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86 瘴気に覆われたハッチ族を救え

「結構ピンチそうだな」

「ルシエル様、暢気にしている場合ではありませんよ」

 凄く怖い顔でミルフィーネが詰め寄ってきたので、浄化を開始することにした。

「えっと、はい。じゃあ浄化しますか。ライオネルは警戒を頼むぞ」

「任されました」


 俺達はケティ達と別れた場所から十分ほどの距離にあるハッチ族の集落へと到着していた。

 ……大きな蜂の巣が何本もの木にぶら下がっており、ハッチ族の集落で間違いないと判断したのだ。

だが、ハッチ族の姿は見えない。視認出来る程の濃い瘴気が周辺を覆っていたので浄化していく。


 濃い紫の瘴気は魔法によりどんどん浄化されていく。

「元凶を何とかしなければルシエル様の魔力を枯渇させてしまう可能性が高い」ライオネルがそう危惧してくれた。

 それは俺も分かっているが、その原因が何処にあるのかを特定出来ずにいた。


「ミルフィーネ、妖精や精霊から瘴気の発生源が何処にあるのか聞くことは出来ないか?」

 ミルフィーネは首を横に振って答える。

「これだけ瘴気が強いと妖精も精霊様も近寄ったりはしません」

 そう答えるミルフィーネだが、強い瘴気に当てられたのか具合を悪そうにしている事に気づいた俺はローブを渡す。

「そうか……渡すのが遅れたが、一応このローブを纏っておけ」

「ありがとう御座います」

 ミルフィーネがローブを纏ったところで指示を出す。


「ライオネルは俺を守ってくれ。ミルフィーネはハッチ族に声を掛けて誰か出てきたら、情報収集をしてくれ」

 俺が指示を出すとライオネルは笑いながら答え、ミルフィーネは頭を下げて答えた。

「いつも通りですな」

「わかりました。情報を入手しましたらすぐにこちらへ向かいますわ」



 俺は浄化魔法をハッチ族の巣へ掛けていく。

 最初は下から上へと蒸気のように瘴気が出ているのではないかと推測していたが、念のためにしゃがみ込んでみると瘴気の靄が一切なかったのだ。

 そこで選択肢を木と空に絞りながら、瘴気が濃そうな方向へ歩き浄化を続けると…「ハッ!」いきなりライオネルの声が聴こえ大剣を振ったのだ。


「どうし……た? 何だこの魔物は?」

「さて、どうやら愉しくなってきましたな」

 ライオネルは大盾と大剣を構え、更に戦闘があることを俺に示唆していた。

 先程ライオネルが切った魔物はハエを犬型サイズに変えて、緑色に変えたような姿をした半分溶けたアンデッドの魔物だった。


「愉しいのはライオネルだけだ。寄れ」

 俺はエリアバリアを掛けて直ぐに先ほど魔物が飛び出してきた方向へ浄化魔法を放つとそこには超巨大なスライムとそこから生まれてくる様々な魔物が現れた。


「……スライムってもっと可愛いだろ? あれはあきらかにボスクラスじゃないか。ライオネル何としても死守してくれ」

「そんなに慌てなくても私が全てを倒しましょう。敵はアンデッドなれど、中々戦い甲斐のある戦場。このライオネルが推して……ルシエル様の盾となりましょう」

 今絶対に推して参るって言い掛けたな。

 ケティ達がいないことを思い出して突っ込まなかったから良いけど……。


「浄化した時点で俺が狙われているだろうから頼んだぞ」

 俺は生まれてくる魔物に詠唱しながら、浄化魔法を何度も放つとアンデッド達はその身体を残して死んでいく。

 浄化魔法よりも多くの魔物を生み出すスライムはこれでどんどん小さくな……ってない?


「おいおい、セオリー通りならこのまま小さくなるんじゃないのかよ?」

 超巨大スライムは瘴気を作り出して、その瘴気を空気の如く吸収する一人光合成みたいなことをし始めると徐々に大きくなっている気がした。

 魔物が増えてライオネルも愉しそうに切ってはいるが、このまま戦闘を続けていたら俺の魔力が枯渇する。


「ライオネルは全部の魔物を任せるぞ」

 俺はライオネルの返事を聞かずに、幻想杖に魔力を思いっきり込めて詠唱を開始した。


【聖なる治癒の御手よ 母なる大地の息吹よ 我願うは我が魔力を糧とし 天使に光翼の如き 浄化の盾を用いて 全ての悪しきもの 不浄なるものを焦がす聖域を創り給う サンクチュアリサークル】


 超巨大スライムの周りに魔法陣が出現すると魔物たちが一斉に飛び掛かってくるが、ライオネルが敵を通さないと信頼している。

 万が一噛まれたとしても、肉片を失っても回復出来ると自分に言い聞かせて、聖域円環を発動するといつもの青白い光に加え赤い螺旋が加わったそれはスライムを完全に覆った。

「ハイヒール」

 俺は直ぐに詠唱破棄でライオネルに回復魔法を掛けると、さらに浄化魔法を残った魔物達へ掛けた。


 ライオネルは俺に魔物を一体も通さなかったが、その代償を身体中に受けていた。

「無理し過ぎだろ。リカバー、ディスペル、エクストラヒール」

「くっくっく。忝い。中々滾る状況だったのでな」

 ライオネルは片目が鋭く裂傷していたし、体中が石や毒に侵され変色している状態だったのだ。

なんとか俺の回復魔法で身体の傷や状態異常を治癒できて良かった。


「魔物を通さなかったことは感謝するが、俺はライオネルに死なれたら本当に困るから絶対死ぬなよ」

「おお。家臣冥利に尽きますな」

「ハァ~、絶対に反省してないだろ」

 ライオネルはニッコリと笑いながらも、スライムのいたところをずっと見据えていた。


「魔物の死体の数が凄いな。瘴気は……」

「瘴気も徐々に薄れてきましたな」

 瘴気の元はやはりあのスライムだったのだろう。


「ああ。それであのスライムだが……スライムじゃ無くなっているんだけど?」

「奇遇ですな。私にもそう見えます」


 仕方なくアンデッドだった魔物の山を魔法袋に回収していき、まだ濃い瘴気が残っているところへ浄化魔法を掛けてから本題に入る。


「……ピュリフィケイション ディスペル リカバー ハイヒール」

 俺は目の前に転がる……倒れていた五十センチほどの蜂っぽい姿をした女性?に回復魔法を掛けていった。


『女王様~』

 とそこへ蜂の集団が押し寄せて来た。

 そしてその中の槍を持った髭を蓄えた蜂の老人?がこちらに声をかけてきた。

「賢者様~女王様は、女王様はご無事なのですか?」

「えっとはい。この方は生きていらっしゃいますよ。それより賢者様って?」

「皆のもの女王様は無事でいらっしゃるぞ。直ぐに女王様の巣へお運びするぞ。賢者様それでは女王様を先に移動させてください」

「あ、はいどうぞ」

「感謝致しますぞ」

 二十センチ程の蜂の小人達は女王を丁寧に抱えると一斉に蜂の巣があった方向へ向かって飛び立った。


「ルシエル様ご無事でしたか……申し訳ありませんでした」

 ミルフィーネがこちらに向かってきて、俺とライオネルを確認すると膝を突いて頭を下げた。

 そう。何故か土下座し始めたのだった。


「それで? なんでいきなり土下座なんかするんだ?」

「……許されないことをしたからです。現在の私は奴隷紋が付いていません」

 奴隷紋がない?

「精霊様が私の奴隷紋を消して、この村を救ってもらいたいと告げられました」

 この世界の龍や精霊は自己中過ぎないか?

「…………それで対価は?」

 これを受けるのは何か見返りがあるんだろう。だが悪意あったならライオネルやケティは気がついたはずだ。

「この精霊の護符です。これをルシエル様がハッチ族を救ったときに渡して欲しいと言われました」

 この展開はあれですか? ミルフィーネは座ったまま俺に護符を渡して、頭を再度下げた。


「……ミルフィーネは独り立ちするか奴隷に戻るか決めていいぞ。奴隷に戻れば罰則を与えるから良く考えろ。それでどうせ聞いているんだろ精霊?」


 《その娘は許してやってくれ 我への信仰心が強い者しか奴隷を解呪出来るものが居なかったのだ》


 やっぱり聞いていたか。俺は空を見つめながら話す。


「だったら、俺に直接言ってくれば良かっただろ」


 《それだと御主は大人数で向かったはずだ そうなれば錯乱し合った仲間達と切り合いになっていたであろう》


 それは何とでも言える。そう言おうとしたが…一理あると思ってしまった。いくら数が多かったとはいえライオネルでさえあれだけの傷を負ったのだ。


「……それでこの護符はなんだ?」


 俺がそれを言ったあとに脳内にまた機械音が響いた。

 《水精霊の加護を取得した》


 ここでもか。ここでも加護をもらうのか。

「……水精霊の加護ってなんだ?」


 《御主が水龍の加護を得た時にわかるであろう》

 その声は何処か愉快そうに聞こえた。


「……この護符は?」


 《この森を迷わないで歩けるものだ 無くすなよ》


「……俺がここに来るのはいつだ?」


 《……それは言えない ただ御主は絶望を知ることになる それでも立ち上がる強い意志があれば またこの場を訪れるだろう》

 絶望? 立ち上がるってどういうことだ? 精霊のその抽象的な言葉が俺を不安にさせた。


「絶望ってなんだ! おい、おい!」

 だけど、それから何度呼びかけても精霊からの返答はなかった。


「ルシエル様、ハッチ族の集落に行くでも帰るでも急がないと日が暮れてしまいます」

 ライオネルは俺を諭すように声を掛けてきた。


「……ああ。ミルフィーネはどうしたい」

「奴隷に戻ることをお許しください」

「はぁ~何で奴隷に拘るんだか」

「ルシエル様の奴隷は一般的な奴隷の暮らしではありませんし、奴隷の身分の方が動きやすいときもあるのです」

 ライオネルは笑みを浮かべてそう俺に告げた。

「さすがにもう嘘をつくなよ」

「はい」

 こうして奴隷になることを喜ぶミルフィーネを見ながら、俺は溜息を吐いた。

 そしてこの後にハッチ族と交渉する内容を考えながら、集落に向かって歩き始めるのだった。


お読みいただきありがとう御座います。

2話目をこっそりアップしました。

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