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90 賢者の過去と不穏な噂

 冒険者ギルドに到着すると声が聞こえてきた。


「竜殺し」

「竜人の使役者」

「地獄の拷問者」

「物体Xの申し子」


 竜殺しは分かるけど、そこからはおかしくないか? いくら俺でもそれは泣くぞ。

 そんな周りから上がる声に心で否定して受付へ向かった。


「こんにちは。ジャスアン殿か、ジャイアス殿と面会させていただきたいのですが?」

「しょ、少々お待ちください」

 猫獣人の受付さんは階段を駆け上っていった。


 青い顔と大量の汗を掻いているジャスアン殿が姿を現した。

「ジャスアン殿、その態度はさすがに傷つきます。私も本当に怒ったからあれをやっただけで、同じものを飲んだじゃないですか」

「はっはは。何のことでござろうか? して拙者に何か御用でしょうか?」

 物体Xは竜人にトラウマを植えつけるくらいのレベルだったのだな。


 ジャスアン殿に少し同情しながら、用件を伝える。


「冒険者誘致の件と、未開拓地に広がる未開の森の魔物について、お聞きしたいことと、お話があります」

 俺がそう告げるとジャスアン殿は先程のコメディーの様な空気を一変させ口を開いた。

「ここでは何ですので、ギルドマスターの部屋へどうぞ」


 その顔に何処か波乱がありそうだと思いながら、ジャスアン殿に従いギルドマスターの部屋を訪れた。

 そこにはジャイアス殿がいた。

 兄弟だからか、ジャスアン殿の顔を見て真剣な表情になると、席を勧めてくれた。



「それで先程の冒険者誘致の件と、未開の森の魔物についてのお話ということでしたが?」

 ジャスアン殿がジャイアス殿にも通じるように話を再開した。

「ええ。昨日、未開の森へ資材調達に向かいました。そこで倒した魔物の大半が良く耳にするゴブリンやオーク、ウルフ系の魔物でした」

「なるほど未開の森に入られたのですか」

 ジャイアス殿は眉間に皺を寄せて目を閉じた。

「トロールやマンドレイクもいましたが、あれが珍しい魔物で高値で取引されるとはどうしても思えなかったので、その辺のことを冒険者ギルドに確認に伺いました」


 ジャイアス殿は目を開けて話し始めた。

「マンドレイクに関しては薬師ギルドでは金貨十枚前後で取引されているので、高価なものとしては間違いありません。ですがあの森で高価なものはそれだけです」

「……どういうことですか?」


「あの森には精霊が棲みついている、そういう噂がありました」

 実際にいましたが?

「…………」

「あ、今はいないと分かっています。ただそれで加護を得ようとする者や、精霊を捕獲して一攫千金を狙う冒険者が、昔は本当に多かったと聞いています」

 水精霊も色々あったらしいが、それとこれとは話が別だ。

「それで今これだけ少ないということは?」

「冒険者は道に迷ったり、魔物が昼夜問わずに襲いかかって来たらしいのです。そして一度森から魔物が大発生したスタンビードが起こり解決したのが賢者様だったと聞いています」

「賢者様……森を浄化でもしたんでしょうか?」

「当時の文献では、数千もの魔物を複数の精霊を召喚して、一人で倒したと言われています」

「…………凄く強かったんですね」

「そうですね。ただイエニスを防衛した後に〔精霊が悪しき心を持つ者に見えるか!〕と発言をしたことにより、イエニスから冒険者や商人達が離れていきました」


 なんだか凄くわかる構図が出来上がっていく。

「…………もしかしてイエニスに治癒士ギルドが無かったのって?」

「……ええ。賢者様が生きている間はイエニスに支援活動もしていて、井戸や香辛料のタネを持ち込んだのも賢者様だと伝わっています。が、貧困に追い込むきっかけを作ったのも賢者様だと伝えられており、私達が幼い頃にイエニスから追い出したと聞いています」


 イエニスを魔物の襲来から救い、精霊の為にした発言がイエニスの経済危機を引き起こし、その責任を取って資財を投入しただけでなく、未来の行く末を案じて将来の産業まで考えた賢者様が……それでも次世代に恨まれるとか笑えないな。


「もしかしてそこらと人族至上主義って関係が?」

「……ないとも言い切れませんね。賢者様の奥方には獣人も何人かいたと確か書いてありましたし」

 賢者もリア充様でしたか。

 まぁやっていることは立派だし、あっちもさぞ…………下ネタを妄想すると虚しくなるから止めるか。



「冒険者の誘致をして、何処の魔物を狩らせる気だったのですか?」

 元はそこだ。

 別段強かったりして、高値の魔物がいるなら問題はないのだ。

 例えば引退した冒険者に国境までの護衛や、ハチミツやハチミツ酒の販売、畑に蒔く種の中に綿花も検討していて、それが得意の種族と畑仕事を変わったりもしていくだろう。

 それが良いか悪いかは別だが、衣食住が整い仕事があってそこが住みやすければ、きっと住みたい街になると俺は思っている。



 ジャイアス殿は立ち上がり地図を出してきた。

「前もこの地図を見ましたが、ここです」

 ジャイアス殿が指を差したのは空白地帯だった。


「ここって山というか崖になっている筈ではなかったですか?」

「ええ。ですが報告によると、ずっと崖が続いているだけではないと聞いています」

 …………聞いています?

「聞いていますって、誰にですか?」

「鳥獣人族です」


 イエニスの虎獣人と鳥獣人と兎獣人はあまり良い印象がないからなぁ。

「ちなみに何がいると?」


「ハーピーやラミア、ロックリザードに、妖精のニンフやドリアードがいて、他にも見たことがない魔物がいたと報告を受けました」


 ファンタジーのオンパレードだけど、これってさっき名前が出た賢者の話と被っていませんか?

「事実確認は……出来ていないってことですか。その鳥獣人は?」


「それ以降、姿を見せていません。ですから冒険者ギルドでは、その話を肯定していません」

 怪しすぎるだろ。

 しかも証拠がないって……簡単に振り回されすぎだと思うけど、冒険者達は違うのか?


「それでも一度広まったら、ってことですか。面倒ですね」


「ええ。実際何人もの冒険者が怪我を負ったものです。その後迷宮が活発化した為、その話は消えていたのですが、再燃しつつあると聞いています」

 神妙な顔をしてジャイアス殿が説明する傍らで、ジャスアン殿が初めて聞いたという顔をしているが、気にしないでおこう。


「……そうですか。厄介ごとの臭いがしますけど、頑張ってください。ちなみに冒険者を誘致する為に住居を用意することにしました」


「それは嬉しいですが、良くそんな予算を出しましたね」

 ……なるほど。やはり金にうるさいってことは利益を……何処かにプールして搾取してないよな?

 ……これに関しては後で考えるか。

 俺は笑いながら答える。


「自腹です。そのため全権を握っていますよ。ちなみに場所は現在のスラム街を予定しています。そして審査は冒険者ギルドで、お願いしたいと考えています」


「……スラム街を……何か御考えがあるのでしょうね。人選についてはちゃんとした人ってことですね」


 気を引き締めた彼が、何故副ギルドマスターなのかと考えたが、俺もジョルドさんより使えないから、ナンバーツーが組織を仕切るのかもしれないと思い直して、立ち上がり頭を下げた。

「ええ。ジャイアス殿とジャスアン殿なら、差別無く活動する冒険者を面談出来ると信じています。後でこちらの要望する冒険者と、冒険者の引退を考えている方の条件を紙面にしてお渡ししますので、宜しくお願いします」

「「はい」」

 ジャスアン殿とジャイアス殿も立ち上がり、姿勢を正してから返事をした。

 この二人は信頼しても良いと考えて、もう一つお願いすることにした。


「今度薬師ギルドのギルドマスターとお会いしたいので、仲介をお願いします」

「承知しました」

 俺は微笑みながら退出した。



 冒険者ギルドから出た俺たちは治癒士ギルドに戻ることにした。

「これで徐々に計画が始められそうだけど、なかなかすんなりとは進まなそうだな」

「早いうちに悪い芽を摘んでおかないといけませんね」

「これも誰かの陰謀かも知れないニャ」

「はぁ~。なぁ二人とも奴隷契約を解除して、俺の従者になってくれないだろうか? 対等な立場が良いならそれでも良いから」

 俺がそう言うと二人は笑い、同じ言葉を答える。

「奴隷のままでお願いします。既に心は家臣ですから、存分に働かせてください」

「ライオネル様と同じニャ。それに奴隷の立場の方が色々なところから情報収集出来るから、任せるニャ」


「……やっぱり…か」

 俺は肩を落として歩きながら、今後どう乗り切って行くのかを考えるのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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