71 順調すぎる攻略
二話目
食事を終えた俺は各隊の地図を書いてもらっている獣人から、ここまでの地図を受け取った。
魔法袋から机とイスを取り出し、分かりやすい地図を書いていく。
昨日地図を書くことが出来る者を選抜し、俺の地図の書き方で統一させた。そして写しの地図との相違点や変更点があったら記入してもらうことになっていた。
罠もあったようだけど無事に解除し、どんな罠があったとその種類まで書いてあったので、さすがにこれには驚いた。
全て地図を写し終わる頃には彼らも十分に休息がとれた様で、既に準備を整えて俺を待っていた。
俺は机とイスを魔法袋にしまってから口を開く。
「午前中はお疲れ様でした。これから三十階層を目指します。ここから罠が増えたり魔物も強くなったりするので、安全を第一に今日中に三十階層に辿り着くぞ~!」
『はい』
締まらない言葉でも、声が揃った返事で締まるなぁ。そんなことを思いながらエリアバリアを各隊に掛けてから出発した。
二十一階層からはレッド〇〇と言っていた魔物がファイア〇〇に名称が変わった。
ファイアラット、ファイアスネーク、ファイアバッド、ファイアラビットという名に火を持った魔物が現れ始めた。
火を纏ったり、火を使った魔法やブレス吐いたりする強敵な筈だが、サクサクと迷宮攻略は進んでいく。
罠もあり魔物も強くなっている筈なのに、一階層辺り三十分前後で進んでいた。
「こんなにハイペースで進んでも平気なのか?」
無茶はして良いと言ったが、調子に乗っているのでは?そう思ったからだ
「言っておくが、その護衛二人が異常に強いだけで、俺達もそこまで弱いわけじゃない」
襲撃者のリーダーだったケフィンがそう答えた。
元々組織は獣人でも権限が低いハーフが集まって出来た集団だったそうで、生きるために必死に戦闘技術や盗賊の技術を磨いてきたという。
「それに今回は少し位しくじっても、生きてさえいれば治してくれるからな」
ケフィンはそう笑って隊を引き連れていった。
「……ルシエル殿に強力な結界魔法を掛けてもらっているから、攻撃を受けてもかすり傷程度で済んでいることで、彼らも本当に使い潰されないと分かったのでしょう」
ライオネルがそう付け足して前を歩く。
迷宮に入ってからエリアバリアと数回のヒール以外、俺は何もしていない。魔物すら倒していない。階層が終わる度に各隊から魔石を回収しているだけだ。
徐々に迷宮内の温度も上がっているのだが、装備で全く問題ない。
イエニスに着いてから始めてストレスを抱えないで過ごしていることに、複雑な気持ちのまま迷宮を進んでいくのだった。
「見えました、どうやらあそこが三十階層の主部屋ですね。手前は拠点ですかな」
ライオネルの声で前を良く見えると確かに人が集まっているところがあった。
「でも何故主部屋で待機しないんだろうな? そっちの方が安全だろ?」
「詳しい訳は聞いてみましょう」
「じゃあ頼む。俺は怪我人が居れば治療して、居なければ食事の用意をする。ただ理由次第で主部屋を攻略してから、十分な食事と睡眠を取って明日の探索の英気を養うことにするからそのつもりでいてくれ」
ライオネルだけじゃなく、周りにいる皆に聞こえるように話して拠点に到着した。
「怪我人、状態異常の方はいますか? 軽度でも遠慮せずに言ってください。多ければ全体回復のエリアヒールを唱えます」
ここの拠点にいたのは十五名程だったが、怪我を負った冒険者も居たので回復しながら、如何に俺の奴隷の練度が高いのかを改めて実感しているとライオネルが顔を出した。
「どうやら迷宮によって変わるみたいですが、主部屋に入ったままだと他の階層の主部屋で帰りの扉が開かなくなることがあるのだとか。そのことを冒険者ギルドではマナーとして教えているみたいです」
それを聞いた瞬間に俺の脳裏には試練の迷宮で、俺に起きた四十階層から帰れない事件が思い返されていた。
そのためライオネルの言葉を「ああ」と生返事してしまった。
メラトニの冒険者ギルドで登録した時に、しっかりと話を聞いていれば、死霊騎士王戦が終わった後に戻ることも可能だったのかも知れないと思った。
きっとあの時は戦乙女聖騎士隊が迷宮に潜って救援に来ていたため、扉が開かなかったのだと推察出来る。
しかし俺はここで自分のネガティブ思考に待ったを掛けた。
豪運先生がいるのにそんな不運?……ありえない。
きっとあそこでクリアしないと俺は迷宮を踏破出来なかったはずだ。
そう自己完結して心配そうにしている周りに謝りながら、ゆっくり眠りたいがそれを我慢して、この拠点で一夜を過ごすことに……しなかった。
ケフィン達が三十層主部屋にいたほうが良いと小声で忠告してきたのだ。
「S級様、中で休むべきです」
他の奴隷達も同じように忠告してくる。
一人一人の目が少し心配や危機が迫っているのを教えようとするそんな感じがしたのだ
「わかった」
「悪いが中で休ませてもらう。数時間の睡眠を取ったら攻略に向かうから悪いが頼むぞ」
俺はそう言ってからライオネル達と三十階層のボス部屋に入った。
入ったとほぼ同時にエリアバリアを張りながら聞く。
「理由はあるな?」
「ああ。やつらは素行が悪い冒険者で普段は普通の冒険者を装い、良い顔で近づいて食事に毒を混ぜたり、吸魔の薬で魔物を集めたりする迷宮の掃除屋だ」
「……犯罪じゃないか」
「迷宮内では何でも起きるものだからな」
ケフィンはそう言った。
「……はぁ~。さっさと倒して夕食を済ませ睡眠を取るぞ」
『はい』
こうして三十階層のボスはファイアベアが一頭とファイアーウルフが五匹、ファイアバードが三匹だったが、予想通り直ぐに戦闘は終わった。
ファイアベアの豪腕を笑いながら大盾で受け止めて、大剣で一刀両断にしたライオネルを筆頭にファイアーウルフの群れをケティがヒットアンドウェイで弱らせていき、ファイアバードはナーリアが短剣による投擲で打ち落とした。
そこへケフィン達犯罪奴隷が連携を取りながら、とどめを刺していった。
数人が軽い火傷を負ったが、全く支障はなかった。
部屋を浄化して食事をしてから、各々が過ごしたいように過ごしてもらう。
ドランとポーラは武器や防具の点検、ケティとナーリアが明日の食事の準備、ライオネルは奴隷達と談笑していた。
俺は地図を書き終え問題を起こさないように告げたあと、魔法の鍛錬をしてから天使の枕で就寝した。
「寝たか。本当に無自覚でデタラメな治癒士だ」
ライオネルはそう言って笑う。
「おっさんはあのS級の奴隷なんだろ?」
ケフィンが聞く。
「ああ。そのことも忘れそうになるがな」
「じゃあやっぱりS級が奴隷に対してこれだけ甘いんだな?」
「そうだ。食事を与え、満足のいく装備を渡し、無理なことはやらせない」
「生きて帰るなんて言われるとは夢にも思わなかったぜ」
ケフィンが笑うと周りにいた奴隷達も笑い始める。
「おっさんは軍人だろ?それもかなり上の立場だ」
「ほう。どうしてそう思う?」
「戦う時に全体を把握して動くからだ。それが染み付いている。まぁ熊ファイアベアと戦ったときは別だったけどな」
「あのバリアが何処までのものかを確認する必要があったからな」
「……あれは異常だぞ。本来もっと深い傷を負ってもおかしくない攻撃を受けたのにかすり傷ですんだ」
ケフィンは身体を触りながら答える。
「無謀はしないことだ。お前達は必死に牙を磨け。そしたらルシエル様は見捨てることはないだろう」
「おっさんはどうなんだ? おっさんは心に野望がありそうだからな」
ケフィンにそう言われたライオネルは笑って答えた。
「フッ 武人として生きることが出来るなら本望だ。人の上に立つことは我にとっては苦痛でしかなかった」
「おっさんが活躍すれば奴隷から解放してもらえるんじゃないのか?」
「ルシエル様の敵は今回だけではない。きっとどんどん色々な事に巻き込まれるだろう。そこに強者がいるなら合間見えるのも一興。それにいずれはS級治癒士様の英雄譚が出る時に彼を支えた最強の戦士が居たと謳われればそれこそ武人の誉れよ」
ライオネルはくつくつ笑った。
そんなライオネルを見ながら、ケフィンはどこか羨ましそうにライオネルを見続けるのだった。
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