72 見えぬ先遣隊、安全の為に攻略会議
俺が目を覚ますと殆どの者たちはまだ夢の中だった。俺はそれを見ながらストレッチを始め、犯罪奴隷の彼らをどう扱っていくべきかを考えていた。
彼らの能力はかなり優秀だと思う。
ライオネル達のように個で突出した力は無くとも、全てが組織的で非常に高いレベルの連携を取りそれがうまく連動している。
治癒士ギルドの立て直しが終わり、イエニスに治癒院が出来たら俺はまた旅へ出ることになる。
その時に彼らをイエニスの治癒士ギルドに置いておくのは勿体無い気がしたのだ。
「……さすがに全員を連れて行くのは難しいし、何か手があればなぁ~」
俺はそんなことを呟きストレッチから魔法の鍛錬を始める前にナーリアが起きたので朝食を一緒に作ることにした。
俺の旅に誰を連れて行くのかを考えながら。
朝食を取り終え、各隊の体調を確認した後に本日の目標を伝えていく。
「ここからが活発化して出来た迷宮になる。魔物もレッドリザードマンやファイアベア等が現れるとの報告がある。昨日より探索に時間は掛かるだろうが問題ない。目標は四十階層だが、今日も安全を第一に考えて十分に気をつけて進むぞ!」
『はい』
各隊にエリアバリアを掛けながら追加で告げる。
「魔物が強くて探索が難しいなら、隊をまとめることも考えないといけない。罠もここからは凶悪になるらしいからくれぐれも注意するようにしてくれ」
ケフィン達は一瞬呆けた後で笑い出した。
「……何かおかしいことを俺は言ったか?」
「いや、心配してくれているのが嬉しいのさ。S級様みたいな人がたくさん増えれば俺達みたいな奴も暮らしやすいだろうからな」
ケフィン達はニヤニヤしながら三十一階層への探索に向けて出発した。
怒ろうと思ったが、何故かあの笑顔を怒ることが出来なかった。
俺は溜息を吐きながら、俺のグループにもエリアバリアを掛け探索を開始した。
「暑いなぁ」
体感で言えば十度前後気温が上昇した様に感じる。太陽に照らされるような暑さではなく、ストーブの近くにいる時のようにじわりとした暑さを感じるのだ。
「水分はこまめに取ったほうが良いな。遠慮せずに言ってくれ」
俺はライオネル達にそう告げた。俺は温度調節が付与された装備があるから顔だけしか暑さを感じないが、彼らは身体全体でこの暑さを受けているのだから堪ったものではないだろう。
四百メートル四方に拡がった迷宮を
それでもエリアヒールを掛けると嬉しそうに彼らは探索へと乗り出す。
「何だか悪魔の所業をしているように感じるのだが、これで良いのだろうか?」
「私も彼らのように探索をしたいですな」
「私も行きたいニャ!きっと楽しさ倍増ニャ」
戦闘狂コンビがそう言った。
彼らの願いはきっと直ぐに叶うだろ。四十階層から上の地図は存在しないのだから。
俺はそれを言わずに迷宮を進んだ。
一階層上がるのに一時間を要したが、俺が試練の迷宮を回った時は一日フルに歩いてやっとだったのだから、如何に人海戦術が迷宮で有効なのかを思い知った。
三十六階層に上がる階段の前で昼食にすることにした。俺は魔物が近寄らないように物体Xの入った樽の蓋を少し開けてみんなの所に戻ると怪訝な顔で見られていた。
「……あれは飲んでもいいけど、飲ませるために置いたものじゃないからね。ああすると魔物が近寄って来ないんだ。だから見張りの必要もない。全員が一度に休憩が取れて効率的だからやったんだ」
俺そう告げると全員が驚愕の顔で物体Xの樽を見つめていた。
料理を作っているときも食べている時も食べ終わって休息しているときも、彼らは樽の方向をずっと見ていた。
そして本当に魔物が近寄って来ないことに物体Xの凄さを、物体Xの認識を改めているようだった。
ただ魔物までも避ける物体Xを平気な顔で飲む俺を、彼らがどう思っているのか? 聞く勇気が俺にはなかった。
こうして昨日と同様に地図を各隊から回収して、空白地帯を埋めていくと改めて罠の多さが目に付き始めた。
「それでこのまま上がって行っても平気か?」
俺は各隊のリーダーである三人に聞くとケフィンが代表して答えた。
「四十階層まではいけます。ただそれ以降を安全にとなると、俺達の力量では人数を増やしてもらうしかありません」
ケフィンがそう言うとケフィンを含めた全員が顔に悔しさを滲ませた。
「そうか……分かった。では、ここから三隊から二隊に隊を編成し直してくれ」
俺がそう言うと驚いた顔をしたが、最初から俺はそのつもりでいたのだ。
「……四十階層まではいける」
ケフィンのその言葉には怒気が含まれている感じがしたが、俺は笑いながら答えた。
「四十階層に辿り着いてから隊を編制すると連携がうまく行かないことも想定される。信頼していない訳ではなく、無駄に苦戦することを避けたいだけだ。それに久しぶりにストレスがない日なのだ。少し満喫させてくれ」
俺の言い訳が彼らにどう映ったかは分からないが、不憫な目で見つめられたあと了承された。
四十階層までの空白地帯を埋めたが、宝箱は一つもなかった。
既に回収されていたのか、新しい階層が出来ても宝箱がないのかは分からないが、四十階層のボス部屋まで到達した。
「いないな」
「そうですな。先に進んだのでしょう」
「もしかするとシャーザ達を見つけたのかも知れないニャ」
「……その可能性が高いか」
ここまで来ればいると思っていたが、ジャスアン殿達は何処にもいなかった。俺の呟きにライオネルとケティが反応してそれぞれが思ったことを言ってくれたので、俺の考えもまとまっていく。
「今日も主部屋の魔物を殲滅したら休憩を入れる。明日以降は上の状況を見て、ここを拠点としてジャスアン殿達を探しながら進むことにする」
「分かりました 」
ライオネルがそう言って頭を下げて、ケティもそれに倣う。
四十階層のボスはジャスアン殿が戦ったキマイラではなく、炎を纏ったサーベルタイガーが五匹だった。
そのスピードと攻撃力は非常に高かったが、ライオネルが大盾で吹き飛ばし、それをケフィン達が一気に全体攻撃で仕留める。
その際ケガを負った犯罪奴隷達に遠隔でヒールを掛けながら、こっちに近寄って来そうな魔物にはナーリアが牽制し、ドランが大槌を構え、ポーラが三メートル級のゴーレムで俺を守ってくれる。
普通なら苦戦してもおかしくない戦闘が、今回も数分で終了したことに俺は頼もしさを覚えながら、浄化とエリアハイヒールで一気に回復させ夕食の準備を開始した。
夕食は和やかムードで進み、各々がうまく戦闘出来た話で盛り上がっていた。
俺も食事を一緒に取ってから地図を描き終えたところで、各隊の隊長ケフィン、ヤルボ、バーデルとライオネル達を含めて攻略会議を始めた。
「じゃあ攻略会議を始める。明日から行く四十階層だけど魔物も強くなり、迷宮も広くなることが予想される。その上でどう進めばいいかを提案してくれ」
「では、まずは私から」
ライオネルが手を上げて発言することを求めたので頷く。
「明日からは三隊で行動される予定だと思いますが、今までの探索パーティに私とケティが別々に入り、残りの一隊をルシエル殿の護衛隊として編制しましょう」
ライオネルがそう言うと反発の声が上がる。
「おっさん、俺らだって人数を増やせば何とか戦えるんだぞ!」
ケフィンがそう言って怒鳴るが、俺は二人が近くにいなくなることで危険が増すことになる為不安を覚えたが、一番効率が良いとも思っていた。
「……探索の効率化とケガを負っても死ぬ確率を下げる為だな?」
「はい。上の階でここに出てきた魔物が普通に闊歩していたら、ケガなら良いが即死も考えられる」
「ぐっ 」
ケフィンはそれを言われると苦虫を噛み潰したような顔をして下を向いた。その自覚があったのだろう。
「例えルシエル殿が襲われても、回復し続けられる限りは彼らが盾となれる。ゴーレムもいるからそこまで危険なことにはならないでしょう」
「魔石があれば何でも出来る 」
ポーラが手を握りそう言った。
俺は前世のある人物を思い出したが、直ぐに頭を振り払いこの提案を受け入れた。
「……分かった。隊の編成はそっちに任せる。次に暑さ対策と探索についてだが、まず暑さ対策として魔道具を作成出来るか?」
「出来る。だけど必要?」
ポーラは首を傾げた。
「俺達は暑いところに慣れているから、その感覚が分からないんじゃ 」
ドランが付け足して答えてくれた。だったら彼らは寒さに弱いのでは? 疑問が浮かんだが回りを見ると他も必要ないと答えた。
「そうか。ただ汗を掻いたらこまめに水分補給をすることだ。次に攻略は状況によって変えるが一日五階層が限度だと思う。各隊の消耗を見ながら一日一階層でも構わないと思っている。異論はあるか?」
これには誰からも上がらなかった。
「装備の疲弊はドランとポーラに見てもらう。後は各隊で陣形などを相談してくれ」
『はい』
会議が終わったあとに魔力操作の鍛錬をしながら、俺は試練の迷宮で四十階層に到達するのに百倍以上の時間を要したことを思い返して呟いた。
「これなら……いや、運が良いだけだ。いつまでもこの調子が続くことなんてことは……」
それ以上は口を噤み明日の探索も安全であるようにと、神様やご先祖様にお祈りするのだった。
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