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87 ハッチ族との交渉 賢者の伝承

 ハッチ族の集落まで戻ると瘴気が漂っていた時とは違いハッチ族の人々が外に出ていた。


「あれだけの強い瘴気はかなり有毒なんだろうな」

 そんなことを呟いていると、ハッチ族の数名がこちらへ向かって飛んでくると笑顔で声を掛けてきた。


「賢者様、女王様と村を救ってくださりありがとうございます」

「賢者様がいなかったら、村はどうなっていたかわかりません」

「賢者様は命の恩人です」


 そう声を掛けられたが、何故俺を賢者だと思うのかその理由を聞いてみることにした。

「皆さんを救えて良かったです。ところで何故私を賢者だと思われているのでしょうか?」


 すると不思議そうな顔をして答えてくれた。

「賢者様の伝承で森に瘴気が広がる時、颯爽と現れ青白い光を放ち、森から瘴気を消し去ったと言われています」

「また森が瘴気で覆われた時、私か第二第三の賢者が現れると仰られていたと伝わっています」

「伝承の通り青白い光を放ち、瘴気を一掃されたあなたは賢者様なのではないのですか?」


 ……賢者さん完全にやらかしてくれましたね。何が第二第三の賢者ですか。どこのやられ役ですか……。


「……残念ながら私は修行中の治癒士ですよ。今回はハッチ族さんと交渉にやって来たのですが、女王様じゃないとお話は出来ませんよね?」

「えっ? それならハニール様を連れてきますね」

 そういうとハッチ族の一人が上空にある蜂の巣へ飛んでいった。


「それにしてもどうして女王様は捕まっていたんですか? それにあなた達もどうして森から逃げなかったのですか?」

「女王様を残して逃げることなんて出来ない!」

 一人の青年?が声を上げるとそれからは如何に女王が素晴らしいかを延々と語り始めた。



「そこまでにしなさい」

 凛とした声が響くと女王とさっきの老人、もう一人少し大きめな青年が姿をみせた。

 すると目の前に居たハッチ族達は道をすぅーっと開けた。


「賢者様、今回は私と村を救っていただきありがとう御座いました」

 そう頭を下げた女王は他のハッチ族達とは違い羽に魔力を纏っているのか少し発光していた。


「成り行きでしたが、救えて良かったと思います」

「それで交渉ごとがあるのだとか?」

「ええ。私の考えが間違っていなければ、あなた方はハチミツを作り出すことが出来ると考えています」

「……ええ。間違いありません」

 まずはこちらの望む事からきちんと説明させてもらうことにした。

「私の計画は…………」



 俺は自分の計画を話した。そしてどうにか協力して欲しいことをお願いした。

「……なるほど。ですが、いくら村を救って頂いた賢者様でも、即答は出来かねます」

「そうでしょうね」

 難しい提案だから、直ぐに了承されるとは俺も思っていなかった。


「……ですから、私の息子であるハニールと他数名をイエニスまでお連れください」

「ということは?」

「完全に信頼出来るお話だと確信出来れば、こちらとしてもお願いしたいと、そう考えています」

「ありがとう御座います」

 まさかの人員を派遣されることが確定して自然と笑みが零れる。何度も交渉をする必要性を感じていたので、これは凄くでかい。


「それにしても賢者様は面白いことをお考えになるんですね」

「そうでしょうか?」

「ええ。人族はもっと傲慢な種族だと思っていましたから、それにも驚いています」

 過去に人族との間に何かあったことは容易に想像出来てしまった。そこから俺はハッチ族の歴史を調べないといけない…直感的にそう感じていた。


「それで女王様は何故あのスライムになっていたのでしょうか? それとも捕らえられていたのでしょうか?」

「……今から半月程前の明け方に飛竜が飛んでいく際、森に何かを投げ込んだのです。それを見ていた村の若者達が見に行くと小さな瓶が割れていてあのスライムが瘴気を出し始めたのです」

 半月前……迷宮に行ったかどうかの時か…

「あのスライムには物理攻撃が全く効かず、核もあの色で見えなかったために、唯一魔法を使える私が風属性魔法で攻撃しようとした時にスライムがいきなり飛びかかってきて……そこから先、私に記憶はありません」


 ハッチ族の老人が話を引き継いで話は始めた。

「女王様を救おうと火を使った攻撃を試みようともしましたが、女王様を盾にされてうまく攻撃が出来なかったのです」

 スライムに知能? それとも防衛本能なのか? 俺がライオネルを見るとライオネルは真剣にその話を聞いており、珍しく俺の視線に気がつかなかった。


「徐々にスライムは大きくなり、その瘴気で魔物を呼び吸収し始めました。昨日からはアンデッドの魔物を生み出し、我等には伝承の通り精霊様へお願いするしかなかったのです」

 神頼みではなく精霊頼みか。

 この世界は精霊への信仰が強いんだな。

 それよりも賢者がもし転生者なら、賢者の話……伝記も読んだほうが良さそうだな。

 あ、話に集中していないといけないな。

「それで伝承通り私達が来た……そういう状況ですか。それにしても良く女王様は溶けませんでしたね」


「これのおかげです」

 そう言って女王が見せてくれたのは何処かで見たような護符だった。

「……それは?」

「水精霊様の護符です。歴代の女王となる者にこの護符は引き継がれるのです」

 女王は大事そうに護符を撫でると護符を身体に貼り付けた。

 徐々に消えていく護符を見ながら、俺は今回完全に精霊に振り回されたのだと自覚した。

「……そうですか」

 女王に返す声に抑揚がなくなったのは仕方ないと思う。



 今回、水精霊は自分へ信仰心のある眷属を救いたかったってことだよな。


 ……ただあのスライムを放っておいたら、もっと大きくなってこの森もイエニスも危機的状況に陥った可能性も高かったのではないか…そう考えると今回は精霊に振り回されて良かったのかも知れない。


 早い段階だからすんなり倒せたけど、あれが森を覆う程の瘴気を出していたら冒険者の誘致も白紙だっただろうしな。

 それに今回ハッチ族を救ったことで交渉も出来たんだから運が良かったと思える。

 そうだ。こういう時はネガティブに考えても仕方ない。

 ここは…豪運先生が導いてくれたと考えよう。

 そう考えると少し気持ちが楽になった気がした。



「本日は泊まっていかれますか?」

 女王はそう言ってくれたが、上を見て泊まるって言ったら、どうなるのかを想像した俺は泊まる勇気が湧かなかった。

「折角ですが、今回は仲間を待たせていますから御遠慮させていただきます」

 俺は笑顔でお断りをした。

「そうですか。ではお礼の品を持っていってください」


 女王が後ろを振り向くと三十リットルぐらい入りそうな樽と水晶のような黄色の玉を渡された。

「そちらの樽にはハチミツが入っています。それとこの樽と同じくらいの容器に水とこの蜜玉を入れて、一晩寝かせればハチミツ酒が出来ますのでご賞味ください」

 こちらの世界では酒も色々と作り方があるのだな。

「ありがたく頂戴させていただきます。ハニール殿とその従者方は後日御呼びに来れば良いのでしょうか?」

「いえ、我等もお供します」

「よろしいのですか?」

「ええ。外の世界を見せるには良い機会でしたから」


 既に交渉と聞いていくつかのパターンを想定していたのだろう。別れはもう済んでいたのか。

「分かりました。ご子息とその従者方をお預かりさせていただきます。定期的にこれからも森に来ることになりますので、彼らもその都度連れてくることをお約束します」

「宜しくお願いします」


 こうして俺達はハッチ族の集落を後にした。




「こんなに近かったのか」

 ハッチ族の集落から十分も歩かないぐらいで、森から出るとみんなの姿があった。


「もうすぐ夕食の準備が終わるニャ」

 ライオネルとアイコンタクトして直ぐにケティが俺の手を引っ張ろうとするが、俺はそれを止めてハッチ族の彼らの紹介と彼らにも俺の隊の紹介をすることに決めた。

「彼らはハッチ族の視察団だと思ってくれ。俺の計画を進める上で重要な役割を担ってもらうので、彼らの護衛もしっかりと頼む。ハニール殿と従者の方々、彼らは私の奴隷ではありますが部下であり従者です。宜しくお願いします」

 その後、折角用意してもらった夕食だったので、軽く皆で腹を満たした時にはすっかりと夕日が沈みかけていた。


「これから直ぐに真っ暗になるだろうから、警戒して進むぞ」

『はい』

 念のためにエリアバリアを全員に掛けてから俺達は出発を開始した。


 馬車に括りつけられたライトが道を照らし、遠くの敵を発見しやすくなる魔道具をポーラに作ってもらっていたのが、早速役に立った。

 敵からも位置が分かってしまうリスクもあるが、いきなり奇襲されて身動きが取れないことが無いようにする為だ。



「どうやら遠目から監視するだけにしたようです」

「そうか」

 情報通り反対組織がいた事も分かり、街の外で獲物を狙うことも理解した。

 ドルスターからもらった情報で、イエニスの代表となった俺が大人しくしていないことを面白く思わない連中がいると忠告を受けていたのだ。


「種族は馬獣人ケンタウロスとあっちは魔物だニャ」

「襲撃がないにことを祈るよ」 

「今日は様子見でしょう。明日以降は襲撃があるかも知れませんね」

「各自即死だけはするなよ」


 こうして今回は敵対勢力を確認して、今後も荒れそうだと思いながらも無事イエニスへと帰還出来たことに俺は喜びを感じるのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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