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62 師匠の自慢、弟子を追い込む

 冒険者ギルドを出た俺たちは買い物をしてから治癒士ギルドに帰って来たが、本日は襲われることがなかった。

 魔道具が面白いのか、今の時間が暇だからなのか、治癒士達とナーリアが協力して夕食の準備を始めていた。


「ただいま戻りました。今日は皆さんが夕食作りですか?」

 俺が笑いながら聞くとジョルドさんが代表して答える。

「ええ。私たちは回復魔法の勉強会が終われば、現在することがありませんから。それにしてもこのレシピ集、凄いですね。私の故郷のものまで載っていましたよ」


 嬉しそうに笑うと他の治癒士達も同じように盛り上がっていく。

 そしてナーリアも頷いていたが、ライオネルが後ろにいるので詮索はしないでこの話を打ち切る。


「じゃあ今日の料理はお任せします。あと明日ですが、治癒士の皆さんは私と一緒に冒険者ギルドへと赴いて頂きます。あ、戦わないですよ。治癒士の回復魔法を知ってもらうため明日のみ無料で治癒します。これは教皇様にも相談してありますので、安心してください」

 冒険者ギルドへ行く。これを俺が発すると途端皆の顔から血の気が引いてくように見えた。

 だから直ぐに戦わないと否定の言葉を告げた。すると何処かホっとした表情をして話を聞き始めてくれたのだが、俺がどう思われているのか少し垣間見えた気がして悲しくなった。


「明日の昼食を食べてから出かけます。ピアザさんが明日はギルドに残り犯罪奴隷の指揮をしてもらいます。じゃあちょっと地下にいるので、夕食が出来たら呼んでください」

「ルシエル殿承知しました」

 そう笑いながらジョルドさんが胸に手を当てる敬礼のポーズをすると皆も笑いながらそれに倣った。

 ジョルドさんがこの雰囲気を作り出すのはいい傾向だと思いながら、俺も敬礼して笑い地下へ下りることにした。




 ケティはナーリアと話がしたいと言って一階に残ったために、隣にはライオネルしかいない。

「……ここって、地下だよな?」

 俺がそう呟くと今朝は驚いていなかったライオネルもさすがに驚いていた。

「……だった、になるのだろうか?」


 冷静沈着だと思っていたライオネルもさすがに面を食らったらしく、いつもの様な全てを悟っている感じがしない。


 それはそうだろう。誰が数時間でこんな擬似空間を作れると思うんだ?


 今朝までの地下一階は、天井が高く魔石で明るさの調整がされていて、試練の迷宮並みには明るい空間だった。

 そこに小さな畑があり、フォレノワール達が歩ける簡単な運動スペースとなっていたはずだ。


 しかし、現在の地下一階は、天井が空となり太陽まであり、さらに風までたまに吹く。

 畑は耕運機で耕運した様に、ふかふかとしていて、フォレノワール達が入らないように柵まである。

 そしてフォレノワール達が歩く場所だったところは牧場へと変わり、フォレノワール達はノンビリと過ごしているようだった。



「こんなことが現実で起こりえるのか? それよりも人の手でこれを作り出せるのか?」

「マスターのおかげ。魔道技師のレベルと魔道具製作のスキルレベルが上がった」

 その呟きに答えたのはライオネルではなくポーラだった。


「起きたかって、そうじゃない。えっポーラは擬似空間が作れるのか?」

「まだ、あとランクを二つ上げないと空間拡張が使えない」

 首を横に振っているけど、この子って能力ぶっ壊れてないか? そこへドランが現れると孫自慢が始めた。

「おおっ! 戻ったか、ルシエル殿、ライオネル。どうじゃ、全階層の補強は完了した。あとは趣m……皆の役立つ物を作っていく」

 このドワーフ、完全に趣味って言おうとした。俺が呆れているとポーラはこちらに手を差し出した。

「ん? ポーラなんだ?」

「魔石ください」

「…………」

「…………」

「…………」(チラ)

 俺はドランを見るとドランは俺から視線を逸らした。


「もう無いぞ? 俺はドランに全部渡したし、これ以上は無いとも言ったぞ」

 それを聞いたポーラは徐々に泣きそうになりながら、ドランに一言告げた。

「……お爺の嘘吐き」

「グハァ!」

 ドランへの精神ダメージは破壊力抜群だ。


「仕方無かったんじゃ。ルシエル殿が治癒士ギルドを安全にしたいと願うから、ギルド全体に結界を張るには、あの量の魔石が全て必要だった。それはポーラも分かっておるじゃろ」

「お爺はマスターがいっぱい魔石を持っているって言ってた」

「それは………」


 二人が言い合いを始めた中で俺はライオネルに尋ねる。

「この二人ってどれぐらいのレベル?」

「……鍛冶士、魔道具士としてなら超一流とそれに近い一流。私がこれまで会った中でドランさんは片手で、ポーラは若いが、その技術力は両手で足りる相当な腕前です」

 ……もしかして、一応聞いてみるか。


「ナーリアはライオネルやケティみたいに強かったり、ドランやポーラみたいに技術があったりするのか?」


「ナーリアは戦闘技術や魔法の嗜みはない」

 だろうな。


「……ただ、気配に敏感だったり自分の気配や魔力を遮断したり、礼儀作法を教えることは出来よう」


 普通……じゃない?あれ?全員普通じゃないぞ?それともこれが一般的なんだろうか?


「ルシエル殿、魔石を取ってくるから付いてくるか、魔石を取ってこいと命令してくれ」

 ドランが泣きそうな顔になりながら縋ってきた。見るとポーラは頬を膨らまして腕を組んでいた。怒っているのは分かりやすいが……

「駄目です。その代わりにこれを渡します。これに作りたいものを書いてイメージを膨らませてください。そして何を作るか相談してください。魔石は当分お預けです」

「そ、そんな」


 ドランが力無く肩を落とし、さっきまで膨れっ面だったポーラも唖然とした表情に変わっていた。

 ポーラは表情が乏しかった子には思えない。

 そんなことを思いながら二人に羊皮紙とインクとペンを渡した。


「これに作りたいものとその効果や性能をしっかりと書いて提出、または説明してください。採用したら魔石は何とかします」

 するとさっきまで意気消沈だった二人は羊皮紙を受け取り俺にお礼を言ったあと直ぐ地下三階へと下りて行った。


「あの二人を見ていると自分も明日は頑張れそうな気がしてきたよ……」

「護衛は任せてもらう」

「頼みます……」


 俺はフォレノワール達に浄化魔法を掛けながら、明日の冒険者ギルドでの実演会が成功するように願っていた。



 その日の夕食はいつもより美味しかった。


 ナーリアが中心となることでここまで味に深みを出すとは、さすが我がライバル……と、そんなことは当然考えることもなく、今度教えてもらうことにした。


 夜の警備はライオネルとケティが犯罪奴隷達を半々に分けて防衛にすることになり、俺は教皇様に連絡を取ったあと、いつも通りに魔法の鍛錬をしてから就寝した。



 朝起きてからストレッチと魔力操作の鍛錬を行った後、俺はキッチンへ行き、食材を置いていくとナーリアから声を掛けられた。

「マスター、おはよう御座います」

「おはよう。今日からキッチンは頼んだ。俺は地下で少し訓練をしてくるから」

「畏まりました」

 丁寧にお辞儀をして見送られて地下四階に行くと……すでに先客がいた。



「ライオネルおはよう!」

「待っていました」

 そうニッコリと笑うライオネルの右手には大剣、左手には大盾が装備されていた。


「……俺が訓練に来ると何故分かった?」


「人は習慣が付くと、その習慣になっていることをしないでいると気持ち悪くなるものです」


「それで?」


「約束通りルシエル殿を鍛えさせていただこう」

 彼はそう言って笑うが本音はきっと違う。


「……本音を言わないと一人で走るだけにする」

 すると彼は肩を竦めて話し出した。


「戦闘感覚が鈍っていないかを確認すること。もう一つは致命傷を与えなければ復活してくれる、打たれ強い治癒士の話を聞いたことがありまして、羨ましく思っていたのです」


 誰から?何処から?そんなことを考えていると、それを読んだのかライオネルは一人の名を上げた。


「旋風のブロド…彼とは二十年程昔に一度闘技場で 殺し合って(やりあって)、結局二人とも倒れてドローだったが、そこからたまに手紙のやり取りをする仲となったのです」


 ブロド師匠!?完全に類友じゃないですか!やっぱり戦闘狂が確定しましたか?


「……俺は治癒士ですから……本当に簡単に死んでしまうので、気をつけてくださいよ」


「今日は大事な用もある。それを弁えて鍛えましょう」


「分かりました。その前に走ってからにします」



 俺はライオネルが見守る中で走り、柔軟体操をして準備を整えた。


 ライオネルと相対すると嫌な予感しかしていなかったが、全力でバリアを張り後は流れに身を任せることにした。


 ブロド師匠とライオネルを例えるなら技と力だ。

 ブロド師匠は正確な剣と手数そして回避能力がずば抜けている。

 ライオネルは一撃で断ち切る剛剣と鉄壁の盾をもつ。


 二人のイメ-ジは豹と熊だ。


 今日の訓練で走馬灯は見なかった。


 ただ一度だけ、盾ごと俺の左腕を切り裂いたライオネルが相当焦った顔をしたのを見て、焦り方がブロド教官と似ていると思い懐かしくなっていた。


 しかしこの模擬戦が日課にならないことを俺は強く祈り、早く「朝食が出来ました」と呼びに来てくれと心の中で叫び続けていた。


お読みいただきありがとう御座います。



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