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93 薬師ギルドマスター

 月例会議を終えた俺達が治癒士ギルドへ戻ると、冒険者ギルドのジャスアン殿から伝言があった。


「申し訳ないですが、明日の正午に薬師ギルドまでご足労願いたい。そのように承りました」

 俺はこの報告を奴隷の女性から聞いている。

 ナーリアの教育のおかげか、それともこの奴隷の女性に元々素養があったのか、受付の応対だけなら十分及第点を与えられると思う。


「そうか。これからもナーリアに従って頑張れよ」

 俺がそう声を掛けると嬉しそうに頭を下げた。


 そこで少し和み、俺は地下へと向かった。



「地下三階層は既に完成したか」

「まだじゃ」

 大きく広がった空間を見て俺が呟くと、そこにドランが現れた。


「最近は本当に良くやってくれていますね」

 俺はドランに労いの言葉を掛ける。

 こんな大仕事を、ポーラと二人だけでやり遂げてしまうんだから、本当に頭が下がる。


「なんじゃ気持ちが悪い。あれだけのアイディアを出したのはルシエル様で、俺にそれを実現できる力があった。それだけのことじゃろ」

 ドランもブレないな…と思いながら、進捗状況を確認する。


「……そうか。じゃあ学校と冒険者が住む家はどうなっている?」

「全部が同じ形の建物だから一棟建てれば、後はそれを基に建てていくから早いぞ。ただ魔石も木材も足りないのは報告書にあげた通りじゃ」

「あれの開発は当分延期だな」

「……残念じゃ。あれが一番滾らせてくれるんじゃがな」

 ドランは首を振って溜息を吐いた。


「ルシエル……様。解析が終わった」ポーラが声を掛けてきた。

「さも全てを自分で解析したみたいな言い方はいただけませんわ。ルシエル様が迷宮で手に入れたものを私主導の元で解析を完遂致しましたわ」リシアンが会話へ割り込んでくる。

「……まず腕輪だけど」ポーラはリシアンに構うことなく俺に渡してきたのは、迷宮の四十七階層で宝箱から入手した腕輪だった。


「装着者が魔力を込めて魔言を唱えると発動するもので、装着しているものを中心として風の結界を張り巡らせ、炎や氷の魔法、ブレスなどの攻撃を防ぐものです」

 ……結界?

「……もしかしてこれを展開していれば、赤竜のブレスも?」

「……弾けていたかも知れない」

 ポーラは目を逸らしてそう言った。


「ルシエル様、赤竜ってなんですの?」

「五十層の宝箱に入っていたのは隠者の鍵」

 ポーラはリシアンを無視して、五十階層で宝箱から入手した鍵を俺に渡してきた。


「それはどのように使ってどんな効果がある?」

「鍵に魔力を込めて見えない扉をイメージして回すと空間に建物を作ったりすることが出来る」

 ……思った方向とは違ったチートアイテムだった。

 何でも開けられる鍵を想像していたのだが、別の意味でチートだったな。

「これがあれば、旅でも安全っていうことか?」

「…………」

 ポーラはそこで言い淀む。

「その鍵は隠者の鍵シリーズの中では下位の従魔シリーズですから、人は入れませんわ」

 リシアンがポーラに代わって説明をしてくれた。

 この二人って結構いいコンビだなぁと思いながら、人が入れないことに一瞬ガッカリしたが、これってフォレノワール達を危険に晒さない旅が出来るんじゃないのか?

「フォレノワール達でも大丈夫か?」

「……ええ。ですが、従魔の鍵ですから、その筋には高く売れますよ? オークションでも高値で売られていますわ」

 リシアンはそう力説するが、結局彼女は開発する魔石やその資金が欲しいのだろう。

 彼女が奴隷になったのはそのことも原因だと聞いている。

「俺が必要だと思っているから売る気は無い」

 俺の意思を明確に発言するとリシアンは口を閉じた。


「預かっていたこの書物に関しては、解読が出来なかった」

 どうやらこれを読む為には、古代文字や文字を解読している機関に委託しなければならないようだが、何が書かれているか分からない以上、魔法袋で眠ってもらうことにした。


 そこからは畑の水を供給する魔道具やあったら便利な魔道具の話などで時間を過ごし、明後日の朝にまた森に向かうことを説明した。

「だから明日の徹夜などは、もっての他だからな」


 そう伝えた俺はハッチ族のハニール殿にも同じ内容を伝えて、それからは訓練をするのだった。




 翌日、俺はライオネルとケティの二人にジャスアン殿を加えた四人で薬師ギルドへとやってきた。

「詳しくは聞いていませんでしたが、先方はなんと?」

「治癒士ギルドのルシエル様の名前を出すと二つ返事で了承されました。グロハラの件があり警戒もしましたが、どうやら彼はルシエル様に会いたがっているようでした」

「そうですか……それでいつまでジャスアン殿は私を様付けするつもりですか? 何も無ければ物体Xを飲ませるようなことはしませんよ」

「いやルシエル様の波動がそう呼ばせるのです。出来れば了承していただきたいです」

「……出来るだけやめてください。あと公の場では絶対にやめてください」

「気をつけさせていただきます」


 薬師ギルドに入ると直ぐにギルドマスターの部屋ではなく、地下の工房へと通された。

 刺すような臭いが鼻を刺激するので、ライオネルとケティには鼻栓を渡して工房へ入室した。

 ジャスアン殿は臭さを感じていたが、物体Xよりも弱い刺激臭なら問題がないと笑っていた。


「良くぞおいでくださいました」

 工房の中に居た人物はこちらに気がつき、ニコニコしながら挨拶をしてきたのは狸獣人だった。

「スミック殿、この臭いは何とかならなかったのか」

「調合の最中だったのです。申し訳ない」

「事前に来ることは伝えていただろうに……ルシエルさ…殿、こちらが薬師ギルドのギルドマスターであるスミック殿だ。スミック殿、この方がルシエル殿だ」

 ……何故言い直しを? まぁいい。ここまでジャイアス殿が仲介してくれたので、こちらから自己紹介をする。

「初めましてSランク治癒士のルシエルと申します。本日はお時間を取って頂きありがとう御座います」


「ルシエル様のお噂は良く耳にしておりました。薬師ギルドの長をしているスミックと言います」

「私達は魔法で傷は治せますが、病気を完治させることは出来ませんから、薬師ギルドと治癒特区が組めて嬉しく思っています」

「ありがとうございます。ところで治癒特区とは?」

 首を傾げると完全な狸の置物にしか見えなくなったが、平常心で答える。

「……治癒士ギルドのジョルドとお会いになられたことは?」

「ありませんよ。私はこの薬師ギルドで薬を作っているのが仕事で、他は副ギルドマスターに委任しています。今回は薬師ギルドから送られてきた担当ですから、安心してください」

 この人全然懲りてない。しかも自分は完全にやりたいことをやって、薬師ギルドの利益は残すタイプだ。

 研究者ならそれで良いけど、大丈夫なのか薬師ギルド?

「簡単に言えば治癒士ギルドと薬師ギルドが一丸となって、病気や怪我の患者を治療出来る場所を作りましょうってことです」

「ほう、それは頼もしい。まぁところで先日甥っ子のワラビスに、ルシエル殿がガルバとグルガーと知り合いだと聞いたのですが?」

 そうなのか。

 彼はワラビス殿の……でも語尾に「ぷ~っ」って付かないんだな。

 種族的なものではなかったか。


「ええ。聖シュルール協和国のメラトニの街ではとてもお世話になりました」

「それでは物体Xをご存知ですな?」

「はい。元は賢者様が作った神の嘆きという丸薬だったものが、魔道具で精製したら液体になってしまったのが始まりのものでしたよね?」

「ルシエル殿は博識ですな。その通りです。私は今あれを作ろうとしているのです」


 あれを作ろうとするなんて、狂科学者(マッドサイエンティスト)ならぬ狂薬師だな。

 俺はとりあえず一般的なリアクションをすることにした。

「……へぇ~」


「二人には私が作った神の嘆きを食べさせることで、積年の怨みを晴らそうと考えているのだ」

 スミック殿はそこでジャスアン殿のほうを向いて依頼を出した。

「ジャスアン殿、悪いが新鮮なマンドレイクが必要なのだ。一体白金貨一枚を出すから、マンドレイクが叫んで五時間以内のものを収集の依頼を出したい」

「それは認めないと以前にも言ったはずだ。魔物が襲来したらどうするつもりだ」

「……なんでガルバさんとグルガーさんに怨みが?」

「……私は成人してなった職業は薬師でした。ですが、このように篭って薬を作ることはありませんでした。ある日甥っ子のワラビスが二人を怒らせたらしく、グルガーが作った物体Xの入った食事を食べさせるところで、私は割って入った」

 よく怒っている二人に割って入ることが出来たな。

「何故二人でワラビスをいじめるのかと聞けば、ワラビスがガルバとグルガー兄弟に憧れている子供達に、二人の私物だと色々なものを売りつけていたというものだった。中には本当の私物もあったらしい」

「……それって怒るのは普通なんじゃ?」

「ええ。狸獣人はイタズラが好きな種族だけど、さすがにそれは許されない。ワラビスはグルガーの食事を食べて気絶しました」

 イタズラされたら物体Xってグルガーさん達もヤンチャだったんだぁ。

 この地域で物体Xが嫌われているのって、グルガーさんのせいだったりして。

 今はスミック殿の声に耳を傾けよう。

「グルガーは被害にあった人数分の料理を完成させて、ワラビスが食べたらそれで許すと宣言したので、私もワラビスの為に食べてやることにしました」

「……優しいんですね」

「いえ、さすがにしゃしゃり出たのにそのまま帰るなんてことが出来なかったのです。結局食べきれなかったんですが、二人は許してワラビスに二度とこんなことをしないことを約束させていました」

「……そこまでは二人を怨む理由はないですよね?」

「問題はそこからです。当時付き合っていた彼女から、臭いからもう会いたくないとフラれ、この職場でも臭いからとこの地下室で薬作りを命じられ、身体に染み付いた薬の臭いが取れなくなってしまったのです」

 うわ~完全に逆恨みだな。

「それってワラビス殿が悪いんじゃ…? そもそもワラビス殿が二人に怒られるような原因を作った訳ですし、二人はスミック殿に物体Xが入った料理を食べるように言ったんですか?」

「…………言ってない?……それどころか止めていた気が……だが、それなら私は今まで何で頑張ってきたか分からないじゃないか………」


「ピュリフィケイション」

 俺は浄化魔法を掛けると、スミック殿の身体に染み付いていた臭いは綺麗になくなった。

「少し換気したほうが良いですが、ここの部屋で魔法に反応してしまうものはありますか?」

「えっ? そういうものは無いです」

 俺は一気に浄化魔法に込める魔力を上げると臭いは全て吹き飛んだ。

「さすがルシエルさ…殿だ。臭いが一切しないぞ」

 ジャスアン殿がそう嬉しそうに言ったが、俺が一瞬チラ見すると顔を青くした。

 物体Xは勘弁してくださいと顔が訴えていた。

 反省しているようなので、スミック殿のほうを向いて声を掛ける。

「動機はどうであれ、スミック殿はずっと薬を調合してきたのです。それは魔法を唱えるよりも難しく、根気のいる仕事だったのでしょう。貴方を見れば分かります」

「……ルシエル殿」

「それと普通に考えて、ガルバさんやグルガーさんにそれを飲ませようとして飲ませるのは不可能です。きっとスミック殿が自分で飲むことになりますよ」

 徐々に呼吸が早くなるスミック殿を優しく諭す。

「大丈夫ですよ。スミック殿は判断を誤る前に気がつけました。それにスミック殿が調合や調薬に費やし時間は決して裏切りません。その技術で今後も多くの人を助けられるように一緒に頑張っていきましょう」

「……」

 彼は小さく俺にだけ聞こえるように「ハイ」と言った。



 そして落ち着いたスミック殿は改めてジャスアン殿にマンドレイクをお願いした。

「マンドレイクがあれば怪我と魔力を同時に回復させる高級ポーションが作成できるはずなのです」

 俺はライオネルとケティを見ると二人は頷いていたので、大丈夫と判断したようだ。

「では、これを」

 ケフィンが抜いたマンドレイクを魔法袋から取り出す。

「こ、これは?」

「まだ叫んでから一時間は経っていないマンドレイクです。お近づきの印にお渡ししましょう」

「なんと!!」

「これからは治癒特区の件もちゃんと聞き取りはしてくださいね」

「ええ。ですが先にこれの調合をさせていただきます。またいずれ近いうちにお会いしましょう」

 彼は興奮した様子で、俺から渡されたマンドレイクを持って奥へと消えた。


 それを見ながら俺達は苦笑いを浮かべ、ここにいても仕方無さそうなので帰ることにした。


 地下から出てきた俺達に敵対の視線を向けたものが居るのかどうか、俺には分からなかったが、ケティが笑った気がしたのでいたのだろう。

 こうして色々と収穫があったスミック殿との話し合いが終わり、明日からの資材調達に頭を切り替えるのだった。



お読みいただきありがとう御座います。



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