76 五十一階層への条件
本日は忙しくてこの一話だけですが、明日はなんとか頑張ります。
心地良い睡眠から目を覚ますと、ボス部屋の中央には魔法陣が浮かび上がっていた。そして試練の迷宮と同じようにボス部屋の奥には大きな扉があった。
俺は伸びをしてから起き上がるとライオネルから声を掛けられた。
「もう大丈夫なのですか?」
「ああ。全快だ。他のグループはどうした?」
「一足先に冒険者ギルドへと戻って行かれました。冒険者ギルドに着き次第、薬師ギルドのグロハラを含め今回の騒動に関わったもの達をみっちりと絞るそうです」
「……あの状態のジャスアン殿だと相手が少し可哀想だな」
「それは……フッ 確かに」
俺達は笑い合った。
「今回はさすがに危なかった。あそこで赤竜が俺を食べようとしなければ死んでいた」
「私も全盛期とは程遠く、さすがにあれを止め切ることが出来なかった」
「反省点しかないな」
「左様。帰ったら鍛錬のお相手を務めさせていただく」
「ケティもやるニャ。赤竜と対峙していたマスターはかなり強そうに感じたニャ」
俺達が話しているとケティは眠そうな顔で会話に混ざってきた。
だが眠そうなだけで、目が鋭くなっていたことには触れずに放置した。
「まぁ帰るまでにあと一仕事残っているけどな」
俺はあの奥にある大きな扉を見ながらそう告げた
「魔法陣で帰還するだけでは?」
「マスター、寝ぼけてるニャ?」
しかし二人はそれに反応せず、愛想笑いを浮かべた。
「……ここまで来てあの扉を開けない訳にはいかないだろ?」
俺は大きな扉へ指を向けると二人の頭には???が浮かんでいた。
(もしかして俺にしか見えていないのか? そんな設定があるなんて聞いてないぞ! 聖龍)
「……皆が起きたら出発するから待っていてくれ」
寝ぼけていたのが恥ずかしいのだろう……
二人はそう判断したのか笑って頭を下げた後、ナーリアの元に向かった。
俺は一人で大きな扉へ向かって歩き出し扉に手を触れた。
「これって何か条件があるのか?」
試練の迷宮とは違い緋色に輝く扉から紋章が徐々に現れ輝きだした。
「くっ、やはり魔力を吸われるんだな。でも属性は関係なかったんだな」
試練の迷宮ではMPポーションを飲まなければ魔力が枯渇する寸前にまで陥ったが、今回魔力は半分以上残っていた。
それだけのことではあったが俺は成長してる、そう思うと素直に嬉しくなった。
さすがにこのまま黙って上に行くと問題になると思い、一度扉から離れて一番近くにいたケフィンに声を掛けた。
「ケフィン! あそこにある大きな扉は見えるか?」
「……ただの壁しかないぞ?」
首を傾げながら俺を見るケフィンはライオネル達と同様、大きな扉が見えていないようだった。
(俺しか見えないのは加護の影響か?)
「そうか……ではライオネル達に今から俺が消えたら速やかに魔法陣で迷宮の入り口まで転移するように伝えてくれ。これは命令であることも付け加える」
「……ついて行けるか?」
彼は半信半疑だろうが、俺の言っていること信じたのだろう。良い傾向だと思いながら答える。
「いや、呼ばれているのは俺だけみたいだから無理だろう。皆で命令を守ってくれ」
俺はケフィンの肩をポンポンと叩いて扉に向かう。
扉を開く直前に振り返るとライオネル達も半信半疑の顔だったが、こちらを見て頷き頭を下げた。
俺は手を上げて心の中で行ってくる。そう告げると扉を開き中へと入った。階段を上り始めると扉がゆっくりと閉じていくが、気にせずに進む。
「ここまで御膳立てされて封印龍を開放しなかったら聖龍の加護や聖治神様の加護は消えてしまうんじゃないか?」
俺は呟きながら階段を全て上り終える前にしゃがみながら、五十一階層を覗き見ると聖龍と同じように大人しくなっている龍がいた。
その龍は身体に炎を纏ってはいるが、黒い瘴気も入り混じっており酷いところはアンデッド化していた。
「聖龍、お前よりもアンデッドに侵食されているぞ? 本当に四十年以内に解放すれば良いのか?」
俺はそう呟くも聖龍の声が返ってくることはなかった。
幻想杖に魔力を込めながら詠唱を紡ぐ。前方にいる炎龍(仮)がせめてこれ以上苦しまないようにと願いを込めて。
【聖なる治癒の御手よ 母なる大地の息吹よ 我願うは我が魔力を糧とし 天使に光翼の如き浄化の盾を用いて 全ての悪しきもの 不浄なるものを 焦がす聖域を創り給う サンクチュアリサークル】
サンクチュアリサークルを聖龍の時と同様、遠隔魔法陣詠唱で魔法陣が炎龍を覆うように形成し展開発動させた。
炎龍はまるで聖域円環で浄化されることが分かっていたかのように、叫ぶことも暴れることもなくただその痛みに耐えていた。
暫くすると聖域円環の青白い光は消えていった。
炎龍(仮)の身体から黒い瘴気は消え、先程まで真っ赤な血を炎にしているかの様に荒々しかった炎が、穏やかな夕焼けの空のように茜色へと変わっていた。
俺は深呼吸してから炎龍に近づくと炎龍の声が頭に響いてきた。
《邪神の封印を解き放つ解放者よ 聖龍に次いで我の呪いを解いてくれたこと感謝する》
「……今のテレパシー…念話はあなたか?」
《そうだ 聖龍の加護を受けた汝であれば 念話でも言葉は通じよう 残念ながら我はもう口を開く気力も無い》
……聖龍の言っていた四十年って期間は、勇者が生まれるまでの期間であって、龍の命じゃないってことなのか?
「あなた達転生龍はあと何体いるんだ? それに何故俺しかこの場所に入ってこられなかったんだ?」
《封印を解く術を取得していることが条件だ そこに神の加護 龍族の加護の何れかを授からなければ見えない》
……俺って運命神の加護が無ければ解放者にならなかったってことか? 何故ピンポイントで解放者にならなければいけなかったんだよ。
炎龍(仮)の前で頭を掻き毟りながら、龍の数を教えてくれなかったことに気がついた。それを聞こうとするとまた頭に声が響く。
《我を一人で そして一撃で倒したことによる褒美としてここにある財と加護をやろう 聖龍のように身体の鱗や牙を与えたいところだが 我の魂が消えれば燃え尽きてしまう》
それどころではなかった。
「……財はあり難く頂戴するが、加護を常人がそんなにいくつも持っていて大丈夫なのか?」
《案ずるな 勇者は神々から加護を受け 我等からも加護を受ける 》
安心出来ることが勇者との比較って……不安材料でしかなかった。
「遠慮させていただきます」
《聖龍が言っていた通り面白い者だな クックック》
「俺にはこれ以上のことなんて本当に出来ません。俺は穏やかな生活をいつか出会う奥さんと共に過ごしたいだけなんです」
《おおっ! 忘れておった。聖龍の加護と我の加護持った汝と 龍神の加護を持つ巫女はいずれ運命に導かれるであろう》
もう加護を渡されるのは絶対なんだな。龍族が話を聞かないから竜人族もそうなのか? ……それよりも
「……その龍神の巫女様は美人か?それと歳は?」
《クックック 美醜を気にするとはな 運命に導かれよ 恋愛を司る我が相性は 保障しよう》
いや、そこは気になるところでしょう。 それよりも……運命の相手っているのか? ハッ!?イカン。断わりもいれなければ。
「……試練の迷宮は相性が良くて踏破出来たけど、今回は一人でここに来る事なんて出来なかった。そんな俺が他の迷宮を踏破出来るとは思えない」
《汝はまだまだ青いな 個人の力が全てか? 助けてくれるものがいるならそれもまた力よ この迷心の迷宮を踏破したように人を信頼し 人から信頼されて 立派な賢者になることを祈っているぞ》
「確かにそれはって…はぁ? 賢者?」
《出来る範囲で良い 我が同胞を救ってやってくれ》
「それは聖龍とも約束したからいいけど、それよりも賢者ってなんだ?」
「クックック。汝、名ヲ何ト言ウ?」
炎龍はいきなり念話を止めて口を開いた。
「……ルシエルだ」
俺は驚きながらも答えた。
「ルシエルヨ、ソノ聖龍ノ牙デ作ラレタ杖ヲ我ノ前ニ掲ゲヨ」
「これでいいのか?」
俺への返答は無く赤い光が幻想杖に吸い込まれていった。
「ルシエルヨ汝ニ幸アレ。我も約束ハ果タシタゾ…フィ……ル…ナ………」
炎龍が嗤った。そう思ったら身体が崩れ出した。
「待て、まだ聞きたいことが……あるんだよ。聖龍も炎龍も勝手に消えるなよ」
その身を御伽噺に出てくる不死鳥の様に燃やし炎龍は跡形も無く消えていった。
炎龍がいた場所には聖龍の時と同じく大きな魔石と宝箱が出現して中には小さな勾玉が出てきた。
「なっ?!」
次の瞬間、勝手に聖龍の宝箱から出た首飾りが光を放って飛び出し、勾玉が首飾りにはまった。
「……マジかよ」
気にしていなかったが、勾玉がピタリとはまった。そしてそこから推察出来る残りの勾玉の数は七つ。
「……二つ解放したから大丈夫じゃないか?ハハッ」
俺は自分に言い訳をしながら暫らく呆然としていたが、待っているであろう皆のところへ気持ちを切り替えて向かう為に行動し始めた。
念のために浄化魔法を掛けながら、どんどん魔法の袋にしまっていく。
「見たこと無いお金とか、また読めない書物とか……ここってもの凄く古い迷宮だったのか?」
そんなことを呟きながら中央にある魔石以外の全てを魔法袋に入れ、俺は魔法陣へ飛び込んだ。
そして聖龍の時と同じく魔法陣が光り出した。
ピロン【称号 炎龍の加護を獲得しました】
ピロン【称号 竜殺しを獲得しました】
ピロン【称号 龍神に導かれるものを獲得しました】
光が収まるとそこは迷宮の入り口だった。
転移した俺の目に映ったのは駆け寄ってくる皆の姿だった。
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