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05 物体Xと少しの変化

 冒険者ギルド 治癒士職員

 ルシエル

 仕事:冒険者に回復魔法を無償で掛ける事

 趣味:鍛錬と模擬戦闘

 性格:温厚、努力家、ドM、味覚障害 引きこもり


 これが冒険者ギルドに滞在して、三ヶ月経った俺に対しての冒険者達の認識だ。

 仕事としてはヒール、覚えたばかりのキュアを掛ける治癒士職員。


 これは鍛錬の依頼の交換条件だからそう思われても問題はない。

 逆に、三食と寝床、更に服などもプレゼントされる好待遇な職場となっている。

 続いて、鍛錬と模擬戦だが、これは勘違いされても仕方がない。

 毎日の体力づくりと、模擬戦闘は既に日課だし、鍛錬のメニューをブロド教官が組んでいるので、そう見えるのはしょうがない。


 性格が温厚だと言われているが、誰が自分より体格が良く、強いと分かる相手に高圧的な態度で接することが出来るのか、出来る人がいたら実際にやってみせて欲しい。

 ただ、俺は嫌なことは断るし、難癖をつけてきたところで、ギルド職員と勘違いしている俺を、冒険者達がギルド内で攻撃することはない。

 まぁ治療した冒険者が多いから、滅多に絡まれるようなことはなし、絡まれたら他が黙っていない。

 努力家というのは、鍛錬を毎日しているかららしいが、周りにいる冒険者が、武装してそこら辺を闊歩しているのだ(妄想)。

 外を歩く方が危険だからギルドにいるだけだ。


「だけど、ドMと、味覚障害は、グルガーさんが毎食後、俺に飲ませている物体Xが原因ですよ」

「だろうな。でも毎回、ちゃんとあれを飲むじゃないか。あれを飲み続けているってことは、あれの価値を知ってるってことだろ?」


「くっ確かに。あれって本当に何なんですか?」

「分からない。だが古くから冒険者ギルドで取り扱っているものだぞ」

「そんなものを飲ませてたんですか?」

「ああ。飲めない奴はそこで終了だし、効果を知らないなら、普通は飲まないしな」

「ちなみにあれって、あとどれくらいの量がギルドに貯蔵されているんですか?」

「無限だ。遥か昔に賢者が作った魔道具らしい。その魔道具に魔力を込めると出てくるからな」

「俺が飲み続けることで、何かギルドやグルガーさんに特典でもあるんですか?」

「ああ、あるぞ。あるが、それは秘密だ」

 グルガーさんはニヤリと笑って、厨房へ消えていった。

「すげぇー気になりますよ、グルガーさん」


 正式名称がまさかの物体X。

 この激マズ飲料は、効能が実に異常なものだった。

 飲めれば、飲むことを継続出来るなら、かなりのチートアイテムだったのだ。


 これは熟練度鑑定を持っていないと分からない為に、この三ヶ月間で俺以外が飲んでいる姿を、見たことがない。


 実は訓練の初日終了時点で、魅了を除く全異常耐性の熟練度と、ステータスの全パラメーター上昇増加し熟練度が上がっていたのだ。


 翌朝、俺は怪しいと思っていた物体Xを飲むと、初日に軒並み上がっていた熟練度が微増していたのだった。

 これは飲むべきだと思い、それから毎食後にきちんと飲み続けているのだった。


「それにしてもドMに味覚障害って酷くないですか?」

 帰ってきたグルガーさんに話を蒸し返す。

「いや、あれが飲める時点でドMなのは間違いない。それに体術の修行なんて、ルシエルのように続けられるやつを、俺は今まで何人か見てきたが、そいつ等はそういう属性だった」

「いやいや、俺はノーマルですから」

「まだ若いし、恥ずかしいのは仕方がないよな」

 何故か優しく肩を叩かれた。

「ハァ~。今日も修行に行ってきます」

「おう。頑張れよ。その前に飲んでいけ」

 ジョッキで出てきた物体Xを頑張って飲み干し、俺は訓練場へと向かった。


 俺はこの三ヶ月で、体術スキルレベルがⅡになり、聖属性魔法のレベルはⅢで、もう直ぐⅣになろうとしている。

 魔法にスキルレベルがあるとは思いもしなかったけど、これも昼夜問わず対人にヒールを掛けていることが、影響していると思われる。

 イメージより実戦の方が熟練度も上がっていくのだろう。

 体術は三ヶ月の修行を経ても、レベルがⅡで止まっているのは資質の問題なのだろう。

 ただ俺の心が折れないのは、少しずつではあるものの確実に熟練度が上昇していることが分かっているからだ。

 ギルドの仮眠室を借りて、体術と聖属性魔法を磨き続けた。何故か二月目から仮眠室のベッドが良いものに替わったのだが、御礼を言うともの凄く不憫な眼で見られたことは、気にしないことにした。

 この三ヶ月で変わったことは、冒険者のランクがFまで上がったことぐらいで大きな変化はない。


 先日Fランクになった時にブロド教官から提案を受けた。

「俺が休みの日は訓練のノルマをこなしたら、自由にしていいぞ。まぁ暇なら、冒険者ギルドでしている魔物の解体を手伝ってくれてもいいぞ」

 そう言われた。


「えっ?ギルド内に、魔物の死体を運んでいるってことですか? それに解体まで?」

「ああ。お前だって、いつも魔物の肉をたらふく食ってるだろ? あれは全てギルドで解体されたものだぞ」

「へっ? あれって魔物だったんですか?」

 あんなに美味い肉が魔物だったなんて、本気に吃驚だ。


「何を今更」

「でも、冒険者ギルドに来てから、魔物の死体を見たことがありませんよ? 冒険者達も持ってないですよね?」

「おいおい。魔法の鞄があるだろうが。本当に今更何を言っているんだ?」

 ブロド教官は完全に呆れていた。

「その魔法の鞄は鞄より大きいものが入ったり、入れたものの重さを感じなくなるあれですか?あと中に入れたものの時間が止まって保存されるってやつですか?」

「時間が止まる訳が無いだろ。まぁ魔法の鞄よりも大きいものが入る、凄いものではあるがな」

 この世界でファンタジーに触れるのは、魔法だけだったから、これには少し心が躍るぞ。

「やっぱり高いんですか?」

「ああ。金貨で最低三枚はするな。ただ、その分のリターンも大きいからな」

 なるほど。だったら中堅の冒険者は持っているだろうな。新人でも裕福な家庭で育った人は持っているだろうし。

「いつかお奨めのお店を教えてください」

「いいだろう。じゃあそのうち解体も出来る様に、手配をしておこう」

「お願いします」

「よし。雑談はここまでにして、今日は俺が特注で作ったこの大木剣で相手をするからな」

「・・・あのう、いつもよりも更に、いや全力で手加減をしてください」

「弱気だな」

「きっと、その大木剣で殴られたら、軽く骨折くらいすると思います」

「まぁ手加減はしてやるが、手は抜けん。骨折しないように努力しろ。さぁ来い」

 こうして骨折はしないまでも、俺のボコボコにされる日は続いていく。


 そして三日後。

「ルシエル君で良かったよね?良く来たね。僕はガルバだよ」

 解体作業部屋に入った俺を待っていたのは、狼獣人で体躯が良く、強面ではなくイケメンだった。

 そしてある人物をシャープにすると、ガルバさんにとても良く似ていると思った。


「初めましてルシエルです。今日は、宜しくお願いします」

「宜しくね。でも、弟と話すみたいでいいよ」

「じゃあ、やっぱり?」

「そう。グルガーは僕の弟なんだ」

「似てますもんね」と俺は笑う。

「それは嬉しいね」

 グルガーさんとの兄弟仲は良さそうだった。


「じゃあ、今から魔物を解体するんだけど、魔物によっては死んでも硬いし、毒があるものもあるから、最初は見ててね」

 鞄に手を突っ込むと、出てきたのは猪だった。

 しかし「ま、魔物ってこんなに大きいんですか?」

「えっ?ああ。これは普通じゃないかな?」

 出された魔物は、軽自動車並みの大きさがある猪で、それをガルバさんは片手でテーブルにドンっと乗せて俺を見て言った。

「じゃあ解体していくよ」

 俺はこの人も超人?超獣人?に認定した。


 こうして皮を剥ぎ、内臓を掻き出し、肉をブロック状にしていくと、違う魔法の鞄に入れていく。

「解体後は、ギルドの厨房や街の肉店なんかに卸して、ギルドの運営費としているんだ」

「そうなんですか。でも、俺がいると邪魔になる気がしますけど?」

「それはいいんだ。もちろん解体は経験してもらうけど、ブロドが君を此処に寄越したのは、魔物の弱点や、攻撃が通りやすいところを、探す目を養う為だろうし」

「どういうことですか?」

「治癒士の君が冒険に出た時に、生存率が少しでも上がるようにだと思うよ。最近は君みたいに、熱心に事前準備をして、頑張る新人冒険者は、あまりに少ないからね」

「俺の場合は死にたくないから、ですけどね」

「冒険者はそれが普通なんだけどね。今は英雄志向が強い人達があまりに多いからね」

 ガルバさんは残念そうに首を振った。こうしてガルバさんと話をしながら、俺も小さいホーンラビットを数匹解体した。

「予定が無ければ、また来週に来てね」

 こうして俺のスケジュールに解体作業が加わった。


 この日の夕食は、俺が解体したホーンラビットの料理が出された。

 食事に対してもう少し感謝するべきだったと再認識して、祈ってから食事を開始するのだった。


 最近ブロド教官は忙しいらしく、三日に一度は何処へと出かけていく。

 だったら、ガルバさんのところへ行こう。そう考えていたところで、あまり接点の無かった受付嬢のナナエラさん、ミリーナさん、メルネルさんに声を掛けられた。


「ルシエル君、貴方の知識がかなり偏っているから、勉強を見てあげてくれってブロドさんからお願いされたの。だから私達が教えてあげるわ」

 三人が道を塞ぎ、妙な威圧感を出していた。


 これを断ると後が怖そうだったので、提案を受け入れて今日は勉強をすることにした。

 たが俺には一つ懸念があった。

 三人はかなりの美人で性格もよく、このことで冒険者達から疎まれるかもしれない。

 俺はそれが心配で、そのことだけを考えていた。しかし俺の心配は完全に杞憂に終わった。


 後で知ったことだが、周りからは既に鍛錬馬鹿として認識されていて、人畜無害な存在であると認定されていたのだ。

 更に、この三ヶ月でお金を持たない何人もの冒険者の怪我を治しているため、冒険者の好感度は、そこそこ高いことも背景にあったらしい。

 このことから、そんなに憂うこともなく、三人に勉強を教えてもらうことになった。


「そんなに構えなくても、大丈夫ですよ。ルシエル君」

 ナナエラさんが正面から微笑む。

「そうよ。識字能力はあるんだし簡単よ」

 右隣で微笑むミリーナさん。

「さあ始めるわよ」

 左隣に座ったメルネルさんが悪戯な笑みを浮かべて言った。


 三人の配置もそうなのだが、俺はこの世界で初めて冊子ではなく、ハードカバーを目の前にしていた。これが気にならない訳なかった。


「あの皆さん、とても近いです。それにお仕事は大丈夫ですか? それとそのたくさんの資料は何ですか?」

「私は魔物図鑑と魔物の討伐部位一覧、お奨めの魔物の部位を使って作る武器や防具一覧です」

「私は野草全集、茸と果物全集、薬学の知識初級編よ」

「私は名産特集よ。この土地に行ったら土産にはこれを買えってガイドブックよ」

 それぞれをナナエラさん、ミリーナさん、メルネルさんが順番に自分の持ってきた資料を説明したのだった。

「あのそれって全部必要なんでしょうか?」

「「「勿論」」」

「わ、分かりました。じゃあどれから勉強した方がいいでしょうか?」

「今日は私ですね」

 ナナエラさんが手を挙げ二人は微笑むと本を置いて受付へと戻っていった。


 こうして俺はこの世界に於ける現在の常識を学んでいく、良い機会を得ることになった。




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