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80 イエニスの堅実な経営

驚くことに住民から税を徴収しておらず、国の財源はこの地方ならではの特産品である香辛料の輸出に大部分が占められている為、その偏り度合いの大きさから天候不順になればいつか詰んでしまうのではないかと話を聞きながら思っていた。


「収入が各ギルドから規定額の振込みと、国で作っている香辛料の販売による利益だということは分かりました。支出はどうなっているのでしょうか? 」

 支出が多いのであれば、まずは削れるところから削っていくか。


「支出は人件費ぐらいですね。あと数年に一度だけですが、我々獣人でも使える魔法道具を開発してもらっている費用でしょうか」


 シーラちゃんのお父さんであるオウガ殿が考えながら対応してくれたが、ここである違和感を覚えた俺は尋ねる。


「……収支報告書はありますか?」

 支出が人件費と魔道具だけ……高い魔道具でなければ何で赤字になるのか? そんな疑問を感じたのだ。


「ええ。暫らくお待ちください」

 そう言って席を立ったのは狐獣人であるフォレンス殿だった。


 戻ってきたフォレンス殿が分厚い台帳を渡してくれたが、そこには全く予想外の状況が書き込まれていた。


「……あの?これ台帳を見せて頂いた限りでは国の運営に私が関わる必要など無いと思うのですが?」

 台帳に大きな支出がなく、長年に渡り堅実に歩んできたことが分かる収支報告書だったのだ。

 年々最終純利益が増えており、大幅な黒字で資産が余りに余りまくっているのだから。


「そんなことはありません。確かに国庫に資金はありますが、いつまでもこのままだとは限りません。それに次の世代が夢を抱き色々な可能性に挑戦していってもらいたいのです。例えば獣人初の治癒士などです」

 オルガ殿はそう言って笑った。


 思い返せば彼らにイエニスの代表を打診されたが、それは強く優しく憧れられる存在ということで、一言も資金がない、国を立て直すなど言われていなかったことに気がついた。


 国を見て、獣人達を見て無意識にでも見下していたのかと思うと顔から火が出そうなぐらい恥ずかしくなった。


 彼らは既に国を立派に運営していた。

 さらに現状では満足せず暮らしを豊かにし、次世代が希望を持てる様にと色々な議論を重ねてきたのである。


 そこまで考えると帝国から送り込まれたグロハラが、シャーザや汚職に手を染めた獣人達に甘い汁を吸わせ、イエニスを内部から腐らせようとしたことは戦略的に有効だったのだろう。


 イリマシア帝国恐るべし…そう思いながら、彼らの特徴を活かした仕事や子供達の教育の場、広い土地を有効活用することをまとめながら話すことにした。


「皆さんが堅実的にイエニスを運営されてきたことが、これを見れば一目で分かります。私に出せるアイディアは少ないですが、改めてイエニスの為に尽力させていただきます」

 俺は自己満足だが、頭を下げることから始めた。


 少し慌てられてしまったけど、顔を上げた俺に何かを感じて彼らは何も言わないでいてくれた。



「それでは素人の考えですが、いくつか頭に練ったものがありますのでお伝えしていきます。まずは学校を作りましょう。子供が学ぶ学校と大人が学ぶ学校です 」

 場の空気が固まった。


「……あの大人もですか? 」

 手を上げたのは犬獣人のセベック殿だった。

「ええ。識字能力と計算を皆さんが出来るのなら必要ありませんが、実は大人になってから学ぶことの楽しさに目覚めることもあるんです。毎日同じところで同じ仕事をしているのも大変ですし、コミュニケーション不足に陥ったりしますからね」


「ですが、それだと働くことが出来ないのでは? 」

 今度は猫獣人のキャスラル殿が手を上げながら発言した。


「はい。確かにその通りですよね。なので授業も日中と夜間で分けるつもりです 」

「子供を既に労働力としている家族もあると思うのだが? 」

 今度は狼獣人のオルガ殿が発言する。


「ええ。その時のことを考えて、国で借金奴隷を購入しましょう。買った金額の労働期間が過ぎれば解放されるようにしながら、真面目に働けば彼らにも新しい道が開けると思います。無論、人道的な労働しかさせません」

「借金奴隷だけですか? 」

 今度は鳥人のサウザー殿だった。


「違法奴隷はお任せします。しかし戦争奴隷や犯罪奴隷は使う側もさすがに嫌でしょうから国で買うことはしないつもりです」

「指導者はどうするのですか? 」

 兎人のリリアルド殿が耳をクルクルして質問してきた。


「引退した冒険者にしてもらおうかと。その選別は冒険者ギルドの方でお願いしたいと思います」

「大人授業料と子供授業料は如何程とお考えに? 」

 フォレンス殿の目が鋭く光る


「大人からは授業料を取りますが、子供からは取らない予定です。もちろん素行不良や落ち着きがない場合は退学していただきます。さらにハーフだからといじめをする者もです。授業費用は話し合いで詰められればと考えております」

 俺がそう言うと目の前の各獣人の代表達は腕を組んで悩み始める。そこへグルガ殿から声がかかる。

「教えるのは何を? 」


「先程も言いましたが識字と計算です。まずはそこから始めてみましょう。それだけなら時間を掛けずに覚えられるでしょう」

「……試しか、それが成功したら如何するのです?」

 リリアルド殿の問いに俺は笑いながら答える。


「子供には武術訓練や魔法の勉強を加え、各ギルドから人を呼んで講演をしてもらうのも良いかも知れません。そうすれば将来になりたい職業の選択肢が広がります。ただ世界を知ると畑仕事が地味な仕事だと感じることもあるかも知れませんので、ずっと先の将来は賃金の値上げなどを考えないといけないかも知れませんが…」

「……なるほど。学校は子供の将来と大人たちの交流の場ですか」

 またしてもオルガ殿から声が上がったが、些か難しい顔になってしまった。

「…………」

『…………』

「…………」

『……冒険者を誘致するのには何かありませんか? 』



「……この広い土地を活かして歳や怪我、結婚及び出産等で冒険者として活動出来なくなった方々が、第二の人生を始められるように仕事の斡旋が出来る制度を作ってイエニスに住んでもらうのも手です」


「…………現役ではなくて、ですか?」


 まぁ普通はそう考えますよね。でも一生戦場で戦い続けるのは普通無理です。冒険者が引退したら普通は誰にも縛られないところで暮らしたくなるものなんですよ。私も……はぁ~。


「南の未開拓地に進む冒険者に家を無償で貸しながら、収入の5~10%を徴収したりすれば呼び込めますし、仮に引退に追い込まれても受け皿があれば人はそこに集うものです」

「……それではイエニスを如何したら良いと?」

 それを話し合っているのでは? そう思いながらも自分の意見は言っておく。


「先日言われていた治癒特区が出来れば、それだけでも冒険者は集まると思います。命あっての冒険ですから安全なところで実入りがあるならそこを選ぶでしょう」

 治癒特区に皆が喜びの声を上げる。まぁ怪我の殆どは回復魔法で治るし、薬師ギルドの薬も重宝されるものなのだから安心だろう。

 あっちとの交渉はジョルドさんが行ってくれるだろうし……。

 竜人のジャックさんが手を上げて静かに俺に対して質問してきた。


「何か新しい産業を考えておられるのか? 」

「深く考えていません。ただ未開拓地を開拓する時に邪魔な木を切った木材で新たな産業を生み出すことも可能かも知れません。伐採したあとは整地して植林をすれば、その産業が未来に繋がるかもしれません」


「……開拓ですか 」

 きっと苦い経験があるのだろう。


「私の提案を全て受け入れろ! なんてそんな横暴を言うつもりはありません。私は一年間で何も出来ないかも知れませんが、アイディアはどんどん出していくつもりです」

 俺は笑顔のまま間をあけて周りの様子を窺ってから再度話し始める。


「これだけ素晴らしい運営をされてきたのですから、もっと討論していきましょう。住民が住みやすいインフラの整備や縄張り意識の強い方々がこの街に住みたく、遊びに来たくなるような街づくりが出来る様に」


 俺がそう語りかけるとみんな徐々に笑いながら先程の提案のダメ出しを始め、翌日はイエニスの視察をすることで話が進んでいった。


 久しぶりに頭を使ってコンサルする作業に自然と笑みが零れながら、任期中に問題点を一つでも多く解決して良い国にしていきたいと思うのだった。


お読みいただきありがとうございます。

精進致します。

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