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56 ルシエルにとっては、お値打ち人

 

 スラム街から出てきた白いローブを纏った集団。

 そんな格好で目立たないなんてことはなく、俺の部下さん達は、遠目からこちらを見ていた住民の方々へ声を掛け、奴隷商のある場所を聞いて回り、暫くしてから奴隷商を発見することになった。


 但し奴隷商はイエニスに三軒あり、一軒目は一見さんお断りとの理由から入店を拒否された。二軒目はシャーザが手を回したのか治癒士ギルドの関係者である俺達には売れないと断られた。


(二件目も断られたか。それにしても奴隷って確かに忌避感もあるけど、小説ではここで仲間を作るのが定番だよな……)

 俺は暢気にそんなことを考えていた。


 その後に三軒目の奴隷商へ到着したが、そこはスラム街に程近い、薄汚い奴隷商だった。


「皆はここで待機していてください。今回購入予定の奴隷ですが、武力と工作に秀でた奴隷を購入する予定です」

 俺は部下さん達へそう告げてから奴隷商の中へ入った。


 店内はそこまでは臭くないが、清潔な感じもしなかった。

「ここは奴隷商でよかったですか?」


「そうですよ坊ちゃん。最低金貨5枚は掛かるけど大丈夫ですか?」

 出てきたのは下卑た笑みを浮かべる狼系の獣人だった。正直なところ俺はこういうタイプが苦手なのだが、奴隷が買えるならこの際仕方ない。


「ああ、金は持っている。ここの一番高い奴隷はいくらだ?」

「はっ? まぁいいでしょう。白金貨5枚のエルフがいますが買えるんですか? 」

 こちらの財布の中に探りをいれるのを全く躊躇しない男で、これにはさすがに呆れながらもポーカーフェイスを貫く。


「・・・ただの値段の確認さ。それよりもエルフがいるなら、少しは店内を綺麗にしたほうがいいんじゃないのか? 」


「はぁ〜なんだい? お前さんは冷やかしか? 店の中を綺麗にして金が入るならそうするが、そんなことに労力をさけるか」

 男は金にならないと肩透かしをくらったように態度を変えた。


「そうか?客としては綺麗なところで奴隷を見たいと思うけど? 」

 俺はそう言って白金貨を指と指に挟んで男の目の前に出してみせた。


「やっぱり良いところの坊ちゃんじゃないですか。驚かさないでくださいよ」

 男は完全に掌を返して獣人の感情を表す耳がピンっと張って尻尾も揺れる。


「店内にいる全奴隷を見せて欲しい。それと店内を綺麗にするから、対価として少し値引いてくれればいい」

 男はその提案に直ぐに飛びついて、手を揉みながらニヤケ顔で店内の案内を始めるのだった。


 奴隷商の男に一番高いエルフから順番に見せられていくことになった。

 俺はこの奴隷商の男以外に従業員がいないことを少し疑問に思いながらも、他の店員と会うことが目的ではなかったので流しながら男の案内に従い奴隷達を見ていく。


 奴隷達は牢の中へ入れられていて、男女は別のフロアになっていてその他にも売価で牢が分けられていた。


 俺は奴隷の中に四肢欠損している子達も居ることを確認していた。当然一人ずつ欠損を治してあげたかったが、それはこの奴隷商を喜ばせるだけだと思い直し、拳を強く握り我慢した。 


 奴隷となっている種族は人族から始まりドワーフ、ドラゴニュート、エルフ、獣人と幅広かった。


 ただ俺が気になったのは、殆どの奴隷の目から輝きが失われているそんな状態でいたことだった。



 俺は奴隷達を見ていく。この人達が何故奴隷になったのか? その経緯は知らないが男が進めてきたお値打ち価格のエルフも直感的に購入する気がしなかった。


「此処の奴隷達の目には絶望しか映っていないのは何故だ?」


 俺は目に意志がないのが気になっていた。ボタクーリの奴隷でもここまで目の奥が絶望して黒いと感じたことはなかった。


「それは奴隷だからでしょ。いちゃもんは困りますよ」

 奴隷商の男はそう返答してきた。


「そうか。では今度は男の奴隷を見せてくれ。ここに居る何人かも検討するから」

 俺がそう奴隷商の男に告げた瞬間に、何人かの奴隷の気配が変わった気がしたが、今はそれに反応しないことにした。


「くっくっく。ではこちらです」

 何だろうハッキリ言ってこの男がさっきからちょっと怖い。



 男の奴隷は少なかった。


 奴隷商の男に説明を受けながら奴隷を一人一人見ていく。


 俺はブロド師匠に教わった胆力を知ることが出来る威圧を一人一人に掛けていく。


 ある男は怯え、ある男は威嚇してきた。


 俺は購入しても問題なさそうな奴隷を三人選んだ。


「こっちにいる腕がないドワーフ。そっちにいる両足の腱が切られている老人。あとはこの髪がくすんだ青年と面談したい。先に値段も教えてくれ」


 奴隷商の男はつまらない顔をしているから安いのだろう。そう思って男の声に耳を傾ける。


「ドワーフは元々はかなり優秀でしたが、事故で両腕がこんなんになっちまっていますから、金貨五枚ってところですね。あの老人もかなりの武人だったと聞いていますよ。ただ裏切られて毒を塗られた剣で足を切られたので、命に別状はなくても、もう立つ事は出来ないでしょうから金貨五枚。最後にこの汚い餓鬼は戦争奴隷らしいですが他国から流れてきたところを押し付けられましてね。それでも若いから金貨20枚ってところでしょうかね」



 俺は特に怪我を負った彼らがエクストラヒールで治るなら、治癒士ギルドの最高な補強戦力になると判断して、彼らのやる気を重視することにした。


 教皇様はエクストラヒールを使わないといけないと判断した時は使って良いと言っていたから、今回の補強で使わなくていつ使うのかと思いながら面談に望むことにした。


「そうか。じゃあ面談を頼む。ああ出来れば一人ずつ二人で話をさせてくれ。女奴隷も買う予定だから融通は利かせてくれるんだろ?」


「へっへっへ。それなら良いですよ坊ちゃん」

 俺は三人と面談をすることになった。



 面談は六畳ほどの部屋にソファーがテーブルを挟むように対面して置いてあるだけの部屋だった。


 最初に来たのは両腕のないドワーフだった。

「座ってください。まずは質問させていただきますので、嘘偽り無く答えてください。その前に俺は治癒士ギルドに所属しているS級治癒士のルシエルと申します。まずドワーフさん、あなたの腕が治るとしたら鍛冶以外にも大工仕事は出来ますか?」


「ふん。ワシは生まれてすぐに鍛冶の神様に加護を賜った鍛治士だ。木工も鍛冶に必要スキルなのに鍛えないわけがないだろうが! 小僧が誰にものを言っておる」

 背は低いが腕があれば暴れ出すかの様な凄い剣幕だ。


「そうですか。・・・腕に自信はありますか?」

「小僧・・・舐めているのか?」

 あ、これはマズいと思い、俺はもう一歩踏み込むことにした。


「言い方を変えます。腕が治ったら忠誠を誓って鍛冶やギルドの改造に着手してもらえますか?」

 俺はきちんと目を見ながら話す。


「・・・本当に治るなら・・・それと悪い環境じゃなければだ」

 それ以降は聞いても話が出来なかった。


 次に入って来たのは老人?だった。

「担当直入に言いましょう。貴方は相当強いと思います。師匠と同じ気配を感じます」

 老人の纏っている空気が変わっていくのを感じた。


「それがなにか関係あるのか?」


「ええ。裏切られて毒の剣で両足の腱を切られたと聞きましたが、それに心当たりはあったんでしょうか? またその復讐を望んでいますか?」


「フッ。私が復讐を望んでも一国にはどう足掻いたところで敵わん。それよりも治癒士をそこまで鍛えた男の方が気になるぞ」


 あ、やっぱり師匠と同類のニオイがプンプンする。これが強者のニオイなのか? 何だか違う気がする。


「師匠は二つ名を旋風と言います。それよりも貴方は一体何者ですか? いやこの詮索をするのはまだ止めておきましょう。その足が治って今も患っている毒が消えないと立てないらしいですね?」


「・・・そうだな」

 好戦的な雰囲気はしぼんでいく。


「また動けるようになったら忠誠を誓って、俺達を守れますか?」


「・・・こんな爺に何をさせようというのだ?」

 また力を失い始めた目に再び火が灯った気がした。


「当面の間はこの街にある治癒士ギルドと馬達の護衛です。それ以外はたまに俺と戦闘訓練をしてもらおうかと思います」

「・・・それだけか?」

呆れた顔をしているのか?

「ええ。他にも考えていることがありますが、当面はそうです 」

「プッ、ワハハハハ。面白い。お主がもし傷が治せて誠実であるなら主と呼んで忠誠を誓ってやる」

「じゃあ、そうなるように期待していてください」

 こうして老人であった男の見た目は一気に活力を取り戻しつつあり、年齢が読めなくなった。豪運先生が俺に彼と出会わせるために他の奴隷商で断られるようにしたのではないかとそんな気さえしていた。



 そして最後に俺と同じ歳ぐらいの青年と面談することになった。

「君はなんで奴隷に?」


「私は帝国との戦争で負け、領地を失った貴族の息子です」

 目には強い光があった。もしかして彼はルーブルク王国から流れてきたのか?


「そうか。それで君はどうしたい? 俺は君がたぶん復讐したいという気持ちを持っていると思うが、それを実行させてあげることはない」


「・・・・・・」

 彼はこちらをジッと見つめるだけだ。


「俺と来て治癒士ギルドを守るなら、奴隷でも大切に扱おう。ただギルドを守るために生きれるなら一緒に来てほしいが、それが無理なら他の人に買われて復讐の道を探すしかない」

 俺は安全第一主義だから無理はしないし、余計な恨みは買いたくないから、彼に全てを委ねた。青年は暗い顔をしたまま考えている。


「・・・奴隷の任期はいかほどですか?」

 彼は搾り出すようにそれを聞いてきた。


 俺はその問いになんと答えればいいか分からず沈黙するしかなかった。ギルドを立て直すことにベクトルを向けないといけないのに、それを考える余裕がなかった。そして彼の真剣な目に嘘をつくことも出来なかったのだ。

お互い暫らく無言な状態が続いた。そして俺は答えることにした。


「正直直ぐに解放するということは考えていない。まずは治癒士ギルドを立て直し、治癒院をこの街に作る。それがどれほど掛かるかは分からないし、その後に解放できるかもわからない」


 俺は悩んでいたが、実は借金奴隷と違法奴隷以外に解放条件はないのだ。その為、普通なら戦争奴隷の彼が解放されることはない。


「そんな」

 彼は拳を強く握って頭を垂れた。



 男の奴隷達三人の面談はこれで終了した。




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