閑話1 冒険者ギルドに天然治癒士現る。
そいつが、このメラトニの冒険者ギルドに現れたのは、何気ない日常の昼前だった。
「ギルドマスター、お時間宜しいですか?」
地下室の訓練場で、身体を動かしている俺に声を掛けてきたのは、現在受付業務中であるナナエラだった。
ナナエラが受付中に席を外すことは滅多にないので、俺は訓練を止めてナナエラに近づいた。
俺は内心厄介ごとの臭いがしていたが、最近これと言って何の刺激もない生活に飽きていたため興味を持ったのだった。
「いつも言っているが、ギルドマスターではなく、ブロドと呼べ。それで何だ?」
このギルドマスターって言葉は、まだ四十代の俺には早すぎるし、爺臭いから嫌いだ。
「申し訳ありません。ではブロドさん。今、受付に15歳の職業治癒士の男の子が、治癒する代わりに戦闘訓練をさせてもらえないかと提案されまして」
治癒士……俺が嫌いな職業の中の一つだ。神から貰った人を癒す力を使うのはいいが、尋常ではない金を要求する金の亡者なのだ。
「……そいつは冒険者登録はしたのか?」
これは重要なことだ。何故治癒士が冒険者ギルドに来たのか分かるかも知れないからだ。
「はい」
「そいつの戦闘スキルはなんだ?」
「体術のレベルⅠです」
「そいつの目的は?」
おいおい、怪しすぎるぞ。普通の治癒士だったら護衛を雇うだろ。
「そこまでは聞いていません。ですが……」
「変な含み方をするな。言いたいことはちゃんと言え」
「どこか普通の治癒士と違う気がします。それに私を見て何も言ったり、嫌悪したりする素振りもなかったんです」
「ほう。そうか。う~ん。変なやつではなければ、良いんだがな」
この世界で光、聖属性魔法を使うことが出来るのは、人族だけだと言われているが、それは嘘だ。ただ獣人は魔力が少なく、魔法を使えるものが少ない為にそう思われているだけだ。
まぁ精霊魔法に回復魔法があるからやつ等だけの特権ではないがな。
「変な人じゃないと冒険者にならないのでは?」
俺はなるほど。と心の中で思いながら、受付まで赴くことにした。
「あ、俺を絶対にギルドマスターとは呼ぶなよ」
ナナエラにはクギを刺して置くことも忘れはしない。
受付まで赴くと、カウンターにいたのはひょろ長い優男、それも若い兄ちゃんだった。
十五歳って言っていたな。
こいつの目的は何だ?
「お前が回復魔法が使えるヒヨッコか?」
少し威圧しながら聞く。こうすれば本性が出るだろう。
「はい。先程、冒険者に登録させて頂いたルシエルと申します。武術訓練と回復魔法の両方磨きたいので、訓練と回復魔法で、少しのお金が稼げる依頼があればと、受付さんに相談しました」
ふむ。怯えてはいるが、目はちゃんとこちらを見ながらだし、その目が嘘ではないと語っていた。
「ほう。治癒士の癖に珍奇なやつだな。俺の名前はブロドだ。体術のスキルはあるようだが? 何故治癒士が現状以上の戦いの能力を欲するんだ?」
金に汚い治癒士がなんで戦闘技術を学びたいんだ?お前の本心は何処にある?
「実戦では使えないからです。私はまだ心構えも出来ていませんし、きっと旅に出れば、一般の弱い魔物にも襲われたが最後、死んでしまうでしょう。そうならない様に努力して、自衛が出来る程度には強くなろうと思い、お願いしました」
あ、分かった。こいつは自分の弱さを知っているタイプか。しかも、治癒士としては金に染まってもいないかなり珍しいタイプだ。金への執着心が薄い天然ものじゃねえか。
「いいだろう。Hランクで闘技場の回復で雇ってやる。報酬は一時間銀貨一枚だ。修行時間、修行期間は小僧が望む期間だ。いつから訓練を開始したい?」
俺はこの天然治癒士を逃がさないように、こいつの依頼を呑む事にした。
「三日後からでお願いします」
その後、ナナエラと挨拶を交わした小僧は頭を下げてギルドから出て行った。
「あんな腰の低い治癒士って世の中にいたんですね」
ナナエラのその言葉が全てを物語っている。金に汚く傲慢。このメラトニでも、そんな治癒院が最大の規模で存在している。
「あんな小僧を威圧するなんて、俺も本当に焼きが回ったな。おい、ナナエラ。あの天然の治癒士が来たら、俺が相手をする。それとあいつを常駐させるから、仮眠室を泊まれるように掃除しておいてくれ。ああそうだ。あの小僧に絡んだら、冒険者どもに重い罰則を与えることを伝えておけ」
願わくば、あいつが根性があるやつだってことを祈るばかりだぜ。
あ、小僧が天然なら、グルガーにあの糞不味いものを用意させるか。
あれを飲めれば、少しは治癒士でも強くなれそうだからな。
そして三日の時が流れた。小僧がやって来たことを職員から知らされた。
「広いな」そう呟く小僧は、全く俺に気がついていない。
これでは先が思いやられる。それとも武術以前の問題で警戒心かないのか?
「そうだろう。ヒヨッコじゃあ早速始めるぞ。基礎から教えていくから逃げ出すなよ」
威圧されてもきちんと頷くだけでも、胆力は中々の価値はあるかもな。
そう思いながら、俺はこの天然な小僧を鍛えあげることにした。
職業柄か体力は無く、初めは体力づくりをさせることにした。
この地味な訓練を、必死にこなす姿には好感を持てるが、いつまで続くかそれだけが俺の不安だった。
翌朝、グルガーに頼んでいたあれを小僧に飲ませてみることにした。
臭ぇ。距離があるのに臭ぇ。薄めたはずのあれはとてつもなく臭かった。
マジかよ?!こいつあれを一気に飲み干したぞ。
グルガーも驚いていることが良く分かる。
ここ十数年であれを飲み干した奴を見たことが無い。
こいつはもしかすると、強くなることが出来る原石なんじゃないか?
そう思いながら、鍛え上げることにした。
その矢先に俺は耳を疑った。
「ブロド教官、確かに訓練中は辛かったですけど、筋肉痛にもならなかったですし、もっと鍛えてくれませんか?」
そんな提案をしてきたからだ。
「ほう。治癒士がそんなことを言ってくるとは思わなかった」
まさかこいつ優男の癖に、叩けば叩く程、追い込まれれば追い込まれるほど真価を発揮するタイプか?
その日から小僧の限界、壊れる一歩手前まで追い込む訓練を開始した。
こいつを鍛え続けたらどうなるだろう?
それと同時に俺は思った。とても勿体無いと。こんな原石が成人してから見つかるなんてな。
俺はこいつが壊れない限界を見極めて、指導することにした。
「ブロド、ルシエルはどうだ?」
普段人族に興味を示さないグルガーが、小僧、ルシエルに興味を示して聞いてきた。
まぁあれを飲むんだから、気になるか。
「正直、天才ではないが、ただ凡庸な男でもない。なんせこの環境に見事適応し始めているからな。それにあれだけ文句を言わずに継続出来るのは一種の才能だ」
「治癒士ギルドから何か連絡は?」
「ない。治癒士としてもGランクだからな」
「そうか。だったら魔法の教本ぐらいやったらどうだ?」
「・・・そうしよう」
そう言えば、あいつヒールしか唱えられないんだったな。
解毒とか付与魔法の載っている本があったな。あれをやるか。
「あと、一度治癒士ギルドに資格失効されないように、金も払わせておけ」
本当に、こいつ等兄弟は頼りになるぜ。
「あいつ、帰ってくるかな?」
「本人次第だ」
「そうだな」
こうして小僧が治癒士ギルドに行って、帰ってきた時はとても嬉しいものだった。
「さて、本腰を入れて鍛えていくかな」
俺はルシエルをこれからどうやって鍛えていくか、新たなスケジュールを組みながら退屈では無くなった日に感謝し鍛えていくことにしたのだ。