81 先人の転生者達とイエニスに出来ること
翌朝、イエニスの街を見て回ることになったのだが、些か問題が起きた。
「……さすがにこの人数はありませんね 」
俺達と各種族の代表と側近と護衛が全て動くと一個中隊が出来上がってしまったのだ。
「今日はオルガ殿に狼獣人さん達が集まっているところを案内していただきます。翌日はフォレンス殿に狐獣人族が集まるところと順番に見学させてください。それと熊族と狸族と仲が良い方にも案内をお願いする旨をお伝えください 」
俺はそう告げた。さすがにこの人数で視察に行ったらいろんな弊害が出るし、イエニスに住むハーフが多く暮らすスラム街の顔役にケフィン隊を向かわせた。
治癒特区を創るのに彼らの力を借りることになると聞いたが、本当に都合良く感謝されるのか? そんな疑問が頭を過ぎったからだ。
「……確かにこの人数で歩くのは問題があるな 」
鳥人のサウザー殿が声を上げると、他の種族も自分達のところも視察してもらえるなら、と二つ返事で俺の提案は了承された。
長が集う屋敷を出た俺達は狼獣人が多く暮らす地区に足を向けた。
「平屋が多いんですね 」
俺はそう言ってオルガ殿に声を掛けた。
見渡す限りで二階建ての建物は無く、空が近く感じる。
「ええ。私達も含め、大半の獣人族は成人まで家族で過ごすことが一般的なのです。ですから余程の、それこそ商売をするようなことがなければ平屋が主流となっています」
そう笑いながら、オルガ殿にくっ付いてきたシーラちゃんを彼は撫でて言った。
「そうなんですね。それにしてもすれ違う人も全くいないのですが、これってお仕事に出られているんですか? 」
長屋敷を出てから三十分程で狼獣人地区(仮)に着いたのだが、外にいる人は極めて少なかったのだ。
「はい。狼獣人は基本的に男が衛兵や畑周辺の見回りに出ていることが多く、女は育児をしながら畑で過ごすことが多いのです」
「そうなんですね。種族ごとに役割は違ってくるんですか?」
「ええ。わが国は年中同じような気候なので、例えば畑仕事でも耕す作業、草を刈る作業、収穫の作業、加工する作業、魔物が来ないように見張る作業と分かれていたりします 」
……前世で草を刈る作業が農業は一番大変だと聞いたことがあるが、不平が出ないのも魔物が出るからなのだろうな。
「そういえば共通して、食べられない食材はないんですよね? 」
「……ええ。ネギッシュなどを食べると全身が痒くなると噂が一時期広まりましたが、そんなことはありません 」
そう。この世界では犬獣人や狼獣人はタマネギやネギを食べても全く何ともないのだ。
これはグルガーさんに聞いていたため知ってはいたのだが、念の為に確認をしておこうと思ったのだ。
ガルバさんとグルガーさん兄弟を基準にしたら、いつか取り返しのつかない間違えを起すことがあると感じていたのだ。
今回はどうやら本当みたいで助かった。
「まぁあれを生で食べる種族もいるみたいですが、そこまで好きにはなれませんな 」
と顔を横に振りながら答えてくれた。では好物は? と疑問に思うがこれは前世のイヌ科が好きなものと変わらない。
「……やはり好物はチーズ等ですか?」
「ええ。その通りです。あの独特のニオイが堪りませんね 」
そう笑いながら、チーズの少し発酵が進んだニオイの強いものを好むことを教えてくれた。
ただ物体Xは別だと微かに震えたオルガさんに思わず笑ってしまった。
食事に使う水などは井戸から汲み上げて使用していると言うので見せてもらうと、ファンタジーに出てくる井戸ではなく立派な手押しポンプの井戸だった。
「……これはどなたが考案されたのですか?」
「なんでも賢者様が考案されたと聞いています。地下の水脈を探してこの地域でも水に困らないようにと、この機具をドワーフに作らせたとのだとか。他の街や村などでは魔道具が主流になってきているらしいですけどね」
「……そうですか」
まさか賢者まで転生者だったとは……笑えない。その後も先程のチーズ作りやカリー(カレー)も賢者が広めたものだということが判明した。
そこからあまりオルガ殿の話は耳に入らなくなってしまったが、俺より早い時代に転生かトリップした人達が生きるために努力したと昼近くになって納得することが出来た。
俺も同じようなことをしようとしていたのだから使える知識はフル活用していくことに決めた。
今日の昼はカリーと焼きたてのナンを提供してくれるお店で凄く美味しかった。
「……狼獣人さん達は料理が上手な方が多いですけど何でですかね? 」
「これも賢者様が残した言葉ですが、人族より鼻が良く感も鋭いから料理人思考らしいです。特に狼獣人はのめり込むタイプが多いので料理を作るのに向いているのかもしれませんね 」
賢者の他にもレインスター卿が石鹸の作り方を伝授し、温泉街を作ろうという話もあったらしい。
石鹸作りに関しては良かったらしいのだ。
それが無ければ現在のイエニスはないと言われているぐらいだから、発展の礎となったのだろう。
現在では他国でも石鹸作りが行われている為に、その恩恵はなくなり生産は中止となった。
次に温泉計画だが、源泉は見つかったのだとか。ただ硫黄のニオイが強過る上に魔物がそのニオイで活発化してしまうということが分かり断念したらしい。
他にも農地改革では、うろ覚えで腐葉土を畑と土に混ぜさせたり、石灰を撒いたりと指示を出して失敗して、自費で住民達の食料を他国から買ったりもしていた。
現在は長い年月を掛けてその割合も分かっているので、国営として成り立っているのだとか。
「……レインスター卿も完璧超人だった訳ではなかったんだな」
俺は少し安堵しながらそう呟いた。
本物の完璧超人にしか本を読んだ時は感じなかったが、随分人間味があったのだと分かって安心した。
「先程からどうしたのですかな? 」
「少し考えごとをしていました。あのレインスター卿の失敗したエピソードがあったなんて驚いていたんですよ 」
無言だった俺を心配そうに見つめるオルガ殿にそう言って笑った。
たくさんの転生者が居ると仮定して、この街を発展ではなく暮らしやすい街へと変えることにシフトチェンジすることに決めた。
翌日は商いを取り仕切る狐獣人族のフォレンス殿が狐獣人のところを案内してくれた。
「私達はこの様に冒険者相手の商いを中心として、商工ギルドと取引をして商人の誘致をしています」
商工ギルドを街に置く理由は商人を誘致するために必要らしい。ここでイエニス側の負担はない。
香辛料が輸出する時に商工ギルドから費用は中間のマージン分の上乗せがあり、商人がそれを買っていくのだとか。
また逆に商人によっては商品を持ち運んでくるのだが、それは商工ギルドに登録してある国営の商家が各店に卸しているらしい。
その為、この街では商人達による価格競争はない。
商人とっては面白みに欠けるそんな国なのだ。
「この方法で運営を始めた時には相当商人達からは叩かれました。商人達に言わせると自分の腕が磨けないなども……。まぁそれでも大体のものは買い取りますから、商人の中には失敗したもの達も多く、彼らにとっては救いとなったみたいです。今では堅実に稼ぐならイエニスと噂されるまでになりましたからね 」
フォレンス殿は誇らしげに笑うのだった。
詳しく聞くと何処で何がどれくらいの値段で売られているかは、商工ギルドでチェック出来るらしい。まさに国だから出来るシステムだったのだ。
「5w2hいや今回は6w2hか」
「何か言われましたか?」
「いえ、少し昔を思い出しただけです。そうだ奴隷商も同じような感じなのですか? 」
前世で5w1hしか知らなかったことで笑われた過去を思い出したのだが、言う必要も無いので話を切り替えた。
「……いえ、奴隷商は別です。奴隷の金額はこちらでは決められませんからね 」
「……奴隷商は商工ギルドを通さないのですか?」
「国と商工ギルドに申請し、通れば奴隷商人として国に奴隷商を開くことが出来ます。純利益の20%を国へ10%を商工ギルドに収めることが必要です。もちろん奴隷を街に入れる場合は検査がありますから、我がイエニスでは違法奴隷はいませんがね 」
「なるほど 」
「他にも冒険者ギルドから卸される魔物の肉は一定金額で買うなど 」
……実は奴隷オークションがあること聞いていたから、あれは違法なのでは? そう思って聞いてみたが合法のようだ。
ちなみに俺達が来た初日にシャーザから圧力を掛けられて買い物を拒否したものを除く全てのものが、奴隷に落ちたか財産を没収されて一番下からの再スタートとなったらしい。
人が増えたらこのシステムは限界を迎えるだろう。そう思いながらフォレンスさんの話に耳を傾けるのだった。
その翌日からも各種族から特徴を聞いたりしていき、九日目に狸獣人と会うことが出来た。
「ルシエル様、彼が狸獣人のワラビス殿です」
オルガ殿に紹介されたのは狸の置物だった。いや、あれが実際に動いているのだから獣人なのは間違いないのだが。
「初めましてルシエルです。この度臨時で一年のみイエニスの代表をさせていただきます」
「お~宜しくぷ~。僕がこの狸獣人の一応代表でワラビスと言うぷ~」
スローな話し方なので、気が抜けるがこういう人ほど実は細かかったりするのだ。
「……何かお困りのことがあったら言ってくださいね 」
「わかったぷ~。お近づきにこれを上げるぷ~ 」
そう言って出されたのは、黄金で出来た首飾りだった。
「良く出来ていますね。本物だと見紛いますよ」
俺がそう告げるとオルガ殿を睨む。
「オルガ教えたぷ~ね 」
だが、そうではないのだ。
「いえ、オルガさんではありません。狸獣人と初めて会った時にプレゼントされる物は偽物と教えてくれた人がいまして 」
「……そいつは何者ぷ~」
「ガルバさんって狼獣人ですけど、言ってもわからないですよね? 」
だが、ガルバさんのことを話しに出したら、一気にワラビス殿の顔が青くなっていった。
「……申し訳ありませんぷ~。失礼これは申しませんぷ~。だからガルバ様には言わないでくださいぷ~ 」
先程までのスローな話し方は一転した……何をしたんですかガルバさん?
「分かりました。でもガルバさんを知っているならグルガーさんも……あれ?」
気付くとワラビス殿は気絶していた。
「……まさか彼らと知り合いでしたか 」
オルガ殿は懐かしそうに笑っていた。
「ええ。聖シュルール協和国にあるメラトニという街で冒険者ギルドの職員をされていて、僕に物体Xを飲ませ始めたのがグルガーさんで、解体や気配の消し方を教えてくれたのがガルバさんで…とてもお世話になっています」
「……グルガー殿はまだ諦めていなかったんですね 」
「何をですか? 」
「あれを隠し調味料としての使い方です 」
「……もしかして 」
「ええ。ワラビス殿はグルガー殿と同い年でよくあれを使った料理を食べさせられていました 」
昔から研究熱心だったんですね……。あれだったらガルバさんになんで怯えていたんだ?
「グルガーさんで物体Xを思い出したのはわかりましたが、ガルバさんは何故? 」
「ガルバ殿はイエニスの神童と言われて育ち、とても人気がありました。しかし、あれの説教は老若男女問わずに心を抉ってくるので、ガルバ殿を怒らせないが暗黙のルールでした 」
笑いながら若干汗を掻いているオルガさんもきっと怒らせたことがあるのだろう。
そんな気がした。
「えっとワラビス殿はどうすれば良いですか? 」
「あれを近づければ目を覚ましますよ 」
そう鼻栓をしながら笑った。
「ワラビスさん、起きないと物体Xを飲ませますよ 」
「おはようございますぷ~ 」
そう瞬く間に再起動をした。
「大丈夫です。私も悪戯されたら一緒に物体Xを飲みますから 」
そう言って笑うと彼は必死に狸獣人の存在価値を話し始めるのだった。
手先が器用で木工に裁縫や細工など、ものづくりが得意であることや獣人で唯一魔法が使えることを話してくれた。
「あの商売がうまいだけの狐獣人から伝説の家系も狸獣人が指導したから生まれたぷ~。伝説の家系のトレットなんて、僕が仕込んでやったっぷ~ 」
「えっ? そうなんですか? トレットさんとも面識があったんですね。 このローブも彼が作ってくれたんですよ。 今度トレットさんにワラビスさんに会ったと伝えておきますね 」
「し、知り合いだったぷ~? 」
「ええ。魔道具もくれたりする良い人です。まぁ些かキャラが濃すぎますがね 」
それ以降は何かあったら協力するぷ~と言って帰っていった。
「話を盛るのとイタズラを除けば有能な種族みたいですね 」
「ええ。そうなんですよ 」
そんな他愛も無い話をしながら、徐々に内政について改善すべき点が俺の頭の中で構築されていくのだった。
お読みいただきありがとうございます。