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61 イエニスの冒険者ギルド

 朝食を終えて、地下の変化に唯一驚かなかったライオネルが、ドランに武具の製作を頼みたいとギルドマスターの部屋にいた俺を訪ねてきた。


「武具の製作よりもまずは、何故勝手に鍛錬場を頼んでいたのだ? 冒険者ギルドの半分程の広さだが、結界の魔法陣まで刻むなら、俺に報告がないのはおかしくないか?」


 俺は怒鳴ったりはしない。怒鳴るのは体力を使うからだ。

 特に年上を怒鳴るのは最悪な結果を残す可能性が高い。

 信用も信頼もゼロにしてしまう危険性を秘めている。

 だから怒る時は間違っていることを聞きながら、一つずつ詰めていくのが効果的なのだ。

 勿論何度も言わないと分からない場合は怒るレベルも徐々に上がっていくのわけだが、

今回は初めてなので、冷静に話をすることにした。


「その通りであった。出過ぎた真似を致しました」

 ライオネルは非を認めて頭を下げた。これ以上責めるのはこちらの自己満足になるから止める。


「以後気をつけてください。確かに若く頼りないかも知れませんが、提案等があればきちんと考えます。それで夜間警備をして何か報告はありますか?」

 最初から罰則を与えるのも萎縮させるから駄目だと先輩は言っていた。だから話題を変えて報告を聞く。


「そうであった。襲撃はゼロ、気配はあったがさすがに警備の人数が多くて退いたと思われる。犯罪奴隷達も鍛えればなかなか使えそうな者ばかりで、待遇に不満はないと言っておりました。それから…どうやら彼らはシャーザとかいう猫ではなく、薬師ギルドからのちょっかいだったみたいです」


 そう言えば襲撃者から情報を聞いていなかった……抜けすぎだろ俺


「ライオネルありがとう。彼らに話を聞きそびれていた。……昨日からずっと思っていたけど、ライオネルって何者?」

 俺はついに聞くことにした。


「フッ…ある国で少々上の立場にいた事があるだけです。今は奴隷であり、心ではルシエル殿の家臣であるつもりです」

 そう言った彼の眼は本心を語っているように見えた。きっとこれ以上は語ってくれなそうだ。俺は彼の素性を知ることについて今回は諦めた。


「はぁ~、いいでしょう。教えてもいいと判断したら教えてください。武具の製作ですが、素材の関係もあるのでドランと相談してください。まぁ直ぐには無理でしょうから、師匠の剣をそのまま貸しておきます。ライオネルには奴隷達を纏めて、治癒士ギルドの防衛任務。それと俺の外出時に護衛任務を任せます」


「はっ! 承知した」

 彼は胸に手を当て一礼すると、踵を返して部屋を出て行った。


 俺は羊皮紙を大量に出してやるべきことをまとめていくことにした。

 ・治癒士ギルドの立て直し

 ・治癒士ギルドの治安維持

 ・患者の受け入れと治癒院設立

 ・食料

 ・薬師ギルドのこと

 ・シャーザを含めたイエニス実態調査


「困った時の冒険者ギルドか……師匠にも手紙を送ってみるか。一気にネームバリューを上げる方法はあるけど、絶対に使いたくない」

 午前中に俺は師匠への手紙を書いて、治癒士の部下さん達と治癒士ギルドの看板を作る。

 昼食を作り終わるとライオネルも起きて来たので、皆で食事を取った。

 午後になり犯罪奴隷達をジョルドさんに任せて、昨日と同じくライオネルとケティ、それと神官騎士のピアザさんと一緒に冒険者ギルドへ向うことにした。


「冒険者ギルドへ赴きデモンストレーションをすることにしました。治癒魔法が一般的では無さそうですし、効果すら知られてないなら、態々治癒士ギルドには来ないからです」

「それはいい考えニャ」

「薬師ギルドとの棲みわけが出来れば揉めることも無くなるでしょうから、私も良い考えだと思います」

「……どう進むのであれ、護衛する」

「まずは治癒士を知ってもらうこと。次に薬師ギルドを調べること、帰りはまた買い物をしてから戻りましょう」


 各々三人が返事をして冒険者ギルドへ向かうのだった。



 イエニスの冒険者ギルドは、聖都やメラトニとは違い、ほとんどの冒険者が人族ではなくそれ以外の種族だった。


「さすがにギルドの造りまでは一緒だな。じゃあカウンターまで行くから付いて来て」

 俺はそう言ってカウンターへ向かって歩き出した。どんな目で見られようが俺も冒険者であることは違わない。


「初めまして、治癒士ギルドの責任者でS級治癒士並びに冒険者のルシエルと申します。ギルドマスターとお会いすることは出来ますか?」

 俺は治癒士カードと冒険者カードを受付さんに提示した。受付さんは猫獣人だったけど、ケティとは違っていた。

「ルシエル様ですね?……ギルドマスターにお取次ぎをしますから、少々お待ちください」

 彼女はそう言ってからお辞儀をして退席した。


「……ケティって、なんで語尾にニャとかニャンとかつくの?」

 素朴な疑問を問いかけるとケティは笑いながら言った。

「そっちの方が可愛いって教えてもらったニャン」

「……そうか」

 視線は集中しているが、やはり一人ではないからなのか、殺気に近いものを感じることはなかった。


「ギルドマスターがお会いになるそうなので、こちらへどうぞ」

 そう戻って来た受付さんに言われ、俺たちは案内に従いギルドマスターの部屋へと向かった。

「ここのギルドマスターは、ちゃんとギルドマスターの部屋にいるんですね」

 俺が移動中にそう聞くと明らかに彼女は動揺してみせた。

「どうでもいいですけど、嘘だったら物体Xを受付にぶちまけてしまうかも知れません。十樽くらい…」

 笑ってそう言うと階段の踊り場で、彼女の足が止まった

「……今から向かうのはギルドマスターの部屋ですが、お会いになるのは副ギルドマスターのジャイアス様です」

 物体Xが獣人達の脅し道具にも使える新常識を得ながら更に問う。

「ギルドマスターの所在と副ギルドマスターが私と会う理由は?」


「ギルドマスターの所在は存じ上げません。お会いになる理由も……」

 彼女は首を横に振る。ライオネルを見ると彼も横に振ったということは嘘ではなさそうだ。

「わかりました。ぶちまけることはしないのでご安心ください」

 彼女はとてもホッとして様子で、また階段を上り始めた。



 ノック音から入室許可が下り、受付さんがドアを開いてくれたのでギルドマスターの部屋へ入室した。

 そこにいたのは初の竜人とシャーザだった。

 シャーザはライオネルを見ると固まってしまったが、竜人は俺を見て何故か固まった。


「初めまして、治癒士ギルドの責任者でS級治癒士並びに冒険者のルシエルと申します。ギルドマスターお会い頂きありがとう御座います。シャーザ殿は昨日振りですね」

 俺は友好的に微笑んで声を掛ける。

「わ、私はギルドマスターではありません。副ギルドマスターのジャイアスです。お会い出来て光栄です」

 彼はイスから直ぐに立ち上がり、頭を下げて声を出した。その声は緊張しているように聞こえた。

 シャーザは副ギルドマスターの行動に驚いているようにも見えた。


「そうですか。それではジャイアス様、ギルドマスターはどちらに?」

「はい。現在活発化している迷宮へと赴き、戦闘をしていると思われます」

「いくらギルドマスターが強くても、自らが動くのは変じゃないですか?」

「はい。ですが兄が赴かないと攻略出来そうにないので……」

 ここのギルドは竜人兄弟がトップなんだな。


「そうですか。今回は冒険者ギルドで治癒士ギルドのデモンストレーションにご協力頂きたかったのですが、非常に残念です。」


「デモンストレーションとは?」


「このイエニスは回復魔法の存在は知っていても、実際の効果が分からない方が多いでしょう。ですから一度回復魔法を実演して、治癒士ギルドの回復魔法がどういったものかを知っていただきたいのです」


「……それで冒険者ギルドは何をすれば宜しいのですか?」


「下の訓練場に怪我人を集めてください。治癒士ギルドの治癒を無料で体験していただきます。あ、これが本来の値段表になります。」

 俺はガイドラインと規約の冊子をジャイアス殿に渡す。

「ご存知のように治癒士の回復魔法では病気は治せません。それでも治癒士ギルドが存続している理由を、戦いを生業にする冒険者達とこのイエニスの国に知っていってほしいと私は思っています」

 ジャイアス殿は俺の話を聞いてから、ガイドラインの料金欄をじっと見つめていた。

 言いたいことは言った。これ以上は話しても逆効果になるので、彼からの返答を待つ。


 シャーザはライオネルを見つめているだけで声を発することはない。いや、ジャイアス殿に真意を確認しようとしているが聞くに聞けないそんな状態なのだろうか?

「分かりました。……明日のこの時間でも大丈夫でしょうか?」

「ええ。ありがとう御座います。冒険者達の死亡率を少しでも低く出来ればと考えていましたので、早いほうがこちらも助かります」

「ちなみにこの石化や神経毒も治せる魔法は誰でも使えるのですか?」

「いえ、治癒士でも一握りだけです。私以外はまだ使用出来ません。そろそろ使用可能になるかも知れない治癒士は複数います」

 そう。ジョルドさん達には魔法を出来る限り使ってもらっている。だから彼らの聖属性魔法がスキルアップしても不思議ではないのだ。

「……では明日、地下の訓練場でお待ちしております」

「こちらこそ、宜しくお願いします」

 俺とジャイアス殿は握手を交わした。


 そしてギルドマスターの部屋を出る直前にライオネルが口を開いた。

「シャーザ殿、昨日の手練は薬師ギルドであった。一応報告しておこう」

 その返答も聞かないまま俺たちはギルドマスターの部屋を後にした。

 俺の中で、ジャイアス殿が何故あそこまで友好的だったのか?それが心に引っ掛かりながらもギルドを出て買い物に向かった。




 一方その頃、ギルドマスターの部屋では、ジャイアスをシャーザがどういうことかと問いただしていた。


「ジャイアス殿、話が違うではないか! 一体どうして治癒士ギルドのあの若造を?!……」

 シャーザはジャイアスの殺気を帯びたその眼でにらまれ、驚きのあまり口をつぐんだ。

「シャーザ、あのお方がただのガキだと? 貴様、龍族様を崇める我ら竜人族が、龍族様の加護を持つ方に無礼を働くとでも思っていたのか!」

 ジャイアスは激昂していた。


 竜人族にとって龍族の加護は主神クライヤと同等、いや、それ以上に信仰心の強いものだった。

 竜人族は龍族の加護を持つものが、例えどんな種族だろうと感じ取ることが出来る。

 ジャイアスが生まれてからこれまでに見た「加護を持つもの」は、ルシエルで五人目だった。

 そして竜人族以外では初めて加護を持つものであった。

 ジャイアスは迷宮の活発化で危機的状況に追い込まれつつある自分達兄弟に、龍族様が救い手を差し伸べてくれた。

 そんな予感めいたものを感じていた。

 ルシエルが知らないところで、またしても豪運が発揮されていたのだが彼はまだこのことを知らない。


 シャーザはジャイアスに怯えながら、薬師ギルドが勝手に動いていたことに腹を立てていた。

(どいつもこいつも人の邪魔ばかりしやがって! 今に見ていろ)

 うまくいかない苛立ちが、シャーザの心を徐々に憎悪で染めていくのだった。


お読みいただきありがとうございます。



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