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63 物体Xはチートアイテム

 いつもよりハードだった訓練を終えると訓練場には犯罪奴隷達が集まっていた。


「あ~、夜間警備お疲れ様。朝食を食べたら、きちんと睡眠を摂れよ」


 俺がそう告げると何故か驚いていたが、お腹が空いていたので折角設置した魔導エレベーターに乗って戻ることにした。


 動作確認は昨日してあるから問題がないことは分かっている。



 食堂に来ると部下さん達は食事に手をつけていなかった。

「待たせてすみません」

 俺は謝りながら席に付くと神に祈って食事を始めた。


「ルシエル殿、本日なのですがルシエル殿も治癒をされますか?」

 そう部下さんが聞いてきた。


「はい。ですが、基本は皆さんにお任せします。毒や石化、一般的なハイヒールで治らないのは私が診ますが、イエニスを盛り立てていく主役は皆さんですから」


「ルシエル殿が治癒される時は見ていても構いませんか?」


「はい。私がどう思いながら、どういったイメージで治療しているかをその時に解説できませんが、帰って来たらお答えしますので後で聞いてください」

 こんな会話をしながら、朝食を摂り終えた。


 今日もナーリアの食事はやはり美味しかった。彼女には給仕を任せるがその助手も必要だろう。


 そのことを頭の片隅に留めながら、冒険者ギルドの構造や自分が配置される場所をイメージしやすく、羊皮紙に書いていくと皆真剣に聞いてくれていた。


(若い俺に反発もないし、教皇様や人選してくれたグランハルトさんには感謝しないとな)


「絶対に成功させましょう」

『はっ!』


 そこから昼になるまで俺はギルドマスターの部屋に篭っているとノック音が聞こえた。

「はい。どうぞ」

 ドアが開いて入ってきたのはドランとポーラだった。手には羊皮紙が束?でまとめられていた。


「二人とも、もしかして寝てないんですか?」

 少しやつれて目が充血してたた二人は一言も発することなく机に羊皮紙の束を置いた。


「……もしかしてこれって全部?」

 口を開いたのはドランだった。


「半分は作りたいもの、半分は作ったら売れるものだ」

 次に口を開いたのはポーラだった。


「きっと高く売れる。だからその売り上げの半分を魔石にしてください」


 これを読むって凄く大変なんじゃ……そう思った俺は魔法の言葉を使う。


「じゃあ、あとで読んで報告をしますから、今は朝食を摂って眠ってください」

 しかし、魔法の言葉は一言で葬り去られる。


「見てくれるまで、ここで食べてここで寝る」

 充血した目から涙をいっぱいに溜めるポーラ。


「かぁ~。ルシエル殿、男なら女子供は泣かせちゃ駄目じゃろ!」

「はぁ~…ドランは芝居が下手すぎです。ではどっちから読めばいいですか?」


「それはもちろん「私!」」

 ポーラはドランを見つめたまま俺に自分の書いた羊皮紙を指した。


「読むから、二人はそこのソファーで寛いでいてくれ」



 昼食を呼びに来たと同時に全て読み終わった。

「ポーラは二作が採用、四作が保留。ドランは五作が採用、一作が保留。あと二人にはこれを是非いつか作ってもらいたいけど、俺もお金が無いからそれまで腕を磨いてくれ、魔石は近いうちに購入することを約束しよう」


 ドランとポーラはハイタッチを交わして、落ち着いたところで俺と一緒に昼食を摂り、二人とも眠そうに食事を摂っていたのが印象的だった。



「よし。行きますか!」

『はっ(はい)!』

 冒険者に向かうメンバー気合を入れた声を出した。

『行ってらっしゃい(ませ)』

「頑張ってこい!」


 見送る側は無事に、そして目的が達成することを祈って見送った。


 冒険者ギルドに着くまでの約十分、俺を含めて誰も喋ることは無かった。

 だから入り口で俺は皆を見てからこう言った。


「治癒士が凄いってことをイエニスの国民に知ってもらいましょう」

『はい』

 治癒士の皆はテンションが高い。


「治癒士を守る神官騎士が有能なことも何かあったら発揮しちゃいましょう」


「「はっ!」」


「ライオネル、ケティ護衛を頼む」

「はっ!」「はいニャ!」


 俺は冒険者ギルドの扉を開けた。


「そう来たか」

 地下一階に行くまでもなく、怪我人が集まっていた。それも怪我だけではなく毒や石化といった状態異常の冒険者達だった。


「じゃあプランCで動きます。まずは受付に行ってから、地下へ行きます。皆さんは足を止めないでください。死にそうな人は俺が助けます」


 そう大きな声で宣言すると受付へ向かう。実は事前にパターンを決めていたのだ。


 邪魔が入ることを想定したパターンA、全く治癒する人がいないパターンB、そして薬師ギルドが回復不可能なパターンC、他にもあったが割愛する。


「ジャイアス殿と昨日約束をした治癒士ギルド イエニス支部所属 S級治癒士のルシエルです。お取次ぎをお願いします」


「か、かしこまりました」


 受付が走っていく中で俺は声を発する。


「今回、治癒士ギルドでは無償で回復魔法を使わせていただきます。皆さんが大人しく回復魔法の順番を待っていただければ絶対に治療します。治す順番はこちらで判断します。それが飲めない方はお断りさせていただきます。また攻撃を仕掛けるなどの暴挙に出られたら、即刻治療を取りやめます。私達は神様のように慈悲深いわけではありません。ただ治したい、治してあげたいという気持ちは本当です。宜しくお願いします」


『宜しくお願いします』


 俺に続いてくれた治癒士達が本当に力強かった。

 すると地下からジャイアス殿が来てくれたので声を先に掛ける。


「ジャイアス殿、緊急性の高い患者から魔法を掛けていきます。一階は私が重症者のみを治療します。容態が変わってしまう場合もありますが、私も神様では無いのでそれは先にお伝えしておきます」


「はい。ルシエル殿、それでは皆さんはこちらに」


 治癒士達は地下へ下りて行き、俺の護衛にはライオネルとケティが残った。


 直ぐに行動に移す。

 近くにいた若い半分石化している男がいた。


「彼は毒や麻痺などはあるか? 分からないなら分からないでいいから教えてくれ」

 彼を支えていた仲間が泣きそうな声で喋る。


「め、迷宮の罠でガスだ、た、助けてやってくれ」


 俺にすがり付こうとする男はライオネルに止められるが、俺が詠唱を始めると今度は祈るように仲間を支える。


 まずはディスペルを唱えると石化していた男が発光して次の瞬間もとの身体に戻った。


 続けてミドルヒールを掛けると完全に彼は回復したように見えたが、顔は青白いままだったのでリカバーを掛けると今度は赤みがさしてきた。


「これで完治だ、彼が血を流していたなら……はぁ~」

 俺は先程ライオネルに止めた男にもリカバーを掛ける。


「仲間を思うのはいいが、自分も毒とか虚弱に掛かっているんだから、自分の命も大事にすることを勧める」


 俺は意識レベルが薄い人、石化、毒で死にそうな人を回復していく。


「並んでくれた方が早いぞ」

 そう声を掛けて進んで行くと下は感動ではなく、邪魔が入っていた。


「いいからこっちを先に治せ! 俺を誰だと思っている」

 神官騎士二人では止められずにいた。ジャイアス殿も必死に男を宥めるが、聞かない。


「だったら今すぐに治療を止めてもいいぞ!」


 俺は大声で男に聞こえるように言う。


「お前が何処の誰だか知らない。ただ今回の治癒は治癒士ギルドがボランティアで勧めているものだ。金品が発生していないことに文句を言われる筋合いはない!」


 俺は闘技場に近づいていく。



「邪魔をするなら冒険者ギルドに正式に抗議を入れよう!」


「なんだ、このくそガキ」

「私はS級治癒士ルシエルだ。イエニスの治癒士ギルドの責任者をしている。治癒の邪魔をするならお前の責任でここにいる全ての冒険者が治癒を受けられなくなる。治癒されたいなら大人しく順番を待てば治癒する。その二択だ」



 前方にライオネル、後方にケティ。そして治療を望む冒険者達。


 相手が何者であろうときっと大丈夫そう思っていると男は笑って言った。


「貴様がS級か、だったらこれでも喰らえ!やれ!」

 その瞬間俺に向かって黒い粉末が投げつけられた。


「ちぃ」

 そんな舌打ちが聞こえた次の瞬間、大盾を構えたライオネルが俺の前方に立って黒い粉を防せごうと動く、ケティも俺に覆いかぶさるが、さすがにライオネルもケティも多方向から投げられた粉末を全て対処することは出来なかった。


 その為、俺にも黒い粉が掛かってしまう。


「くっくっく、それは魔封の粉だ。せいぜい頑張るんだな。行くぞ」

 男はそれを確認すると声を出して逃げようとした。

「逃がすか!」

 ライオネルが守れなかったこともあってなのか、男を逃がすまいと大剣を投げようとして止めた。

「ちぃ、投げれば良いものを」

 男はそれを言うと身体が薄くなっていき、丸太に変化して丸太には札が貼られていた。


(忍者?)


 そう思っているとライオネルが呟き、大声を上げる

「これは闇魔法、しかも幻術……なら、誰か男を止めろ」

 ライオネルは俺達が下ってきた階段とは別の階段に向かって声を上げたのだ。ライオネルの声は聞こえただろうが、重症な患者が多い訓練場を突っ切った男達は階段を駆け上がっていった。


「まさかこんな手をうってくるとは……動けるものは奴等を探しに出てくれ」


 それだけ叫ぶとジャイアス殿は肩をガックリと落としていたのが見えてた。


「ルシエル殿すまない」

「あれはさすがに分からなかったニャ~」

 ライオネルとケティも肩を落とす。


「おいおい治してくれないのかよ」

「治癒士ってそんなものかよ~、助けてくれよ」

「痛い思いをして身体を引きずって来たんだぞ」


 そんなやり場のない気持ちを治癒士にぶつける冒険者達。

 治癒士の皆もどうやら粉を掛けられて、魔法が使えないようだ。


 俺はゆっくり歩きながら詠唱を開始した。


「聖なる治癒の御手よ、母なる大地の息吹よ、願わくは我が身と我が障害とならんとする、不浄なる存在を本来の歩む道へと戻し給え。ピュリフィケイション」


 俺の身体は発光して黒い粉は跡形も無くなった。さらに部下さん達のところに向かい詠唱を開始した。


「聖なる治癒の御手よ 母なる大地の息吹よ 願わくは身体に潜む全ての澱みを取り払い 正常な状態へ回帰し給え リカバー」


 五人全員にリカバーを掛けていく。


 俺が魔法を使ったところから辺りは静寂に包まれていた。


「さて、問題はありましたが、治療を受けたい人はそのまま大人しく待っていてください。騒ぎたい人は今から拘束をさせて頂いてもいいですよね? ねぇ、ジャイアス殿」


 唖然とした表情だったが、彼は直ぐに再起動して頷きながら宣言した。


「これより騒いだものは、この私が許さん!」


「じゃあ、頑張って治療しましょう!」


 俺は部下さんたちに声を掛けて治癒を開始した。


 やっぱり物体Xは俺にとってチートアイテムだったな。

 レベルが上がらないデメリットはあったけど、今回も魔封耐性で助かった。



 俺はそんなことを考えながら、治療していくのだった。


お読みいただきありがとうございます。


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