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75 物体X無双

二話目

 五十階層のボス部屋は広かった。赤竜の為にあつらえたような作りで、直径百メートルの円形をしており、冒険者ギルドの訓練場を彷彿とさせる所だった。


「運命神様、クライヤ様、聖治神様、ご先祖様お守りください」

 俺はいつものように祈りを捧げたあと赤竜と対峙した。


 対峙した赤竜はもの凄く大きかった。 それ以外にも牙や爪が鋭いとか全体的に硬そうな皮膚をしてそうだとかそんなことしか頭に浮かばなかった。


 何故か近くで見るとそこまでの恐怖感はなかったのだ。


 犯罪奴隷たちに牽制の援護をしてもらいながら尻尾で吹き飛ばされた獣人達へと駆け寄りエリアハイヒールやハイヒールを掛けて回復させると出口に向かうように指示を出した。

「死にたくなければ誘導に従って外に出てくれ!」


 俺の姿を見た獣人達は驚きながらも、犯罪奴隷達の誘導に大人しく従い出口へと向かう。


 突然現れた俺達に赤竜も混乱したようだったが、獲物が逃げ出すところを見て激怒したのか火炎のブレスを吐こうとしていた。その瞬間、巨大ゴーレムが突如として現れ赤竜に向け飛び蹴りをかました。


 ジャスアン殿達も固まっていたが、俺は直ぐに命令する。

「逃げるぞ!」


 だが、ジャスアン殿達に俺の声は届いたがそれを拒否した。

「ここでこやつを倒さねば、迷宮の活動は止まらん」


 俺は無言で遠隔操作によるエリアバリアを掛けた。


 気休め程度のものだろうけど、そう簡単に死んで欲しくなかったのだ。


 そこまで考えた時にゴーレムが土へと還った。


 どうやら損傷が激しかったらしい。


 俺はこれ以上の説得は無理だと判断し、出口付近から援護することを決め走り出した。


「グギャャヤゴオオオオオ」

 ドン、ドドン。そんなリズムカルに尻尾を操った赤竜はジャスアン殿達をこちらへと弾き飛ばし火炎のブレスで追撃までしてきた。


 俺はこの身が焼かれることを想定したが、ライオネルが大盾を構えそのブレスを防いだ。


 火炎の高温により溶ける寸前の盾がライオネルの皮膚にくっつき掛けたところで俺は直ぐにミドルヒールで回復させた。それを見ていたのか赤竜は俺に的を絞ったかのように動き出した。


 逃げる俺の横からケフィンとケティが飛び出したが、そこで赤竜は急速に回転し、尻尾でライオネルを含めた三人を弾き飛ばした。


 三人の身体は出口付近まで飛んでいき、俺の視界には赤竜とシャーザの死体、重傷を負った冒険者達が数名転がっているだけだった。


 出口の方を見ればドランとポーラの退避が済んでいるのを確認した。


 二人は魔石を握りゴーレムを作ろうとしていたが、焦りすぎて固まらないのかゴーレムが直ぐに土に変わるのを見てあの二人でも焦る事があるのだと知った。


 出口までの距離は……十五メートル、赤竜までの距離も同じく十五メートル。ただ既に赤竜の尻尾の間合いに入ってしまっていた。



「死にたくない。足掻いて絶対に脱出してやる」

 杖を剣に変形させ、聖龍のあの槍を取り出して対峙する。


「龍殺しの剣と龍殺しの槍。惜しむのは俺にこれを十分に扱える技量がないことだ。けどやってやるさ」

 魔力を体内に高速循環させ、身体強化を発動して赤竜の出方を窺う。


 ジリジリ後退しながら攻撃を待つ。尻尾を振ってきたところに槍を持って構えるぐらいなら、俺でも出来ると自己暗示を掛けてただ待つ。


 そして赤竜が攻撃をしてきた。ただ待っていた攻撃は尻尾ではなく、一歩踏み込んで腕が伸ばした攻撃だった。


 くっ、間に合わない。まさかの攻撃にそれでも致命傷は避けようと横に跳んだ。

 ブンッ そんな風を切る音が真横を通り過ぎた。

 何故避けられたか意味がわからなかったが、がら空きとなった腕に幻想剣を滑らせ斬り込んだ。


 硬い皮膚で覆われている赤竜の腕を切り裂いた感覚があった。

 それが現実だと教えてくれるように赤竜の右腕からは血が噴き出した。

「やっ……」

 次の瞬間赤竜は尻尾が振り下ろし俺を押し潰した。

 ドォォオオン


 死んでいないのが不思議なくらいの衝撃だった。トラックに轢かれたことは無いけど、前世だったらそれが一番しっくりくるであろうそんな衝撃だった。


 身体が全く機能しない、そんな状態だ。


 思考も纏まらずアドレナリンが相当分泌されていたからなのかは分からないが痛みを感じなかった。


 生存本能か他の何かなのか、脳がハイヒールを無詠唱で発動させていた。


 俺の身体が青白く光ると徐々に視界がクリアになり、音も戻ってきた。


 そこで見えたのは歓喜の叫びを上げながら大口を開け、今にも俺を食べようと進んでくる赤竜の姿だった。


 見渡せばボス部屋の出入り口は真っ赤に燃え、ライオネル達が俺の直ぐ側に転がっていた。一瞬意識が飛んでいたのかも知れない。

 きっと俺を助けに入ってくれたのだろう……。


 二度目の人生は結構頑張れたか? まぁ頑張ったかな。


 竜に一太刀入れたし、S級治癒士にもなれた。

 それにたくさんの人から支えてもらった。


 教会は俺がいなくても回るだろうし、そもそも過ぎた地位だった。

 出世もしたんだぞ…………本当にそうか?


 これで諦めていいのか?

 出世はしたが、俺は楽しく生きられたのか?

 街もゆっくり見ていない。

 魔道具の開発だってまだだ。

 何より今世でも結婚せずに終わるのか?


 諦めて……諦めたらそこで……

「こんなところで死ねるか~!!」

 俺は喰われそうになった瞬間、魔法袋から樽を取り出し口の中に放り込みながら身体を転がして自分にエクストラヒールを使う。


 一瞬強烈な痛みに襲われたが、本当に一瞬の痛みで身体が完全回復して立ち上がるとそこには狂ったようにのたうち回る赤竜の姿があった。

「……魔物がそこまで苦しむか?」

 俺は直ぐにライオネル達にハイヒールを掛けていくとドッシンという音がボス部屋に響き渡った。


「……マジかよ」

 音がした方を見てみると赤竜が泡をふいて気絶していた。

「これっていけるよな? 」

 直ぐ側にあった幻想剣に魔力を込めて一気に首を斬り付けると何の抵抗もないまま刃が通り、痙攣している赤竜を他所に逆側の繋がっている箇所からも首を斬りつけたところで頭と胴が完全に離れた。


 その瞬間、もの凄く大きな赤竜がいたことがまるで嘘だったかの様に消えた。

 そして赤竜の頭が落ちた場所には一冊の魔法書と大きな真紅の魔石が置いてあり、一つの大剣が地面に刺さっていた。


 俺はそれを魔法袋に回収すると少し離れたところにいた冒険者達へ回復魔法を掛け治癒していった。


 ライオネルやケティは信じられないものを見るような目で俺を見ていた。

 いや、二人だけではなく他の面々も同じような顔をしていた。


「竜殺しだ」「不死身の龍殺しだ」「治癒士の龍殺し(ドラコンスレイヤー)だ」

 徐々にそんな声がチラホラ上がり始めた。


「ルシエル殿、どのようにして赤竜を殺したのです?」

 ライオネルが信じられないような目で見ていたのはそういうことか。


「俺が赤竜の尻尾に叩き潰されただろ? そこから少しの間気を失っていたみたいで、気が付いた時には、目の前に赤竜の口が迫っていたんだ。だから死んで堪るかと思って、イチかバチか物体Xの入った樽を口に投げ入れたら、悶絶して泡をふき気絶したからそこを斬った」


「なんと!」

 ライオネルの表情は固まり、ケティは……ケティと周りの獣人達は物体Xに怯えていた。


「ルシエル殿、今回は助かりました。きっと我等だけなら全滅もありえました」


「そうでしょうね。こちらを危険に晒したんですからジャスアン殿にはペナルティーで物体Xを飲んでもらいましょうか」


 俺がニヤリと笑うと、ジャスアン殿はきれいなジャンピング土下座を決め許しを請うてきた。


「じゃあ何故皆さんがシャーザに従っていたのかなどを人道的に聞いてください。まさか命懸けの迷宮攻略をさせられるなんて思っても見ませんでしたからね。命を大切にしないと神様に怒られますよ」

 俺は怒った顔のまま、淡々と続ける。


 すると獣人達が一斉に土下座を始め、口を揃えてお約束の言葉を口にした。

『ははぁ~』


 過去にも転生者がいたら、絶対獣人達に仕込んだことは間違いない。

 そう思いながら、部屋の浄化と怪我人を回復魔法で治癒していった。


 その間にジャスアン殿がシャーザの遺体を拝んでから回収していたことが印象的だった。


 全て終わると流石に眠くなってきた。きっと迷宮はあの件が終わらないと駄目そうなので、護衛を任せて眠りに就くのだった。


お読みいただきありがとうございます。


ついにやってしまった物体X無双。

この章は物体Xを輝かせる章になりました。

反省はしていますが、後悔はしていません。


ですが、調子に乗って申し訳ありませんでした(__)

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