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82 ルシエルの企み

 前方にいらっしゃる熊獣人のブライアン殿を見て俺は固まってしまった。


「初めまして熊獣人のブライアンです。こう見えても力はあります 」

 そう渋い声で彼は力こぶを出して笑いながら、自己紹介をしてくれた。


 その姿があまりにも可愛くて、俺は心の中で叫んでいた。

(テディベアじゃないか~!)

 この世界には熊の魔物がいる。

 レッドグリズリー、ブラッドグリズリー、ヘルグリズリー等でその姿はまさに熊だ。


 グルガーさんも狼獣人なのに、その体躯から熊の料理人と呼ばれるぐらいだ。


 それが実際に初めて会った熊獣人は身長が七十センチ程のふかふかした人だった。


「……初めましてS級治癒士のルシエルと申します。一年間だけになりますが、イエニスの代表となりました。何かお困りの際は言って頂ければお力になります 」

 俺は彼と握手しながら、その姿について聞いてみることにした。


「……熊獣人族の方とお会いするのは初めてなんですが、皆さんがその様な体躯なのですか? 」


「ええ。ただこれは仮の姿で…… 」

 そう言ってブライアン殿が光ると巨大熊に変身した。


「これが本来の姿です 」

 俺はその姿を見て納得しかけた……そこで本日の案内人である鳥獣人のサウザー殿が笑いながら教えてくれる。


「ブライアン殿、この方には嘘を吐かなくても平気ですよ 」


「嘘? 」

 俺がそう尋ねるとブライアン殿はもとの愛らしい姿に戻ってから口を開く。


「実はこの姿が本来の姿なのですよ。昔はこの愛らしさから、兎獣人と一緒に無理矢理攫われて奴隷にされることが多かったのです。だから対抗策として外部の国のものがいる場合は魔力を活性化させて変身する掟があるのです 」


 そう教えてくれた。


確かに姿を見ているだけで和む存在が、愛らしく動くのだから、きっと愛玩動物みたいな扱いにされてしまった過去があったのだろう。

 それを容易に想像出来てしまった。


「大変ですね。そうだ何かお困りのことはありませんか? 」

「……ハチミツを輸入してもらえないでしょうか? 嗜好品なのは分かるのですが、あれが欲しいのです」

 その愛らしい目で見つめられると、例えブライアン殿が男でも考えさせられてしまうのは仕方の無いことだと思う。

「……検討はしてみましょう。それで熊獣人の方は普段は何をされているのですか? 」

「私達は薬草を栽培したり、竜人族の方々と街の拡張の為に動いていたりしますね 」

 力と器用さの能力が高いのだろうか? そんなことを考えながら挨拶を終えた。


 その日の夜、ケフィンの案内でスラム街の顔役と対面していた。


「それでS級治癒士様がここに来た理由が、本当にスラム街の連中は仕事にありつけるだけで満足か? それを聞くためにきたのか?」


「ええ。今回の治癒特区が出来るまでは良いと思われますが、それ以降はあなた方の生活を保障するものがないのです。ここには多くの人が暮らしているようですし、何か手はあるんですか? 」

 ドルスターと呼ばれた人族と狐獣人のハーフはこちらを睨みながら首を振って言う。


「いいかS級治癒士様? この世には平等なんてものは無いんだ。部下だったケフィン達を奴隷にしたあんたには分かるまいがな。あんたに奴隷になったほうが生き生きしている部下を見た俺の気持ちがわかるか? 」


 少し考えれば分かる。

 闇の組織がこのイエニスでそんなに多いはずがなかったのだ。

 俺はケフィンを見ながら口を開いた。


「正直分かりません。ただ彼らを家族と思っているなら、私を殺したいぐらいには憎まれているでしょう」


「そんな相手に仕事をやる。その先はどうすると言われて、今を生きることに精一杯な俺達にケンカでも売りにきたのか! 」

 ドルスター目からは怒りとその他にも色々な葛藤が見てとれる様だった。


 俺はゆっくりと首を左右に振りながら、少し話に変化を混ぜることにした。


「奴隷から解放するのを断られました。彼は、彼らは、ハーフでも忌避されない街や学校を作りたいらしいです。それについてどう思われますか? 」


「………… 」

 彼はケフィンの顔を呆然と見る。


「治癒特区が出来ても、きっとイエニスの人々はこのスラム街の人達の印象を変えることはないでしょう」


「……くだらないことをそれ以上言ったら、お前を死んでも殺してやる 」

 ……凄く怖い。その目には、怨みが込められていた。

「私からの提案ですが、新しい事業を私と始めませんか?資金はこちらで出します 」


「新しい事業だと? 」


「ええ。先程も言いましたが資金は私が出します。ただこれはリスクが高い仕事だと思ってください 」


「……何をさせる気だ? 」


「…………をしてもらいたいのです」


「……正気か? 」


「ええ。あのレインスター卿も失敗したことがあるんだから、駄目もとでもやってみる価値はあるでしょう。私がいるこの一年という期間でそれが成せれば、国の代表として正式にそれを国営の事業として取り込むように働きかけます 」

 そうやってみて駄目でも、いつか成功させれば良いと思う。


「……どうしてだ? どうしてそこまでする? 」


「生まれる場所は選べなくても幸せになる権利は誰にでもあると思います。ハーフと蔑まれるならハイブリット獣人だと言い返せるそんな環境を作りたいだけです」


 俺は笑いながらそう語りながら、心では自己満足だと自嘲していた。

 ハーフだった先輩が苦しんでいた時に言えなかった言葉を、彼らを少しでも救うことが出来るなら、きっと自分が救われる気がするからだとは言えなかった。


「……宜しく頼む 」

 ドルスターさんは頭を下げ、俺を信頼して新しい事業の計画を一緒に練っていくことが決まった。



 翌日、長達との会議で治癒特区建設後に、学校作りと冒険者誘致の第一弾である冒険者の家を建設する話し合いが行われていた。


「治癒特区に学校とイエニスに中~高ランクの冒険者達の家作り。冒険者が集まれば森が広がる未開拓地への参入ですか 」


「しかし治癒特区は良いとしても学校を建設するには材料が足りませんよ」


「それに現在の仕事をしているもの達を動かす訳にもいきますまい」


「未開拓地に向かわせるのに国庫からはお金は使えませんよ」

このように否定的な意見も多く出たが、何処の世界でも一度作り上げてしまったシステムを新しくしたり、再構築したりする時は否定的な声があがるものだ。

建前ではイエニスのことを思っていても、本音ではこの体制を維持したいのだろうと思う。


「ええ。ですから一度未開拓地の森に私も出向いて、木材の回収をしてくるつもりです。人手が無いのも街を見せて頂き分かりましたから 」

俺は笑顔でそう言ってみせた。


「……それで学校は何処に?」


「現在のスラム街となっている場所に作るつもりです。あ、冒険者達の住まいもですよ。現在のスラム街の皆さんにはハイリスクな仕事を頼む予定ですから、きっとスラム街は生まれ変わります 」


俺がそう告げると何人かの目が変わった。そして意見も変わり始めた。


「そこまで言われるのであれば賛成しても良いですぞ 」


「ええ。お金を掛けるのは治癒特区で、人件費を除く材料費が掛からないと言うなら問題はないですね 」


「それではスラム街のことは私に一任させていただくということで宜しいですか? 」

 異議は上がらなかった。


 後は引退した冒険者達が出来る仕事を作り出せば、イエニスに新しい風が吹くだろうとそう感じていた。


 それがイエニスで暮らす人達にとって良い事であるように、俺は願うのだった。


お読みいただきありがとう御座います。

レインスターを書きながら妄想力を高めてきます。


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