79 イエニスの現状を知る
イエニスの治癒士ギルドで、俺の代理を務めてもらう責任者治癒士に最年長であるマークさんを据えようとお願いしたところ俺にも分かりやすい理由を述べられて固辞されてしまった。
「ジョルドは若いですが、私よりも求心力があります。私を含め治癒士達はルシエル殿の後釜にジョルドを推薦させていただきます」
「……今まで通りサポートに徹するってことですか?」
「ええ。ジョルドには言っておりませんが、この地で治癒士ギルドを根付かせるには、治癒士ギルドマスターが代わることなく長期運営することこそ、一番重要だと考えています」
「そうですか。分かりました。それでは今後もジョルドさんの補佐をお願いします」
「はっ!ルシエル様」
彼はニヤッと笑いギルドマスターの部屋を出ていた。
その翌日にジョルドさんが治癒士ギルドの副ギルドマスターに就任した。
「それではこれから治癒士ギルド運営をお任せします。特区で新しい治癒士ギルドが出来次第、その後は治癒士ギルドのギルドマスターになってもらいます」
目の前にいるジョルドさんの顔からは困惑した表情が見て取れた。
「これは治癒士達の総意です。また教皇様からも了承を得ていますので、近いうちに通知が届くと思いますから頑張ってください」
「……何故、私なのでしょうか?」
「若さと求心力です。実は年功序列でマークさんにお願いしたのですが、きちんと断るだけの説明もしていただきました。それに俺もジョルドさんだったら話しやすいですから」
「……はぁ~。分かりました。お受けします」
「ありがとうございます。まぁお互い拒否権がない中間管理職の立場ですから、頑張りましょう」
俺は笑いながら右手を差し出すとジョルドさんも右手を差し出して固い握手を交わした。
迷宮から帰還しての十日間でそんな人事の動きがありながら、決まったことがいくつかある。
まず犯罪奴隷達をケフィン隊、ヤルボ隊、バーデル隊に編制して護衛任務にあたることになった。
護衛対象は俺と治癒士ギルドになり、俺の警護にニ隊、治癒士ギルドに一隊が常駐することになる。
簡単に言えば三日に一度治癒士ギルドの護衛をする以外は、俺の側附きになる。
ライオネルとケティは俺の護衛兼訓練相手として動くことになり、ナーリアは特区が出来るまで、給仕と雑務を処理してくれることになった。
ドランとポーラには迷宮で手に入れたアイテムの解析と、俺が作って欲しいものをリクエストしてみたのだが、苦戦しているのか大人しくなっている。
扉からノック音が聞こえ、俺を呼びに来たケフィンと一緒に階段から下りると、ケフィン隊とバーデル隊、ライオネルとケティが待っており、長達が集う屋敷に向かうことになった。
「……何故か畏怖の目と尊敬されている様な眼差しを感じるんだけど?」
治癒士ギルドから出て待っていたのは、そんな視線だったのだ。
「どうやらジャスアン殿にあれを飲ませたことで、恐れられているみたいです」
そうケフィンが教えてくれた。
「……俺達が帰ってからすぐに目覚めたんだろ?」
「S級様の名前を聞くと震えるらしく、何があったのか伝わってしまったらしいです」
「……凄く嫌な予感がする」
「新しい通り名は確か「あ~聞かない聞きたくない。もうこの話は無し!」」
俺は耳を塞ぎやや早歩きで長達が集う屋敷へと向かった。
そんな俺を見て笑いながらも、彼らはしっかりと護衛を務めてくれていた。
長達が集う屋敷の門で衛兵に挨拶されて中に入ると、各種族の代表と側近が迎えてくれた。
ついでに震えるジャスアン殿と、その横で彼を支えるジャイアス殿が目に入った。
彼らを見て少し悪いことをしたかな? そんな気持ちになりつつも正当な罰であったと頭を切り替え各種族の代表達に声をかけた。
「お出迎えありがとうございます。教皇様よりイエニスの為に尽力せよとのお話があり、代表をお受けすることに致しました。非才の身の上、街づくりに関しても素人である為、皆様のお力添え無くしては何も出来ません。ですから、共にイエニスを更に豊かにする為ご協力をお願いします」
俺の心の中はこの十日間でかなりの変化をみせていた。
最初は嫌々だったが、そもそも現状も良く知らない俺が全てしゃしゃり出る必要はないと思い始めた。
本来はシーラちゃんのお父さんを始めとした八種族の代表達が運営していたはずだ。
次にこの街の表と裏を知り育ってきたケフィン達が俺の得たい情報を教えてくれる。
更に何処かの国で重鎮だったと思われるライオネルが側にいてくれているので、頼りながらも頼られる存在を目指していけばいいことに気が付いたのだ。
炎龍にも人を信用して信用されるように言われたし……任期中は魔物と戦うことも無いだろうから、新しいことに挑戦することで目標が出来れば良いと半ば楽観的になっていた。
経った一年でそんなに変わる訳もないし、無茶なことは止めてくれるだろう。
そこまで考えると、不安よりもワクワクする気持ちが芽生え始めてきたのだった。
あとこの十日間で一番の出来事は奴隷が増えたことだ。
グロハラがもう一人の帝国から来た潜入者を吐いたのだ。
それは俺がライオネル達と今後について話している時だった。
ジャスアン殿が治癒士ギルドに駆け込んで来て助けを求めて来た。
どうやらライオネル達を購入した奴隷商をしている男がその潜伏者だったのだ。
こうして俺は奴隷商へ向かい奴隷達を保護することにした。
そのことを考えていると声が掛かった。
「ルシエル様、宜しくお願い致します」
『お願い致します』
代表の方々が頭を下げながらお願いしてきたので、俺は近寄って一人ずつと握手を交わした後にこう締めくった。
「お恥ずかしい話ですが、私はこの街について知っていることがあまりにも少ない為、いろいろとご教授願います」
ここでまず国の概要や現在進めている政策について教えてもらうことになり、それらをまとめていく。
自由都市国家イエニスの首都イエニスでは暮らす獣人達の種族は十種族いるらしく、今回この場にいない種族は熊人と狸獣人なのだが、その数が少なすぎて会議には加わらないらしい。
もちろん国民であることに変わりないので、要望が上がればそれを議論することになると説明があった。
そんな首都イエニスの総人口だが約六千人とのことだった。
これは聖都シュルールやメラトニの人口と並んでしまう数だったので、一国で唯一の街としては少ない印象を受けた。
そのことについて聞いてみると縄張り意識が強い者達は独自に村を作っているということがわかった。
一筋縄ではいかないことを考えながら、次に土地の説明を受けた。
説明を受けると思っていた以上に広く地図を見た限りではあるが、聖シュルール協和国の二倍の面積を誇っていた。
ただその大半が崖や山であり、未開拓地の森が広がっているために、人族が住める環境ではないと補足説明が入った。
地図をみると東に目を向ければ公国ブランジュ、北東には迷宮国家都市グランドルがあり、北に聖シュルール協和国があることが分かる。
その三国との貿易で外貨を稼いでいることも説明を受ける。
地図の西側は山脈があり、そこを越えると海が広がっていると伝えられている。
だがそれを確認したものがいないために、空白地帯とっていた。
そんなイエニスに暮らす住人の資金源だが、これは圧倒的に冒険者相手の商いが多いらしい。
何でも未開拓地に入り珍しい魔物を狩ってきたりもする為、グランドルの次に冒険者が活動しやすいと言われているらしいのだ。
それ以外では畑で汗を流すか、自らが冒険者になるか、才があれば何処かのギルドに登録しているらしい。
食糧事情は、畑で育てているのは自分達が食べる麦が多く、それ以外では外貨を稼ぐ為にハーブや唐辛子といった香辛料を育てるのが一般的らしく、気候のおかげか良く育つし量も取れるので、輸出品としても安定供給出来ているとのこと。
イエニスでは獣人だからということは関係ないと思うが、野菜を食べる文化はあまり進んでおらず魔物の肉を中心に好んで食べているところまで聞いた。
次に現在行っている政策だが酷かった。
大半が冒険者を誘致することや香辛料の栽培方法についてで、住民の暮らしをどう良くしていくかについての話は一切されていなかったのである。
俺は羊皮紙に要点や問題点、気になった点を書き出して、これからの一年間は色々と苦労するだろと溜息を吐くのだった。
お読みいただきありがとうございます。
六章の初っ端から間違えて消してしまう凡ミスをしでかしました。
もう笑うしかありませんねw
今日はこの一話だけです。ごめんなさい。