57 奴隷購入と神の奇跡
髪がくすんでしまっている青年に俺は浄化魔法を掛けた。
せめて早く誰か心の優しい主人が青年を購入してくれることを祈って。
青年はルシエルにお礼を言うと部屋から出て行った。
俺は彼が出て行ったドアを見ながら呟いた。
「ままならないものだな 」
俺は首を振りながら、今この部屋を出ていった彼を思う。
「購入はしないでください」
そう言った彼の目には、僅かな可能性に縋る意志を感じた。きっと購入しても闇を抱えたままで生活させる事になるとそう考えた俺はその思いを尊重することにした。
「悔しいなぁ。大司教様みたいにいかないまでも、彼の闇を和らげてあげる事さえ出来ないなんて・・・」
応接室から出ると奴隷商が手を揉みながら待っていた。
「ドワーフの知恵と武人の知識を買うことにする。あと彼らの世話を出来る奴隷を購入するから、もう一度女性奴隷を見に行く」
「へっへっへ。毎度ありがとう御座います、坊ちゃん」
俺と奴隷商人は女性奴隷の居るフロアへ向かった。
実は購入すると決めたドワーフと老人に対して俺は、購入して欲しい女性の奴隷がいるかを聞いたら、二人とも居るとの事で購入することにしたのだ。もちろん奴隷の奴隷ということではない。
どう思うかは人それぞれだが、彼らの要求した者達が彼らの楔になりえると判断したのだ。無論、酷く当たるつもりはなく、人道的に接して彼らの信頼を勝ち取りにいく腹積もりだ。
女性の奴隷フロアへとやってきた俺は面談でのやりとりを思い出しながらその人物を探す。
「ドワーフさんの名前は?」
「ドランじゃ」
「ドランさんは一緒に購入して欲しい人はいますか?」
「・・・何故だ?」
購入されると分かってからずっとソワソワして、女性の奴隷フロアを何度も見つめていれば、普通は分かると思う。
「貴方が持つその技術を治癒士ギルドの立て直しと、武具の製作に惜しみなく使うことを誓えるなら、貴方がその力を発揮出来る環境を作り上げるつもりです」
俺はそう笑ってみせた。
「・・・小僧、お主はS級治癒士と言っていたな? 金はあるのか?」
「そこそこはありますよ。聖シュルール協和国の非常に臭いところで、我慢して我慢してアンデッドを倒して稼ぎました・・・」
俺の顔に哀愁が漂ったのを気まずいと感じたのかドランさんは目を瞑り小さく言葉を発した。
「・・・そうか」
「だからまぁ遠慮はしないでください。 ドランさん、購入してほしい人はいますか?」
「人族とドワーフのハーフの娘なのだが居なかったか? 孫なんじゃ。名前をポーラといって特徴は赤茶毛の髪色で無口な子じゃ。歳は十六なのじゃが、出来れば一緒に購入してくれ」
先ほどまでの威厳は何処に? 堪えていた感情が決壊した感じになったが、これが家族を心配することなのだろうと何処か納得出来るものだった。
「わかりました。面談が終わればまた女性フロアへ行きますから、居たら購入することを約束します」
面談の最後に老人にも同様の話を聞いた。
「私の名はライオネルという。出来れば人族と獣人族でナーリアとケティを頼む。年齢は三十三と二十三だ」
「わかりました」
俺は聞いていた特徴の三人を見つけ出して奴隷商に声を掛けた。
「少し奴隷に質問をしてもいいか?」
「ええ。勿論です」
全てを見透かされていると感じたが必要経費として吹っかけられても購入することにした。
まず身長が俺の胸ぐらいしかない赤茶毛の女の子に小さな声で話掛ける。
「ポーラで合っているか? 合っていたら頷いて」
彼女は直ぐに頷く。
「まず私はルシエルという。ドランから君も買って欲しいと要望されたから購入することにした。身体を差し出す必要はない。ポーラはドランの手伝いや雑用をしてもらう」
「お爺と一緒?」
表情はそこまで動いていないのだが、空気感が柔らかくなっていく。
「ああ。それと彼の腕も治すよ」
「神様?」
コテンと首を傾けるその仕種は流行っているのか?
「神様では無いよ。それでドランと同じように治癒士ギルドの立て直しに尽力することを誓えるか?」
俺は苦笑いを浮かべながら聞く。
「わかった。お爺と一緒なら誓う」
彼女が微笑んだ気がした。
その後にナーリアとケティにも同じように声を掛ける。
「まず私はルシエルという。ライオネルから君達を買ってほしいと要望されたから購入することにした。身体を差し出す必要はない。何か質問はあるか?」
「ライオネル様はご無事なのでしょうか?」
「ええ。今は歩くことは出来ませんが、ライオネルの両足の腱と神経を壊している毒は治すつもりです」
「ライオネル様に忠誠を誓っているニャ。ライオネル様の言うことに従うニャ」
「私もライオネル様のお側であれば何でも致します」
・・・ライオネルさんは一体何者なんだ?まぁとりあえず、これで大丈夫そうだな。彼女達の事はライオネルさんに任せよう。
「店主、先程のドワーフと老人それに彼女達をあわせて購入することにした。全員でいくらだ?」
「白金貨一枚で結構です」
「・・・最初に言っていた値段よりも安くなっているがそれは何故だ?」
「坊ちゃん、いえ、旦那様にはこれからも縁がありそうですからね、っへっへ。これだけ一気に奴隷を買うということは、これからも購入なされるご予定やご予算もあるのでは?」
相変わらずの卑下た笑みに手を揉む仕草が様になっている奴隷商人はそう言いながらこちらを窺ってきた。ただ後の利益を優先することは上手い様にも見えるが、こちらに奴隷を購入する予定は無いので反応に困る・・・。
「確かに予算はある。彼女達を購入するつもりもなかったが、奴隷のやる気を金で買えるならそれで良い」
「へっへっへ。やっぱりそうだ。旦那様、まだ数ヶ月先になりますが、奴隷オークションがあります。そちらに参加出来る紹介状をお渡しますので、どうぞ受け取ってください」
男のテンションは上がっていく。
「・・・そんなものがあるのか? しかし何故紹介状を渡すのだ? 誰にでも渡すのか?」
俺はますます疑問に思う。
「いえいえ普段はこんなに簡単にオークションへの誘いを行ないません。が、資金力がある旦那様みたいな方には、お声を掛けさせて頂いてます」
「そっちのメリットは何だ?」
俺はメリットが無くてそんなことをやるなら異常か罠の二択だと思っている。
「紹介状を書いたお客様が奴隷を購入すると、その紹介状を書いた奴隷商に、なんと一割りもの謝礼金が支払われるんですよ。そこで旦那様が奴隷を落札して、またうちでも奴隷を買ってもらえれば、損にはなりませんからね」
合点はいかなかったが、男の言葉に嘘は無さそうに感じた。ただ真実を全て話しているとは思えなかったが。
こうして五名の奴隷を購入した俺は、外で待機してくれていた部下さん達を呼び寄せるとドランとライオネルを持ち運んでもらいながら治癒士ギルドの建物へと向かった。
神の奇跡と見紛う程のその光景を目の辺りにした者、実際に神の奇跡を受けた者、皆、等しくただ感謝の祈りを捧げる。
「いや、あのですね。皆さん何故拝まれているんですか?」
俺は慌てていた。ドランとライオネルにエクストラヒールを掛けると両腕が現れ、両足の腱が復活したのだ。
さらにリカバーをライオネルに使って完全に治癒が終了するとドランは腕を回したり、手を握ったりして感触を確かめ、ライオネルも立って少し歩いて感覚を取り戻そうとしていた。
その光景を見ていたドランの孫は涙して祖父に抱きつき、ライオネルも同じように一緒に買われた奴隷達が抱きついていた。
教会から来ていた神官騎士や治癒士達も、エクストラヒールを実際に見たことがなかったので、暫らくすると片膝を突いて手を前で組み祈りを捧げるポーズをとった。
それを見ていた奴隷達も、同じように祈りを捧げるポーズをとってしまい、俺は大慌てで止めるように言ったのだが、彼らは暫らくの間このポーズのままだった。