54 イエニスに入国 首都はまだ遠かった。
俺達が向かう自由都市国家イエニスは、種族差別が無い自由自治国で二年周期に一度種族ごとに代表者を選出し、そこからまた国の代表者を決めて運営している民主主義国家だ。
イエニスへ向かう際に、教皇様からの餞別としてフォレノワールを貰い受けた。ヤンバスさんもそのつもりでいてくれたのか、大切にしてあげてくださいと笑顔で引き渡してくれた。
それが九日前で、現在は各村を訪問して回復魔法を掛けながら寝床を確保し、進路を南下させ、明日には漸くイエニスの国境を通ることになる…そんな状況だ。
「これで皆さんの治療は終わりましたね」
俺は村長と名乗る老人に話掛けて宿泊をさせてもらうことになった。
「本当に寝床だけでよろしいんでしょうか?」
そんな不安そうな顔をしなくても……そう思いながら決められた言葉を語り掛ける。
「最近料理に目覚めて、まだまだ美味しくは作れないんですけど、毎日作っているんですよ」
「そうなのですか? 何かあれば言ってくだされば用意しますので」
そんな会話をした後、宿泊させてもらう場所へ向かって歩き出した。
「ルシエル様、これって凄い便利ですね。俺でも使うことが出来るなんて」
神官騎士のピアザさんが興奮しながら魔道具をみせてくる。そう、それはリィナと名乗った転生者?の魔道具だった。彼が使っているのは彼女の新作であるキラキラ君である。
キラキラ君は中に野菜を入れるとお湯が出て野菜を自動で洗ってくれる。前世で調理前の野菜は葉野菜だけでなく、なんでもお湯洗いをしてあげる方が美味しくなると聞いたことを思い出して作ってもらったものだ。
「一々洗うのは大変だからね。そっちもお湯は沸かし終わってるね?」
「ええ。これも凄いですよ。一定の火力で暖めることが出来るんですから。今度聖都へ戻る時には是非購入したいと思います」
そうだろうね。
「まぁ当分は帰れないだろうけど機会があったら魔道具屋を教えよう。じゃあ夕食は美味しくないかも知れないけど俺が作るから、皆は寝床の準備をしてくれるかな?」
『はっ』
全部で八名の部下が一斉に動き出した。ちなみに今までの旅で俺達は魔物やましてや盗賊に襲われたことは無い。理由は冒険者が先に出て全て潰しているからだ。
S級治癒士の門出祝いと言うことで冒険者ギルドのマスター、グランツさんが国境までの道に冒険者を先回りさせてくれているからだ。
「イエニスからは迎えが来ているし、本当に有難過ぎてどう恩を返していくのがいいのか…本当に困ってしまう」
そんなことを考えながら料理を作っていくのであった。
本日は野菜たっぷりポトフと、ぶどうモドキを絞ってから浄化済みの瓶で発酵させた液を使って作ったフワフワパンだ。これの作り方はグルガーさんに教えてもらった。
それを食べながらみんなと一緒に魔法の基礎鍛錬を行う。どういうイメージで魔法を使うのが効果的かアドバイスをしながら、食事が終わったら魔力操作の鍛錬を行う。
さすがに皆も教会本部にいただけあって優秀で、俺よりも分かり易い説明やイメージをもっている者もおり、全員でその情報を共有して、良いところは積極的に吸収するようにしている。
これをやっているだけで統率というスキルの熟練度が上がってきているが、数日で覚えることはない。
「明日にはイエニスへ入りますが、ルシエル様は治癒士ギルドをどのようにして立て直すのでしょうか?」
聞いてきたのはジョルドさんだった。
「実はまだ何も考えていません。治癒士ギルドが何故無くなったのかも知りませんし、聞いたことだけで判断するのはさすがにマズイですからね。今回はお願いされての派遣ですが、決して偉ぶったりはしないでください。色んな種族がいるってことは、きっとそれだけ問題もあると思うからです。問題があったら些細なことでも連絡してください。その情報を皆で共有すれば問題も解決できるはずです。俺も相談するかもしれないのでその時はお願いしますね」
魔力操作の鍛錬は程なく終了した。
翌日、世話になった村を出てイエニスへ向け進むと徐々に木々は減り、草原は荒野へと移り変わってきたところで山と山の間に谷が見えて来た。
「あそこが国境になります。谷を過ぎればイエニスからの迎えが来ているとのことです」
「ありがとうございます。さて、もう少しですから頑張りましょう」
暇を見て部下さん達にエリアヒールやエリアバリアを掛けたり、フォレノワールにも好きな浄化魔法も掛けながら進み、漸く国境へと到着した。
国境の門を潜り山と言うよりは崖?の合間を通り過ぎると気温がいきなり上がった様に感じた。ただ装備の影響か俺はそこまで気にならないものだった。
「治癒士のお兄ちゃ~ん」
一人の少女がイエニスからの迎えであろう集団から走って出てきた。あれ?あの子は・・・・しーちゃん・・あ、シーラちゃんだった気がする。
「間違いなくイエニスの迎えだ。面識があるから皆はそのままで待機していてください」
俺はフォレノワールから下馬すると彼女が飛び込んできたのでキャッチした。…が、あまりの勢いに飛ばされそうになり、なんとか持ち堪えはしたが、驚きのあまり無意識にエリアヒールを詠唱破棄で使ってしまった。獣人の加速スピードは普通ではありませんでした。
「シーラちゃんだったね。声が出るようになったんだね」
「うん。治癒士のお兄ちゃんとサヨナラした日に声が出るようになってたの」
「そうかぁ。あの時シーラちゃんが頑張っていたから神様がご褒美をくれたのかも知れないね」
彼女との別れ際にエクストラヒールを唱えたが僅かに熟練度は足りていなかった。だから治したのは本当に神様だったのかもしれない。
「えへへ」
そう満面の笑みを浮かべたシーラちゃんのことを思いながら、フォレノワールを引いてシーラちゃんと迎えに来ていたイエニスの団体へ向け俺は歩き出した。
「聖変様並びに教会の皆様、我がイエニスに来ていただいたこと大変感謝しております。今期の代表者で虎獣人のシャーザと申します」
「お出迎えありがとう御座います。S級治癒士のルシエルです。私を含めて九名がまずイエニスに着任します」
「おおっ。それはありがたいことです。自由都市国家イエニスと名前はあるものの中心地にすら治癒士はおらず、薬師ギルドの面々だけでなんとかしていたので、本当にありがたいです」
「そう思っていただけるように出来ることはしていくつもりですが、現場を見たりお話を聞いたりして徐々にイエニスの状況に対応していこうと思います」
「ありがとう御座います。ここから中心地までは三日ほどの距離がありますので、もう少し旅が続く事になりますが、宜しくお願い致します」
……まだそんなにあるのか。はぁ~そんな気持ちになりながらもポーカーフェイスを貫き俺は手を出したシャーザーさんに応えた。
「こちらこそ」
シャーザさんと握手したが、彼は相当強い……とそう感じた。代表者には武力も必要なのだろうか?
そんなことを考えながら、俺達はイエニスへ入国し、首都イエニスへ向けて出発した。