
連絡が取れなくなって四日後、LINEの通知が届いた。
『朝緋の母です。娘が息を引き取りました──』
何かのいたずらかと思った。
スマホを乗っ取られたとか、面倒なことに巻き込まれているのかとか。
電話を掛けると、おばさんの、朝緋の母親の声だった。
何度も会ってるから間違えるはずもない。
おばさんが、泣きながら謝ってきた。
娘がごめんね、と。
どうか、会いに来てあげてと。
──いつの間に?
ガリガリに痩せ細り、目はくぼんでいた。
いつの間にこんなに痩せたんだ?
何故、髪の毛がないんだ?
何があったんだ?
燃えるように真っ赤なバラの花束を、棺桶の中で眠る朝緋の胸元に置く。
「朝緋、手紙読んだよ」
おばさんにお願いして、二人だけの時間をもらった。
「愛してる。結婚しよう?」
決して返事はもらえない。
空気に混じり何処かへ流れていったこの想いは、永遠と彷徨い続けるのだろうか。
『 翔へ
えと、ごめんね。
どうしても、見られたくなかったから。
怒ってる?
まぁ、怒ってはいなさそうだなって思ってる。
なんとなくだけどね。
私ね、もうすぐ死ぬんだって。
嫌だなぁ。
翔と色んなことを一緒にしたかったなぁ。
結婚式とか、新婚生活とか、子育てとか。
それだけが心残りかな。
翔、愛してた。
翔、バイバイ。
翔、またね。
朝緋』
『あ、棺桶にバラいれて! 真っ赤なやつ!
天国か地獄かわかんないけど、持って行きたい!』
最後の走り書きみたいに付け加えられた文字を指でなぞる。
朝緋らしい。
勝ち気で、自分勝手で、可愛い、俺の愛しい人。
燃えるような真っ赤なバラを、墓前に供える。
「愛してる。結婚しよう?」
やっぱり、返事はもらえない。
─ 終 ─
閲覧ありがとうございます。
連載作品(異世界恋愛)など色々とありますので、良かったら、作者マイページで見てみてくらさい!
評価やブクマ、いいねなどもらえますと、作者が喜び小躍りしますヽ(=´▽`=)ノ