92 誓約書
首都イエニスの北部中央にある長達の集う屋敷で、俺と八種族の代表会議が行われようとしていた。
今回の司会進行役は狐獣人の代表であるフォレンス殿が務めることになった。
「それでは今回の代表者会議を始めます。まず始めに私から商工ギルドと各売り上げについてお話させていただきます」
フォレンス殿が語ったことは、国営商店の売り上げと純利益商工ギルドからの収支をまとめたものが報告された。
先月よりも何がどう売れて、利益がどれぐらい出たというきちんとした報告書になっていた。
この報告だと竜人と虎獣人が発言することはないと俺は暫らく沈黙することにした。
「以上になります。何か疑問があれば挙手を無ければ次へと進みます…………質問がないようですので、次は各畑の進捗ですが、まずはオルガ殿お願いします」
「はい。今月の収穫についてですが…………」
収穫した香辛料と来月に獲れる香辛料、病気の有無の説明があった。
それに次いで兎獣人のリリアルド殿が畑拡張と魔物の有無の報告。
犬獣人のセベックが開墾した畑の報告を行っていく。
「次に警備については今までジャック殿にお願いしていましたが、今回からはキャスラル殿お願いします」
「四日前に一度熊獣人が巨大化しましたが、それ以外の目立ったことはありません」
目立つような……ね。
「それについては私が所持していたハチミツを、熊獣人に譲ったからと申し上げておきます。料理でたまに使いますが、先日サウザー殿に同行して頂いた時に、熊獣人のブライアン殿からハチミツの輸入を頼れましたが直ぐには無理だと判断しましたので……」
「ハチミツを与えたなら仕方あるまい」
上から目線でそう告げたのはサウザー殿だった。
「それでサウザー殿が進めている空からの監視は?」
「問題なかった」
サウザー殿はそう答えた。
「うむ。それでは八種族で何か……失礼。ルシエル殿も入れて何か提案があるものは挙手をしてください」
誰も手を上げない。これがいつものことなのだろ。
彼らがやると言っていたこともこのまま流そうというのだろうか?
これについては聞く必要もあるし、このままでは全く意味のない会議になってしまう。
だったら、俺が得た情報をうまく使っていくしかないのだろう。
そこまで考えて挙手をした。
「……それではルシエル殿」
一瞬間は合ったが、それは気にしない。
これからどんどん進める内政を、彼らが本来はやる気がなくても担ぎ出せば問題ないのだから。
「先日から気になっていた点がありましたので、報告と言うよりは質問です。まず一点目ですが、誰が治癒特区計画を進めているのですか? またその土地の規模と現在住んでいる方々の転居は? 予算とそれを建てる人材の確保はどなたの担当ですか?」
俺がそう告げるとシーンと静まる。
まさか俺が治癒特区に聞いてくるとは思わなかったのだろう。
これで全く進んでないことも、何となく分かる。
だが口約束だからと、流すなんてことを俺は認めない。
「どうしました? まだ決まっていないなら、こちらで振り分けて担当していただいて良いのですか? 代表会議で決まった治癒特区を作ることを反故にする訳がないとは思いますが」
俺は笑いながら話す。
「……それについては現在予算の配分を決めているところです」
「なるほど。それに対しての進捗状況は? 予算組はフォレンス殿だけで行われるのでしょうか?」
「いえ、それについては竜人の方々と一緒に行う予定でいます」
「そうですか。それでは折角ですからジャック殿、何処まで進捗しているか龍に誓って進捗状況を教えていただけますか?」
「……初めて聞きました」
彼は全く寝耳に水の状態だった。
普段ならかわすだけだろうが、龍の加護を持っている俺には彼等は嘘が吐けないと言われているから、当然の結果だ。
「そうですか。さてフォレンス殿? 一体どういうことですか?」
「まぁまぁ誰にでも話を忘れることはあるでしょう」
オルガ殿がそう言って話に割って入ってきた。
「なるほど。それもそうですね。来月の報告までに全てがまとまっていると信じていますよ。工期や人員についての予算組み等もお願いしますね」
「……ええ。分かりました」
彼は頷いた。
「二点目ですが、このイエニスに住んでいる六千百五十四名のうち千六百人程は子供です。その千六百人を抜いて労働者の支払いを計算するとかなり資金が浮くのですが、何処かにプールされているのでしょうか?」
「そんなはずはない、暫し待たれよ」
フォレンス殿は進行役を放り投げて台帳を取りに向かった。
「怒らせてしまいましたか? あ、そうだサウザー殿、一つお聞かせ願いたいのですが、何でも地図でイエニスの左に位置する空白地帯から帰ってきた勇者が鳥獣人族にいるとお聞きしたんですけど、本当ですか?」
「……そんな噂があるのは聞いていますが、誰かまでは聞いていません」
「なるほど。では一ヶ月後の会議までに探していただけますか? それが冒険者を誘致する為になりますから、存在していない場合も報告を上げてください。他の誘致の作戦を考えますから」
「……わかりました。冒険者らしいですから、いなかったら申し訳ないが……」
「問題ありません。宜しくお願いします」
俺は笑顔で答えて今度は虎獣人の代表に声を掛ける。
彼はシャーザの代役なのだろうが、良い印象を持つことが出来ない。虎獣人だからだろうか?
「先程の報告の中で熊獣人が変身した日のお話が出ましたが、虎獣人族の方々が熊獣人のブライアン殿にどうやら圧力を掛けていたらしいのですが、虎獣人の代表の方にその件についてお聞きしても?」
俺のその言葉を聞いて虎獣人より先に反応したのは、サウザー殿だった。
「なんだと! シャーザの件で大人しくすると言っておいて、何を考えているんだ」
その恫喝に代表の虎獣人は慌てて口を開いた。
「じ、事実確認をさせてください。私も初耳です」
この慌て方が本当に知らないのか、ブライアン殿が喋ったことに対しての焦りなのか、俺には分からなかったが、場の空気が徐々に混乱し始めるのは感じていた。
代表の任期は二年。
それに今回は一年間しかなく、これといった政策はなかった。
治癒特区の件も、各々の種族の賃金やその支払いについても、実は全員が詳細を熟知していなかったと俺は思っている。
きっと彼等はお飾りの代表なのだ。
だから自分と自分の種族が損をしたと思わなければ良いのだろう。
「あの質問次いでにもう一点だけあります。国庫から誰が労働者にお支払いをしているのでしょうか?」
「……その時の代表です」
そうオルガ殿が深刻そうな顔で教えてくれた。
「なるほど……そうだ。では、私からも学校やスラム街についての報告があります。まず進捗ですが、スラム街の撤去はあと三ヶ月後を見込んでいます。次にその跡地に学校と冒険者を誘致する為の家が出来るのに三ヶ月から半年以内を見込んでいます」
「それは素晴らしいです。それにしても良くハーフ獣人を排除する計画を立てられたものです」
リリアルド殿がそう言ってハーフ獣人を排除に賛成する。
「排除ではありませんよ。彼等はお似合いの場所に移るだけです」
俺はニヤッと笑っておいた。
「それは素晴らしい」
犬獣人のセベック殿も猫獣人のキャスラル殿も、いがみ合っていた鳥獣人のサウザー殿とシャーザの代役も笑みを浮かべていた。
狼獣人のオルガ殿と竜人のジャック殿は心配そうな悲しそうな顔をしていた。
「それで工事費や魔石などを全て含めると白金貨三十枚程になるんですが、もちろん国で負担してもらえますよね?」
俺がそう言って笑うと返ってくるのは想像通りの言葉だった。
「イエニスの経済が破綻してしまう」
「そんなに出せないと分かっているでしょう」
「前回の会議では材料費が掛からないと言われましたよね?」
「いえ、私が言ったのは未開の森から木材を持ってくることだけですよ。私は国庫から未開拓地に向かわせる冒険者の資金は出せないと言われていましたが、全て無料になるとは一言も言っていませんよ?」
「いや確かに人材費以外が掛からないと言っていたです」
リリアルド殿はそう言ってくるが、完全に彼の思い込みだ。
「はっはっは。違いますよ? それを言っていたのはリリアルド殿ですよ。私はスラム街を任せてもらうことだけですよ? 何故利益が出ない私がこの街の代表になったのかを思い出していただきたい」
俺はそう言って突っぱねる。
「ルシエル殿、待っていただけますか」
「ああ、フォレンス殿。それでどうでした?」
「…………言われていた通り帳簿が合いませんでした」
「つまり?」
「何処かで汚職があったようです。そのせいで先程の資金をこちらから出すのは難しいです」
「既に計画を進めていますから白金貨五枚が掛かっていますが?」
「……それは」
「……まさかイエニスの為に私財を全て投げうてとおっしゃる訳ではないですよね?」
俺は各代表を見渡すと全員が視線を合わせないようにする。
「馬鹿にされたものだな…………なら交換条件を出しましょう。まずイエニスの現在スラム街となっている全域を買い取らせていただく」
これについての異論はなく、何故?っという顔になっている。
「次に学校や冒険者の家もこちらで全て建てるが、権利は治癒士ギルドにしていただく」
「学校の入学条件などは?」
オルガ殿はどうやら学校にシーラちゃんを通わせたいようだ。
「子供は前にも言いましたが、基本無償です。フォレンス殿、薬師ギルドで薬を買っているのは国ですか? それとも商工ギルドですか?」
「商工ギルドで取り扱いがあります」
「なるほど。だったら教会でも売れるものを作ったら、仲介手数料を抜かずに販売する許可をいただきたい。私の要求はその三点です」
「スラム街の買い取り、建物や権利、販売物を仲介手終了は取らずに販売出来る許可…………一番は個人資産なら認められますが、聖シュルール協和国のものには出来ません。二つ目は条件付きなら良いでしょう。そして三つ目も認めます」
「二つ目の条件とは?」
「イエニスが買い取りを求めたら、それに応じることです」
「…………著しく不利な条件で無ければ、良いでしょう。あとで言った、言わないと揉めるのは嫌なので、ここにいる各種族の代表全員に了承した。と、誓約書に署名していただく」
俺は羊皮紙を出してさっきの文言を書いていく。
そして各々の証明が終わり、誓約書に魔力を込め主神クライヤに捧げる。
自分の一族が約束を違えたら、イエニスの代表権を失うことを記載してあり、手を止める者もいたが結局署名した。
誓約書は三枚作成して一枚は俺、一枚は長の屋敷、一枚は冒険者ギルドで保管することが決まった。
冒険者ギルドでの保管は、冒険者を誘致する内容が入っていた為にすんなりと受け入れられた。
「終わりました。それではこれは各種族に通達してください。学校も作り、冒険者の家も作りましょう。あとは冒険者が安心して稼げる治癒特区と冒険者ギルドへの協力の申請をお願いしますね」
「これから徐々に治癒特区の土地を作るために竜人族と虎獣人族、熊獣人族は街の拡大工事をしてもらう。移動の調整は私が話をしよう。鳥獣人族は冒険者ギルドと密に連絡を取って魔物の件を探ってくれ。他の種族は畑仕事を頑張ってもらう」
フォレンス殿は各自に指示を出していった。
不正を確認したフォレンス殿の目が血走っていて誰も今の彼は止められない空気があった。
こうして代表者の月例会議は終了した。
俺は帰り道を歩きながら、ここからが正念場だと考えていた。
本来はもっと狡猾にしようと思っていた。
スラム街の全権を任せてもらい、現在の治癒士ギルドで秘密に工場経営をすること。
しかし口頭での誓約は個人にしか掛けられないので、一族の場合は今回のように誓約書をしたためなければならなかった。
こちらの世界に染まりすぎて、書面に残さない誓約に頼ろうと悪い癖がついた。
そこの認識に気がつくことが出来たのは、フォレンスさんのおかげだった。
考え事をした俺にライオネルが笑って告げる。
「今回で命を狙われるのが、三ヶ月伸びましたな」
「……ああ。何とか、だけどな」
「今回のルシエル様の話し方は少し危なかったニャ。どう転んでもおかしくなかったニャ」
「うっ、すみません」
久しぶりの商談はトークもボロボロだし、話す順番も全く駄目だった。
「もう少し腹芸を覚えないと成立するものも成立しないニャ」
「これケティ。ルシエル様もまだ二十歳、まだまだこれからよ」
ライオネルはそう言って笑うが、本当は三十五歳で営業のブランク五年あったからなんてことは言える訳が無かった。
「本当にフォレンス殿がこちらの味方になる、とケティの情報が無ければ分からなかった。感謝する」
「教えたのは私だけど、解決して味方に引き込んだのはルシエル様だニャ」
フォレンス殿の奥さんは目が見えない状態だった。
俺はその報告を受けた昨日、フォレンス殿の家まで奥さんを治癒しに行った。
それだけだ。
そこまでに念密にフォレンス殿を調べ上げた、ケティとケフィン達が今回の会議を成功に導いたのだ。
俺は今後のことも考え、事前に分かっている会議等の前には、きちんとロープレをすることを心に決めた。
お読みいただきありがとう御座います。
繁忙期ってだけで忙しくなる世の中を、どうにかして欲しいと願う作者。