91 ルシエルの計画
本日2話目です。
治癒士ギルドに戻った俺達はそのまま地下に向かった。
地下一階層が完全に牧場と化していた。
「…………ここの畑はもう既に地下三階に移動しているってことなんだろうが」
「凄まじいですな」
「ポーラとエルフの魔法道具大好きっ子が張り合っているニャ。それをドランさんがうまく調節しているニャ」
二人の言葉は正にその通りだ。
これが嬉しいのはフォレノワール達だけだが、まぁこれはこれで、良しとするか。
しかし地下三階層がどうなっているのか?
俺はそれが気になり、それを確認しないと落ち着くことなど出来なかった。
直ぐに階段を下ることにした。
「……異常だろこれは」
俺の口から本音が零れた。
地下三階層に下りた。
いつもは右手側にドランとポーラの工房があり、反対方向は壁だったはずだ。
その壁だった筈の場所は既に|10a(1,000㎡)程の畑が広がり、木々を植える場所はまた別にきちんと考えて作られていた。
そして地下一階と同じように擬似太陽までしっかりと作られていた。
確かにドランに任せれば地下三階は拡がると思っていたが、既に目標の半分まで作業が進んでいるとは思ってもみなかった。
「……作ろうと思えば、地下に国も作れるんじゃないか?」
俺の呟きにライオネルもケティも頷くだけだった。
俺達が近寄っていくと、ハッチ族のハニール殿がこちらに気付いて飛んで来た。
「賢者様、彼らは凄いですね。これなら私達は安心して暮らせそうです」
「ははっ。まぁこれにはさすがに私も驚いています。ただイエニスの街が思ったより安全では無さそうなので、ハニール殿達ハッチ族の方々には拠点を作ってから、徐々に移動してもらう方が安全そうです」
「……そうですか。それでは次回の資材調達で森に向かう際に、私達も同行させてください。集落の者達とハチミツに向いている花の種や木樹もこちらに持ち込みたいと考えています」
少し苦労が滲み出ていたのか同情の目で見られた気がしたが、昨日よりも前向き……あれ?これってOKサイン出てないか? 俺は確認することにした。
「ということは?」
「ええ。ぜひ協力させてください」
良しっ!! これで地下の内政に関しての人材も完璧に揃ったな。
今回はドランとポーラの功績が大きい正に
ドランがガッチリとハッチ族の心を鷲掴みにしたみたいだ。
俺はドランに良くやったと念を送りながら、ハニール殿へ明日の夜に熊獣人族のブライアン殿とスラム街の顔役であるドルスターさんと会議を開くことを伝えた。
「なるほど。賢者様はこの地下だけでなく、他のところでも色々と仕事をされているのですね」
「ええ。それでもここが形になるまで、当初は半年よりも長い期間を見込んでいたので、ハッチ族の方がいれば私は地上の仕事に集中出来そうです」
俺は本当に良かったと笑いながら頷いてみせた。
「そうなると直ぐに森へ向かうことは無いのでしょうか?」
「いえ、木々は資材置き場に置くことにしていますし、耐火の付与も使ったものを考えていますから、どの道魔石の確保する為に森に出向くことになります」
地下で魔石を使っていることがバレるのは困るので、冒険者ギルドで魔石を購入することを諦めていた。
「では近いうちに?」
「ええ。数日後を予定しています。その時にドワーフとエルフがいれば、木々に大きな負担も無く移植出来るでしょうから、遠慮なく移植したい木々を申し出てくださいね」
「そこまで考えているとは、さすが賢者様ですね」
そうキラキラした目で見られると、あまり考えてはいないとは言えずに、俺は終始笑顔の仮面を貼り付けたままだった。
引き続き仕事を進めようと思ったが昼食の時間になりそうだったので、全員に声を掛けて昼食にすることにした。
食堂に向かうとナーリアが既に食事の用意を済ませていて、彼女の教え子である奴隷の少年少女達もちゃんと手伝いをしている様だった。
「ナーリアどうだ?」
何がとは言わない。
「順調です。三ヶ月もすれば最低ラインに押し上げることは出来ます」
彼女の最低ラインが何処だかわからないが、奴隷の少年少女達は何処か嬉しそうな顔をしていた。
ここにいる奴隷達は人族とハーフ獣人で編制されていて男の子が三人、女の子が八人だった。
エルフ達三人を除く少年少女達は全員二十歳未満で俺より年下だった事もあり、十五歳未満については成人まで孤児として面倒をみることにして、それ以外の者は一年間ナーリアの元で職業訓練を受けさせることにした。
ナーリア以外にも非番の治癒士や、神官騎士が彼等や彼女等に色々教えてあげていることを俺は知っている。
学校の原型がここにあるのだから、若い世代を飛躍させていくには、やはり学べる環境が、誰でも通える学校が必要だろうと強く感じた。
昼食を終え、ギルドマスターの部屋に戻った俺は、ドラン達から受け取った羊皮紙を眺めていた。
「…………まだオーク級の魔石が二千個以上必要とか……何で二人はそんなに嬉しそうなんだ?」
「いや~森に行くのか迷宮に行くか、どちらでも構いませんよ」
「外に行くときは護衛がつきものニャ」
「いや、連れて行くよ。連れて行くけど戦闘に絶対は無いんだから命を大切にしてくれよ」
「今回もしっかり守らせていただく」
「今回はキッチリ護衛するニャ」
完全にやる気になっている二人を頼もしくも、少し暑苦しくも思いながら少し話を変える。
「二人の力量が相当高いことは分かっている……報告があれば考えるつもりでいた馬獣人も含めて、獣人族と戦闘になるケースが出てくるだろう」
「……まぁあるでしょうな」
「殺すか無力化させるかは相手の力量によるニャ」
「俺も魔物を殺したことはあるし、動物も食べるために殺したことはあるが、人と同じ言葉を喋るものを殺したことがない。戦えるかも分からない」
この世界に来て魔物や動物を殺して、解体して、食べたことがある。
だが、人や獣人を殺したことはない。
同じ命だけど……それについて矛盾があることも分かってはいるけど、それでもやはり何かが違うのだ。
きっと俺の何かが変わってしまう。
それを考えると怖くて震えそうになるが、穏やかな声でライオネルが口を開きケティもその後に口を開いた。
「ルシエル様はそれで良い。止むを得ない時以外、手を汚すのは我等が引き受けよう」
「ルシエル様はいつも通りに手を差し伸べるニャ。それが悪しき者の手なら私達が払うニャ」
……格好良過ぎませんか? 彼等が頑なに奴隷から解放されることを拒否するのには理由があるのだろう。それを解決出来るかはわからないけど、いつかこの恩に報いようと心に決めた。
「……宜しくお願いします」
二人は笑い出し、そこからは和やかな雰囲気で計画について話し合い、煮詰まったら地下四階で戦闘訓練をして過ごすのだった。
翌日の夜にドルスターさんとその部下三名、ブライアン殿と二人の従者が治癒士ギルドを訪れ、ハニール殿達とギルドマスターの部屋で会議が始まった。
「本日はお集まりいただきありがとう御座います。今回お集まりいただいた理由ですが、新しい内政プランに関してとなります。先程誓約をしていただいたから分かると思いますが、少し詳しく説明させていただきます。まずその前に自己紹介をしましょう」
俺が微笑むとそれぞれが顔を見合わせ、ドルスターさんが手を上げてから自己紹介を始めた。
「スラム街の顔役をしている名をドルスターと言う。うちの若い者達がそこのS級治癒士様を襲って奴隷にされたことが接点で、ハーフ獣人の現状を知って手を差し伸べてくれることになった。この命を賭して忠誠を誓っている」
そんなオーバーなことを言ったら皆が引きますよ。
次に手を上げたのはハニール殿だった。
「私はハッチ族のハニールと申す。森で一族が壊滅寸前のところを賢者様に救われた。賢者様の計画の素晴らしさに感銘を受けて、この事業に協力させていただくことになりました」
ハッチ族で熊獣人達の目の輝きが増した気がする。
「熊獣人のブライアンです。少数しかいない種族なので虐げられてきましたが、ハチミツとルシエル様が手を差し伸べてくれたので、傘下に入ることにしました」
傘下って……何処かの上場企業をM&Aをされたみたいになってますけど? まるでイエニスから俺が熊獣人企業をハチミツで買収したような……。
あながちハチミツって言っていたから、間違いでは無い気もするけど、それを聞いたハニール殿が笑っているから良かったが、そのことに嫌悪しないか、かなり焦った。
とりあえずは大丈夫そうなので、ホッと一息吐いた
「今回は三段階でお話を進めさせていただきます。一、スラム街の撤去について。ニ、学校の設立に誘致した冒険者達の住まいについて。三、新規事業についてです」
そう宣言して周りを見るとブライアン殿はキョトンとしていたが、その他は黙って頷いてくれた。
「まずスラム街の撤去の日程ですが、その前に治癒士特区についての工事日程などは決まっていますか?」
「まだ何も言われていない。遅れをどうせ俺達のせいにするつもりだろう」
まぁそれが体質なら、どんどん仕事で追い込みをかけるか。
「じゃあ次の会議でそこら辺を突きます。こちらは更地にするだけなら半日で済むそうです。しかし魔石が必要なので、これは早くて一月後になると思っていてください」
「本当に治癒特区の建設を優先にして良いのか? スラム街の連中には、既に新しい住居に移ることは話して了解も取ってあるが、他にやるべきことはないのか?」
ドルスターさんは心配して聞いてくるが、既に問題ないことはドランからも確認しているし、手紙も書いてあるから問題はないだろう。
「ええ。今はありません。ここから二つ目の議題に切り替えますね」
周りの確認をとって話を続ける。
「学校と冒険者達の住まいについては、学校も冒険者の家もパーツ式にしますから大丈夫ですよ」
俺はそう言って笑って頷く。
「パーツ式とは? そもそも学校が出来るんですか?」
ブライアン殿が全く飲み込めていないし、各長達の代表会議で可決したものが伝達されていないことは明白だった。
「はい。長達との会議で、そう決まりました」
「それを全てルシエル様がお金を出すんですか?」
「そう見えますよね? これには色々からくりがあるんですけど、最終的に私は損をしませんが、それは秘密です」
ブライアン殿はハチミツ以外に学校にも興味を持った様だった。
「三つ目は実際に見ていただいたほうが分かりやすいでしょう。着いて来てください」
そして地下に初めて入るドルスターさんとブライアン殿、その従者達は目を丸くさせた
そしてこの計画を知ったブライアンさんと従者二名が口を揃えていった。
『あなたは神か!』
初めてポーラと会ったときを思い出して笑ってしまったが、直ぐに否定して俺は彼等に一言だけ告げた。
「これから一緒に頑張っていきましょう」
すると熊獣人達はボフンっと変身して叫んだ。
『クマーーー!!』
その声が止むと、そのでかい図体のまま土下座したブライアン殿が口を開く。
「これからはルシエル様とハチミツの為に全力を尽くすことを誓います」
そのあまりのインパクトに、最初は皆唖然としたが、次に笑いが生まれた。
彼等はどうやら興奮すると変身するのだろう。
新しい事実を知り、熊獣人って本当に面白いと思いながら、ブライアン殿にもいくつかのお願い事をした。
各々が無事に帰れる様、ケフィン隊とヤルボ隊に護衛させて見送った。
「どう思う?」
「彼等は問題ないでしょう。ただ竜族を除いた七種族はこれから徹底的に調べないと足元を掬われかねないかと」
「そこは任せて欲しいニャ。森に出かける以外は少し自由に動いてもいいかニャ?」
「ケフィン達にも任せるが、くれぐれも無理だけはするなよ」
「承知しましたニャ」
こうして初の裏会議が終了した。
二日後に控えた長達との会議で、俺はある一石を投じようと考えていた。
お読みいただきありがとう御座います。
徐々にテンポが良くなるように精進致します。