67 優しさと甘さ その自覚
2話目です
ライオネルと一階まで戻り俺は皆と食事を摂りながら、冒険者ギルドで黒い粉を掛けてきた男達が既に捕らえられていることを伝えた。
「そういう訳だから、今日は安心して休んで欲しい。特にジョルドさん達は明日以降に冒険者達が治癒を受けに来る可能性もあるので、ゆっくりと休んでください」
「分かりました。それで襲撃に来た男達ですが、また奴隷にして防衛などに使われるのですか?」
「いえ、聴取が終わったら、冒険者ギルドに渡して、冒険者ギルドの対応をみるつもりです。奴隷を増やすことは可能ですが、彼らも生きている以上は腹が減りますし、その資金も潤沢にあるわけでもありませんから。それに奴隷とはいえ、人道的に扱わなければ教会の名に傷がつきますし、獣人が多いこの国で奴隷だからといって、餓死させるようなことがあれば、それこそ治癒士ギルドの尊厳に関わってくると思うので…」
本音と建前を混ぜながら俺は言い訳を重ねている。
「……なるほど。だとすると昨日の犯罪奴隷達はどうするのですか?」
「本当に治安が回復するまでは治癒士ギルドで働かせますが、それ以降は誓約してもらって解放するかも知れませんし、奴隷商に売るかもしれません。それは彼らとこの国をちゃんと知ってから判断します」
「……分かりました」
ジョルドさんも思うところがあるのだろう。色々考えているようだった。
その後は今日のデモンストレーションで行った魔法に関しての質疑応答と雑談をして食事を摂り終えると、俺とライオネルは再び
地下へ戻ることにした。
地下五階層に向かいながら、ライオネルが声を掛けてきた。
「ルシエル殿、貴殿は甘い。その自覚はあるか?」
唐突に言われた言葉に思わず足が止まる。
「ある。だがどうしても奴隷だからと、人権を無視した行いをすることは俺には出来ない。例え奴隷が所有者の物であったとしてもだ」
俺は奴隷であるライオネルにそう発言してしまう。
「フム。それでは優しさと甘さが違うことは分かっておられるか?」
だがライオネルは顎に手を当てて、穏やかにそう聞いてきた。
「ああ。甘さは人に好かれたり、良いように思われたりしたい行動で、優しさは思いやることだったかな」
そういえば前世で初めて部下を持ったときに構い過ぎて、その部下の成長を妨げたことがあったな。その後、課長に飲みに誘われて居酒屋で怒られたっけ。
「……もう少し厳しくなられよ。さすれば若くても人を従わせることが出来るであろう」
ライオネルが言っていていること言葉は、きっと今までおれと会って来た人達が感じていることなんだろうな。
分かってはいるが、……分かっている気になっているだけなのかも知れないな。
もう少し意識していかないと部下さん達にも示しがつかない、か。
「……分かった。じゃあライオネルで少しずつ慣れていく。迷宮に仮設治癒院を作るときは犯罪奴隷達と行ってくるから留守番を頼む」
「それとこれとは話が別のである……」
「変わり身が早いな…… 助言は感謝するよライオネル。今は甘い俺に買われたことをラッキーだったとでも思っててくれ」
「差し出がましいことを行ったが、ルシエル殿がこのまま進めば危ういと…そう感じたから助言したまで」
ライオネルは頭を下げた。
何故俺と出会うおっちゃん達は俺のことを俺よりも知っているのだろう。
師匠の様なライオネルの言葉を深く胸に刻んで、少しずつ変わっていこうと誓った。
それから少しして、俺たちは地下五階層に着いた。
「遅いニャ~」
「よし、そんな軽口を叩くならケティは物体Xを飲んで強くなってもらおうか」
俺がそう言って笑うとケティはプルプル震えて祈りのポーズをとりながら言う。
「それだけは、お慈悲が欲しいニャ~」
ノリが半端ないなぁ~と思いながら命令を出す。
「仕方ない。ならピアザ神官騎士と任務を代わってくること」
「承知しましたニャ~」
ケティは瞬く間に階段を駆け上がっていった。
「こんなところか? それにしても演技うまいな」
俺が呟くとライオネルは首を振った。
「あれは本気で嫌だった時に見せる顔だ」
そうケティが駆けていった方を見ながら言った。
獣人に物体Xはそれだけ脅威なんだな~そう思って牢まで来るとリーダー格の男が声を掛けてきた。
「S級治癒士聞いてもいいか?」
ギスギスした雰囲気が無くなっていた。
「いいぞ」
「獣人をどう思っている?」
唐突な質問過ぎて意味が分からなかった。
「…意味がわからない?」
「人族と比べて何か思わないのか?」
獣人?仕草が可愛いとかか?あ、でも男の獣人は怖いから無しだな。だったら特徴か?
「耳が特徴的で、尻尾も慣れたら便利そう」
「……もういい。俺の知っている情報を全部吐くから、獣人やハーフ獣人を差別しないと誓ってくれ」
折角答えたのに、自分の趣味じゃないから流すとは失礼な奴だな、とそんなことを思いながら、問題ないので了承する。
「えっ?全然いいよ。神に誓おう。そっちも全部話す様にね?」
唖然とした男は数秒固まった後、大きな溜息を吐いた。
「……はぁ~。まずはシャーザが幅を利かせている理由だったか? それはあいつとあいつの種族の虎獣人族と竜人族、薬師ギルドが絡んでいるからだ」
やっぱりその二種族が関わってくるのか。でも冒険者ギルドのツートップはそんなに悪い感じではなかったんだけどな~。とりあえず先を聞くことにする。
「どういうことだ?」
「人質って訳じゃないが、この国は治癒士ギルドがなかった。だから薬師ギルドで薬師達の手によって怪我や病気を治して来たんだ」
治癒士ギルドがないんだからそれしかないよな。
「ああ。その事は知っている」
「薬師ギルドが治癒士を招致すると決めたあとに、イエニスの長になった竜人族に働きかけて誘致を撤廃するように求めた。その時に金と薬を値引きして提供することを決めたんだ。反対に犬獣人、猫獣人、兎獣人、狐獣人は薬を販売するとしても二倍から五倍の値段で販売し始めたんだ。何度も問題になったが、結局は力で押さえつけ、薬でも押さえつけて逆らったら今度は売らないことを決めたんだ」
……だからあれだけ申し訳ない感じでも声を掛けて来なかったのか。それにしても他の……この国にはここしか街はないって言っていたから、ギルドもこの街にしかないのか。あれ冒険者はどうなる?
「……それって冒険者達も煽りを受けていたのか?」
「ああ。長く組んでいる奴等と他国から来た冒険者は違うが、登録したての冒険者達は勝手に序列が出来るほどの差がある」
「その証言を明日、冒険者ギルドで出来るか?」
「……ああ、俺の命を賭けて証言する。だからそっち頼むぞ」
その目には何処か覚悟が映し出されている気がした。
「ああ。これでも食べて明日を待て」
俺はパンとカリーの入った器を渡してライオネルと一階に戻りながら、如何するべきかを相談する。
「あの男が素直になったのはケティのおかげか?」
「さて? だが、嘘は言ってはいない顔であった」
「ああ。明日の朝に神官騎士達に冒険者ギルドのマスターか副ギルドマスターをここに呼んできてもらう。それとあの男が死を覚悟する程の手練が来るかも知れないから、治癒士ギルドは明日一日バリアを展開することにした方が良さそうだな」
何でこんなにバタバタするようになってしまったのかは分からないけど、ここを乗り切れれば、治癒士ギルドがイエニスにしっかりと根付けるそんな予感がしていた。
翌日早朝に三人の神官騎士が俺の手紙を持って冒険者ギルドへ出掛たのだが、直ぐに帰ってきた。
「早かったですねって、何だか疲れていませんか?」
三人は三十分で何があったと言わんばかりに疲れ果てていた。
ピアザさんが思い出すように答える。
「冒険者ギルドに行くとギルドマスターと副ギルドマスターがお二人とも居たんですが、ルシエル殿の手紙を読んだ後に相当怒ってギルドマスターの部屋から出ていったので仕方なく戻ってくることになりました」
ブリッツさんがその話に乗っかる。
「私達がギルドを出ようとすると、昨日皆さんが治癒された獣人たちが私達に声を掛け始めてそれにつかまりました」
ドータスさんが〆る。
「副ギルドマスターのジャイアス殿から治癒士ギルドで待っていて欲しいと言われたので、帰還しました」
「ご苦労様でした。やれることはやりましたから、皆さんは警戒だけお願いします」
『はっ』
治癒士ギルドのマスター部屋から出て行く三人を見つめながら俺は呟く。
「竜人族、襲って来るなよ」
側にいたライオネルが俺の肩を掴み言う。
「こういう時は身体を動かして、何も考えないことです。さぁ地下四階層でお相手致そう」
「ライオネルが戦いたいだけだろ?」
「旋風が弟子を取った
俺は師匠の名前を出されると弱い。確かにやることがない以上は訓練をしていたほうが効率的か、そう思った俺はライオネルに告げる。
「今日こそはその鉄壁の盾を越えてやるからな」
「無謀とは若い者の特権ですな」
そうライオネルは笑いながら答えた。
この一言で俺は絶対に攻撃を通すと決めて訓練場に向かった。
治癒士ギルドに多くの獣人達が詰め寄ってくるのは、それから数時間後の昼に差し掛かる頃だった。
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