59 戦力増強とドランのやる気
ライオネルの覇気が込められた声に誰も声を出せずに居た。
シャーザーを含めて七名の代表達と三名の兵士達の全てが、だ。
「黙っているならそれでも宜しいが、困るのはそちらだぞ? 謝罪とこの狼藉者達の処分、こちらに対しての賠償をどうするかを、お聞かせ願いたいのだが?」
ライオネルが今度は一転、穏やかな声で威圧を緩めて話す。
そこで漸くシャーザが謝罪を始めた。
「こ、これは誠に申し訳ありません。まさか治癒士様が来られた日に襲撃があるなどと思ってもみませんでした。ルシエル様、国として狼藉者達は死を持って償わせ、賠償は……改めて考えさせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
こちらを窺うようにシャーザ、ライオネルもこちらを見て判断は任せる的な感じがした。
「そうですか。襲撃には驚きましたから、本来は本国へ早急に報告して戻ってもいいのですが……」
俺は顎に手を当てて間を取る。
シャーザは焦っているのが分かるが、シーラちゃんのお父さんの顔が泣きそうになっているから、全員の本意ではないことが窺い知れた。
俺はここで決断を下した。
「いいでしょう。まず彼らを死罪ではなく、犯罪奴隷として奴隷に身分を落とさせていただく。次にその費用は全額そちらで負担してもらい彼らは労働力として治癒士ギルドで貰い受けるとともに、今回の件を正確に流布していただく。次に私達にものを売ってくれないお店が多数存在していたので、全店で買い物が出来る様にしていただきたい。無論、代金はお支払い致します。最後に治安維持の為に、治癒士ギルド周辺を整備させていただく。今回の要求はそれだけにしましょう。賠償の方は期待しています」
本当に死罪になるかも分からないし、戦力が増えれば部下さん達とライオネル達の戦力が分散するのを避けられるから好ましい。
また、買い物が出来る店が増えれば、住民達がその店で品物を買えない等の反発も防げるし、買えなかったお店で掘り出し物があるかも知れない。
周辺整備だからギルドを拡張しても問題ない。
そんなことを考えて要求することにした。
ライオネルは少し不満そうだが、別にイエニスと戦争をする訳じゃないし、正確に流布しなければ責めることは容易だ。
シャーザに近寄るものは居らず、俺の要求に怒気を感じるが難しい内容が一つもないため了承するしかない。
「……この度は申し訳ありませんでした。その条件は全て呑ませていただきます」
シャーザは顔を上げることなく、そう口を開いたのだった。きっと苦虫を噛み潰すよな顔をしているのだろう。
「今回、ルシエル様のお慈悲があったが、次にまたお慈悲があると思わないことだ。それとどなたか御一人、今から奴隷商に行くからご同行願う」
ライオネルは詰めるところをキッチリと詰めていく。
そこでシャーザが口を開く。
「……ところでイエニスに来られるときは居ませんでしたが、貴方は一体?」
「私か? 私はルシエル様の家臣じゃ。かっかっか」
ライオネルの大きな笑い声が辺りに響き渡るのだった。
奴隷商への同行者は、何と懐かしの聖都で俺の腹を刺した狼獣人グラルガさんだった。
屋敷を出て兵も見えなくなると、前を向いた姿勢のまま謝罪を独り言の様に呟き始めた。
「聖変様。折角お越しいただいたのに、この様なことになってしまい大変申し訳有りません」
さすがに彼の姿から事情を察して俺も小声で話す。
「三年程で状況が変わったのですか?」
彼はゆっくりと歩きながら説明を始めた。
内容はよくありそうな話だった。
当時代表だったシーラちゃんの父のオルガ氏が、聖都から帰ってきた三ヵ月後、任期満了に伴い退任。
次に国の代表が竜人族の者になった。しかし高い自然治癒力を持つ彼らはそこまで治癒士に魅力を感じていなかった。
治癒士よりも病気が治せる薬師ギルドを優遇するべきだと声を上げたらしい。
翌年には区画整理が行われ、治癒士ギルドがあった場所がスラム街となってしまったのだと声を沈ませた。
そして竜人族の任期が終了する時に買収活動が行われ、竜人族よりは劣るが、高い
戦闘力と自然治癒力を持つ虎獣人族の代表であるシャーザが国の代表になったという。
一年前までは治癒士ギルドの誘致を無くそうとしていたが、最近になってイエニスから少し離れたところにある活動を停止していた迷宮が活発化して魔物が溢れたらしい。
その為、現在は冒険者ギルドや国の兵が魔物の鎮圧に当たっているらしい。
しかし薬師のポーションでも最高級の物でしか、回復が間に合わなかったり、毒や麻痺でも効果が少し違えば薬も変わるらしく、迷宮の攻略が難航してしまっているとのこと。
そんな話を聞いてあと四十年あるんじゃないのか?そんな嫌な予感に頭を抱えそうになりながら、奴隷商へと到着した。
「ここって最初に来た時は、一見さんはお断りだったけど?」
「大丈夫です。ここは別に命令がされて断っていたのではなく、奴隷を変な客に売り払いたくない為に、そうしているだけですから」
扉をノックすると中からは、狼獣人の老人が顔を出した。
「翁、久しぶりです。」
「なんじゃグラルガか……大人数で押し掛けてどうした?」
店主は一度来た俺達を勿論覚えていたが、一瞥して直ぐにグラルガさんに顔を向けて問う。
「ああ。この方が聖都に行ったときに俺達の命を救ってくれた聖変様なんだ。そっちのロープの奴等は聖変様を襲った馬鹿者で、死罪のところを奴隷にすることに決まったからお願いしに来ました」
「ほう……聖変様ですか、彼らを奴隷にしてどうお使いになるつもりですか?」
その眼は嘘を見抜きそうな感じがして俺は素直に話すことにした。
「命令は私と治癒士ギルド及び治癒院関係者や治癒士ギルドの資産や馬などに、危害や損害を与えないこと。仕事は労働者として扱い、治癒氏ギルド及び治癒士の警護です。雇用条件は食事や睡眠も普通に取らせます。そんなところでしょうか?」
「……(本当に変わってる奴だな)いいだろう。中に入れ」
十三名は犯罪奴隷の奴隷紋を付けられた。
「これで全員終わったぞ」
「翁、会計はイエニスで預かることになっているから後で請求してくれ」
「……いいだろう。ただ聖変様はこの店で奴隷を購入しないのか?」
「ええ。見たら購入したくなるでしょうが、治癒士ギルドを立て直すのに部屋数も足りないですから。立て直したら、このお店で購入することも考えます」
「フン、期待せずに待っておこう」
グラルガさんが翁と呼んでいた老狼獣人はレルガさんというらしい。店を出た俺にグラルガさんはレルガさんから気に入ってもらえたようですね。そう言って屋敷へ帰っていった。
「奴隷の諸君、今から治癒士ギルドに行くから命令は守ったほうがいいぞ。待遇も良くなることもあるし、悪くなることもある。それじゃあ帰るぞ」
一番前がケティ次に俺、奴隷達を挟んでライオネルという形で歩くのだが、奴隷達は終始ライオネルからの圧力で大人しく歩いてくれた。
俺達が治癒士ギルドに帰ると、二名の神官騎士が入り口に立っていた。
「ご苦労様。異常はありましたか?」
「いえ。こちらを窺う仕草のものは多いですが近寄ってまでは来ていません」
「こっちは成り行きで十三名の犯罪奴隷が手に入ったから、今日の夜から彼らにも警護についてもらう予定だ」
「それは嬉しいですね」
二人の神官騎士は喜んでくれた。夜の警護は大変だからね。
「すまないがもう少し警護をしていてくれ」
「「はっ」」
こうしてぞろぞろギルドに入っていくとそこへドランがやって来た。
「おおっルシエル殿、遅かったな。とりあえず地下は横に軽く掘ったぞ。固定化する為の魔石を買ってきてもらうのを忘れだが、地盤は固いから直ぐに崩れることはないから安心してくれ。あと頼んでいた物は?」
「ああ。魔法袋に入っています。地下で出しますけど、魔石ってこれでいいですか?」
試練の迷宮で落とす魔石を見せると頷いた。
「闇属性の魔石なら一旦聖水に浸せば浄化されて使えるが聖水はあるのか?」
「浄化? ちょっと待っててください」
俺は魔石に浄化魔法を掛けると魔石の色が薄い青に変わっていった。
「おおっ何でも出来るな。これなら直ぐに使えるぜ」
嬉しそうに俺から魔石を受け取った。
「そうですか」
俺は後ろを振り返ると指示を出す。
「ライオネルとケティは護衛ありがとう。これから地下に下りて荷物を出したら奴隷達を監視しながら休憩していてくれ。奴隷諸君は自分の寝床を作ってくれるドランに感謝しながら手伝ってくれ」
そう宣言して後に地下へ行き、本当に横に広がっていた地下を見ながら買ってきた木材等を置いて、とりあえず百個前後の魔石に浄化魔法を掛けてドランに任せることにした。
「あとは頼んだ。食事の用意が出来たら呼ぶ。それまで頑張ってくれ」
「おうっ、任せておけ」
ドランは腕を無くして腐っていた。
その彼に腕を再び授けた男が頼みごとをした。
ドランはものづくりで頼られることは、もう一生無いと思っていた。
頼まれたのは治癒士ギルドの拡張。それを全て一任してくれた。
ドランの本職は鍛冶士だが、再び頼られたドランはやる気を漲らせていた。
こうして俺がお願いした拡張が、改造?いや、噂の魔改造になるなんてこの時は知る由もなかった。