74 逃げたい気持ちと救いたい気持ち
四十八階層も何も無いまま探索が終わろうとしていた。しかしケフィンがいきなり言葉を発した。
「誰かが魔物に囲まれている!」
俺も確認してみると前方に魔物の群れと人影が見えた。
「……待て」
俺は違和感から待ったを掛けた。
「どうして……」
そんな見損なったって顔は止めてくれよ。
「よく見ろ。明らかにおかしい。ここの階層にも出てきそうな魔物だが、変異か種類が違うのか分からないが身体の色が違う。それにあれはじゃれているだけだ」
俺がそう言うとみんな押し黙り、確認を始めて口々にそれが事実だと知る。
「敵なのか味方なのかが分からないから他と合流してから近づくぞ」
俺がそう宣言してから二十分程の間、遠目から魔物とじゃれている様子の人影を見ていた。
「面妖な」
「あれは確かに見間違うことも分かるニャ」
「警戒を最大に進むぞ」
エリアバリアを掛けてから前方の魔物の群れと距離が迫った時だった。
「あ、治癒士のお兄ちゃん」
魔物の中から現れたのはなんとシーラちゃんだった。
「エエッ!? シーラちゃん? 一人で来たの?」
「ううん。パパ達と一緒に来たんだけど、たくさんの人が追って来て危ないから隠れていなさいって……」
あ、これって泣かせてしまうパターンか。
「そっか。じゃあ一緒にお父さんを追いかける?」
「えっ? いいの?」
「さすがにここで一人にしておく訳にはいかないからね。それにしても周りの魔物はお友達?」
「うん。ちいさい時に声が出なかったから、この子達をパパが連れてきてくれたの」
嬉しそうに言っているが、聖都には連れてきていなかったし、迎えの時もいなかったよな?
「前は一緒にいなかったよね?」
「うん。教会の人には友達を傷つける人もいるから駄目だって言われたの」
「……ああ、なるほど。シーラちゃんの友達が俺達を傷つけないようにすることは出来る?」
「大丈夫だよ。待っててね」
シーラちゃんは身振り手振りを繰り返して魔物達に必死で訴えてくれた。
そしてどうやら安全が確保出来たようだった。
「もう大丈夫だよ」
「そっか。ありがとう。そういえばどれくらいここにいるのかな?」
「まだちょっとの時間だよ。たくさん人がカプちゃん達を襲ってきたから、返り討ちにしたの」
……まぁテイムされているなんて誰も思わないだろうし。でもそれってアウトだろ。俺は頭を抱えそうな心境に駆られたが、その冒険者達がどうなったのかを聞く。
「その襲ってきた人たちは何処にいるのかな?」
「あそこの部屋で眠っているの。他の人はパパ達を追いかけていったの」
「ちょっと待っててね。その人たちも悪気があったわけじゃないから許してあげて。私も彼らに謝らせるから」
俺がそう言うと一瞬顔が強張ったが、直ぐに条件つきでOKが出た。
「……お兄ちゃんが言うなら良いけど、絶対にカプちゃん達に謝らせて欲しい」
「分かったよ」
俺はそれを了承してシーラちゃんが言った部屋へ向かった。
部屋の中にはボコボコにされ虫の息となった六人の冒険者がいた。
微かに動いていることに安堵しながら、直ぐにヒールを掛けて意識が回復するのを待つ。
「……本当に生きていて良かった」
もしこれで冒険者が死んでいたら、シーラちゃんの立場が悪すぎると考えたのだ。
「迷宮だと証拠が残らないってことは犯罪ではないのか? それともテイマーの魔物を襲った冒険者が犯罪者扱いになるのか?」
俺の呟きに答える声はなかった。
程なく冒険者達が起き出したので、シーラちゃんとテイムされている魔物に謝ってもらうことを説明し了承を得た。
「それでなぜ私達の合流を待たなかったのだ?」
「それが四十階層に到着して……」
彼らの話した内容を纏めると、彼らが四十階層のボス部屋に到着した際に中へ入れなかったことで、シャーザ達が戦っていると判断したらしい。
四十二階層で一度は追いついたが、制止を振り切り四十三階層では影も見えなくなった為に休息取ることにしたのだとか。
階層を上がるごとに魔物が強くなり、探索も思うように進まなかったみたいだ。
「俺達は既に限界だったので、ギルドマスターに先へ行ってもらったんですが、少女が魔物に襲われていたので……」
……ケフィンが突っ込んでいたら、彼らの二の舞だったな。
「わかった。傷も治したし合流するか?」
「お願いします」
六名の冒険者が頭を下げたことからシーラちゃんも合わせて七名が加わった。
シーラちゃんと魔物に冒険者達が頭を下げている光景はシュールだった。
直ぐには追わずに四十八階層の残りと四十九階層の地図を完全に埋めながら五十階層に到達した。
「パパ達いないね」
「まぁこの階にはいると思うよ」
流石にボス部屋に疲弊したまま突っ込んだらどうなるかは分かるはずだ。
「ちょっと休憩しよう。お腹も空いて集中力が下がるといけないから、軽く食事にする」
俺の声に喜んだのは冒険者達とシーラちゃんだった。
特にシーラちゃんは丸一日何も食べていなかったのか、小さい身体にどんどん食事を運んだ。
今回は調理の時間も勿体無かったので、以前食べ切れなかった食事を提供したが。
文句が出ることはなかった。
「聞いてくれ。五十階層の主部屋は今までと比べ物にならない程の敵が待ち受けているはずだ。出来ればひっそりと帰ってしまいたい気分だ」
「強敵とは滾るではないか」
ライオネルは燃えているが、この際無視する。
「このパーティーのモットーは安全第一だ。今更だけど戦わないで済むならそれが一番。それを肝に銘じてくれ」
まばらな返事があってから、探索を開始した。
五十階層の探索でも俺はジャスアン殿達を追いかけるようなことはしなかった。
ただ特別なことはせず、今までと同じように少しずつ階層の地図を埋めていく。
五十階層を全て回りきり、また宝箱があってテンションが上がったりもしたが喜ぶことは慎んだ。
先程からボス部屋で戦闘している音が聞こえるのだ。
「誰もいなかった。考えられるのは一つだけ。出来ればあれとは戦いたくない」
ボス部屋の入り口には扉が閉まらない様、太い木材が二つ置かれていて中を窺うと赤竜とシャーザ達、それにジャスアン殿達と三つ巴の展開になっていたのだ。
流石にライオネルも個人としては戦いたいのだろうが、突っ込んだりはしない。
中では火炎のブレスを吐いたり、尻尾で攻撃したり、腕を振り回したり、噛み付いたりと案外バリエーション豊富な攻撃をする赤竜がいて、少し感心してしまった。
彼らも見た限りでは全員生きていることもあり、ボス部屋に入ってからそれ程時間は経っていないことが分かる。
救出にさっさと行けばいいだろと思うかも知れないが、流石にあれを見ては二の足を踏んでしまう。
それこそ巨大ゴーレムと戦わせたら、特撮ヒーローも吃驚な展開だと自信を持って言える。
矢を放っても硬い鱗で弾かれ、接近戦には相手のリーチが長すぎて間合いを詰められずにいるのだ。
「ライオネル、あれの攻撃を受け止める自信はあるか?」
ライオネルが厳しい表情のまま声を出す。
「……まともに受ければ死にはしなくても吹き飛ばされます」
「ケティ、攻撃を避けて攻撃を与えられるか?」
ケティはいつもののほほんとしている感じではなく簡潔に答える。
「可能だニャ。ただそれ程のダメージは与えられないニャ」
「ドラン、ポーラあれを止められるゴーレムは作れるか?」
「最大級で捕まえることは出来ると思うが……」
「三十秒で魔力が切れる。魔石をありったけ使っても、損傷が多ければゴーレムも崩れる」
ドランは腕を組み、ポーラはゴーレム制御の腕輪を触りながらそう言う。
俺の脳内では帰ろう。この言葉が何度も繰り返されていた。
しかしシーラちゃんが先程からローブをギュッと震えながら握っていて、それを外すことが俺には出来なかった。
命を大事にしているならそこは引き返すだろ。
言動と行動が矛盾している。
頭では分かっているけど、動くことが出来なかった。
別に小さい子に助けを求められているからじゃない。人を殺す覚悟も見殺しにする覚悟も俺が持ち合わせていないだけだ。
思考の渦に飲み込まれていく。
助けたい気持ちと逃げたい気持ちが、濁流のように押し寄せてきていた。
俺のその混沌染みた感情を、隣にいた少女の声が切り裂いた。
「ダメェ――!」
次の瞬間、目の前に映し出されたのは赤竜の尻尾に吹き飛ばされた彼女の父を含む側近達の姿と、シャーザがその隙に飛び出して赤竜の目を抉ろうとしたところで、身体を豪快に噛まれるグロテスクな光景だった。
気がつけば俺は指示を出していた。
「あれとまともに戦わないで、怪我人の回収と撤退作業だ。絶対に即死は避けろ。全員で逃げ切るぞ」
『はい』
俺の指示に反発も何もなく、ただいつも通りの返事だけがあった。
エリアバリアを全員に掛けてから、俺達は赤竜がいるボス部屋に足を踏み入れた。
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