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78 これが中間管理職?

何とか二話目です。

 治癒士ギルドへ戻った俺はマスター部屋に誰も入れることなく、机に突っ伏していた。

何処かへ飛んでいきたい……

 本気でそう思いながら、教皇様と先程までしていた会話の内容を振り返っていた。



 《イエニスでこれだけ早く成果を出すとは、本当にお父様に似て有能なのじゃ》

 嬉しそうに語りかけてくるが、あの完璧超人であるレインスター卿と同一視されるとか迷惑以外の何ものでもない。


「こちらに着いてからも対人運に恵まれ、竜を倒せたのも完全に運が良かったからですよ」

 俺は念じるだけでなく、本音が口から零れる。


 《ルシエル、そなたの聖属性魔法に関して、その横に並ぶものは居ないかも知れない。だがギルド運営に関して言えば、そなたよりも優れているものは数多くいるであろう》

 その話の切り口に違和感を覚えながら、ギルド運営に関しては知らないことが多過ぎるのも事実なので頷きながら応える。


「確かに私が連れてきた部下達は有能だと思います」

 俺は断片的にしかこの世界をしらない。

ちゃんと知る機会も作れたのかも知れないが、何よりも己の命を守る事を最優先に他の事を犠牲にしてきたのだか……


 《もとより、数年はイエニスにいるつもりだったんじゃろ?》

 ? !……何故だろう? 凄く嫌な予感しかしない。


「それはそうですが、私は治癒士ですよ?」


 《これでイエニスとのパイプが強固となれば、そなたの後ろ盾も強力になるのではないか?》

 そう言われて考える……が、やはりこれ以上目立つのは嫌なのだ。


「これ以上は目立ちたくないです。S級治癒士、竜殺しですよ? 普通じゃないですよ。そこにイエニスの代表という肩書きまで付いてしまったら…」


 《変わらんじゃろ。もとよりそなたは目立っておったから教会本部に飛ばされてきた。神の嘆きを液化した物体Xを平然と飲み、銀貨一枚でどんなケガも完治させ、治癒士ギルドの唯一のS級治癒士となり、ガイドラインと法案を作り上げた。そこに竜殺しやイエニスの代表が入ったところでなにかが変わるか?》


 望んだものは身の安全。

 豪運先生の出会い運によって、師匠たちと出会い鍛えてもらえた。

 俺って何処かでひっそりと暮らすことは出来ないのかな?


「私は長期休養を取ることは可能なんでしょうか?」


 《もちろんじゃ。そなたが動くことで教会の威信は回復していくじゃろう。ただ全てをそなたに押しつける様な真似はせん。だから安心して休める時には休んで良い》

 俺はその言葉を聞いてホッとした。


「なら、これから休養に入ってもいいですか?」

 俺は喜びの声を上げた。しかし現実とはやはり無常である。


 《良いぞ。そのしわ寄せがそなたの部下に掛かることになるが、そなたが選びたい道を選ぶが良い》

 その声は先程と全く変わらないトーンだったのに、心を抉る鋭さがあった。これが中間管理職になるってことなんですか先輩?


「……分かりました。ですが、私は自分の出来ることしか出来ません。それにS級と言っても本業は治癒士ですからね。それと今回の件が片付いたら旅に出ます」

 《もとより、その計画だったであろう》

 呆れながら笑いを堪えるような声が聞こえ、また連絡するようにと言われて魔通玉の通信を切られたのだった。



「……スキルを取っても良いですよね? ブロド師匠」


 俺はそう言ってSPで取得出来るスキルを眺め始めた。


 ブロド師匠に相談した時は怒られたよな。


「バカモノ! SPで取れるスキルは己の資質だ。己が決めずして誰が決めるのだ。ルシエルよ、迷うなら無理に取るべきではない。本当に必要なスキルは己が進む道で変わる。だから焦る必要はない。だったな」


 だからレベルが上がった後に確認はするものの、今まで優柔不断で取得することはなかった。


「……あれ?」

 SP操作をし始めて直ぐにいつもと違う点に気がついた。


「……もしかして火属性の適性を得たのか?」

 まさかの棚ぼたにテンションが上がったのだが、少し考えてみると急激に下がった。

「この街に魔法士ギルドなんてないだろう」


 喜びが一瞬にして終わった俺はスキルから鑑定と覇運を眺めながら思う。

「本当に必要となってくるスキル……魔道具はポーラがいるし鍛冶もドランがいる。従魔って魔物を赤ちゃんから育てるのなら愛着も沸くかもしれないけど、まずこの生活では必要ない…か」

 こうして悩んだ挙句、またスキルを取得せずにステータス画面を閉じた。


 部屋を出るといい匂いにしてきた。

「ナーリアって料理人でもないのに料理がうまいよな~」

 そんなことを思い一階まで下りていく。



「皆さん先程は帰還を祝って頂いたのに、申し訳有りませんでした」

 俺は謝罪から入った。かなりテンパっていたから昼食の材料等を大量に出して、ナーリアに頼むとマスター部屋に閉じこもったのだ。


「だいたいのことは聞きました。大変ですね」

「ええ。教皇様からは代表をやる方向で、話を進めると言われました。ジョルドさん達が特区の話を詰めていただくことになります」

「……それってもうルシエル殿から私達が治癒士ギルドを引き継ぐってことですか?」

「そうして欲しいのですが、教皇様と話し合いながら、薬師ギルドと代表会議を合わせる形にしていくそうなのです。だから落ち着くまでは、まだ私の部下という形になります」

「それは良かった」

 ジョルドさんはホッとするような感じだった。

「……何かあるんですか?」

「……正直獣人の冒険者達も竜人族の冒険者ギルドのギルドマスターと、副ギルドマスターも近くで見ると結構怖いじゃないですか? 話を詰めるのも一苦労だったので宜しくお願いします」

 そう言って頼られた。

「ええ。十日程はこのままの体制でいきますが、正式に話がまとまってしまったら今後も力を貸してください」

「はい。こちらこそ」


「マスター、ジョルド様、お食事の準備が整いました」

 ナーリアに呼ばれて食卓へ向かった。



 現在ここに教会から来た部下と奴隷達がいる。この組織のトップも満足に出来ていないのに、イエニスの代表とか正気の沙汰じゃない。

 俺は話を始めた。


「まずは治癒士ギルドを守ってくれた皆に感謝している。冒険者ギルドの冒険者達と竜人族の助けがあったからと言っても、慣れない土地であんなにたくさんの獣人達を目にしてストレスも溜まっただろう。ありがとう」

 俺がそう告げると全員が会釈して応える。

「次に奴隷諸君、頑張って戦ってくれたおかげで、無事迷宮に向かった目的とついでに迷宮の踏破もすることが出来た。紛れもなく皆のおかげだ。あとで一人ずつ面談を行うので、食事が終わったらマスター部屋に来てくれ」

『はい』


「それでは無事に帰還したこと、無事に治癒士ギルドを守りきったことを祝してたくさん食べてくれ」


 ナーリアにいつもより豪華にしてもらった料理を堪能しながら、俺はこれからのことを考えるのだった。




 ノック音が聞こえる。

「入ってくれ」

 入ってきたのはライオネルだった。


「ライオネル。今回の功績により奴隷契約から解除しても良い。その上で俺に手を貸してくれないか?」

 通常、奴隷契約を解除するには条件が定められており、金貨5枚だった彼はその何倍も尽力してくれたこともあり、本人がそれを望めば了承することにした。

 奴隷契約の解除条件に関しては一見さんお断りの奴隷商レルガに教えてもらっていたのだ。

「……お断りする」

 さすがにこれだけの武人が俺に手を貸すのは難しいか……。

「……分かった。それでは奴隷契約の解除する為にディスペルを掛ける。掛け終わったら、ちゃんと奴隷契約から解除されたかの確認を頼む」

 ライオネルは手を前に出してから口を開く。

「治療して頂いた恩は一生の恩。奴隷の身分のままルシエル様の旅に同行させて頂きたい」

 ライオネルはそう言って笑った。


 ライオネルだけではなかった。ケティ、ナーリア、ドラン、ポーラ、ケフィン達も奴隷契約から解除されることを断ってきた。


 ケフィン以外の奴隷達は、この街に俺がいる間は奴隷としてでも同行させて欲しいと言った。

 この治癒士ギルドの奴隷として色々なことを学びたいと言って来た。

 そこで得た知識を悪用ではなく、イエニスのスラム街を皆と一緒に再生していきたいのだというのだ。


 底辺のスラム街ではなく、再起したスラム街として自立出来るそんな環境を作りたいと口を揃えて語った。

 嘘はつけない命令を出してはいるが、そんな命令がなくても嘘偽りがないとが直ぐに分かった。彼らの夢を語る顔はそれだけで十分説得力があったのだ。



「夢か。俺は生き残ることが目標と目的だったから、この世界に来てから夢なんて考えたことはなかったな」

 こうして俺は夢について考えながら夜は更けていくのだった。


お読みいただきありがとうございます。

これで五章が完結しました。

次回から六章にはいりますが、王道とはやはりずれた内政にしていこうと思います。

宜しくお願い致します。


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