53 言葉の重み 新たな目標
メラトニの街の冒険者ギルドの食堂は珍しく閉じられていた。
ルシエル、ブロド、ガルバ、グルガーの四人が集まって酒を呑んでいた。
「早いものだな。あっという間に帰還してその後にイエニスで治癒ギルドの建て直しか?」
「そうですね。まぁ、このグルガーさんにもらったレシピで頑張りますよ」
「いざとなったら逃げて来るんだからね。悪いことに手を染めていなければ助けるから。まぁそんなことをしないとは思うけどね」
「勿論です。死にたくないのもですけど師匠たちに顔向けできないことはしませんよ」
「けっ、また修行を途中で放り出しやがって」
「ブロド師匠そこは気持ちよく送り出してくださいよ」
「まぁブロドの気持ちも分かるよ。急激に伸びないけど叩けば叩くほど少しずつ成長するんだからね。十年も鍛えれば僕等にかなり近づけると思うしね」
「・・・頑張っても十年じゃ無理です。目の前に居るのに気配が無かったり、一瞬で裏に回っていたり、斬りかかった剣を刃を潰してある剣で切り裂いたり明らかに人の領域を超えてます」
「ルシエルの回復魔法も十分に人の領域を超えていると思うぞ」
「先日漸く聖属性魔法のレベルがⅩになりましたけどまだまだです。ボタクーリの件で自分がきれいごとしか言ってないことに吐き気もしましたし、もっと色々出来たはずだと悔やんでいます。魔法を使えば外傷は治りますけど心の傷や病気までは治せないですからね」
「ルシエル君、ボタクーリは結局治癒院を孤児院に変えたし、傲慢な性格も嘘のように無くなってきているって聞いてるよ」
「はい。でもそれは俺の力ではないです。結局大司教様がボタクーリの心を溶かしながら、真摯に説得し続けたからです。今回は権力というものを俺が履き違えていたのだと反省させられました」
「当たり前だ。二十年も生きていないお前の言葉なんて、倍以上生きている俺達の世代には小僧のきれいごとでしかない。本当に説得するんであれば、俺達に相談してから、きちんと自分の中に落とし込まないと説得力も何にも感じない。それこそ上辺だけのものになるだろう」
「まあね。若い人が陥りがちだけど、勘違いして全部がきれいごとで進めるほど、単純なものばかりではないってことだね。ルシエル君は今回の経験を踏まえて少しずつ成長していくんだよ」
「言葉はその人間がどう生きてきたかによって言葉の重みが変わってくる。だから肩肘に力を張る必要は無いが、天に対して恥ずかしいと思えることだけはするな。そして精一杯に生きて足掻いて成長していけ。立ち止まることもいいだろう。そのときは俺達に頼れ。人はすべてが完璧であることなどありえない。人によって考え方も様々だ。迷ったら一人で進むな。最後に決めるのが自分であっても相談には乗ってやれる。自分の性根が腐ったと少しでも感じたら鍛えてやる。だから孤独にはなるなよ」
あ~あ、この人は、この人達はでかい。
「そういうことだ。さぁこの新作の物体Xドリアでも食べて頑張れ」
「うっ凄い臭いって何でみんなそんなに遠くに行ってるんですか」
「ルシエル君さっさと食べて浄化魔法をかけて」
「馬鹿弟子。さっさと食わないと訓練で態と斬りつけるぞ」
「きっと不味いが頑張れ。代わりに伝説が残した秘伝のタレのレシピをやる」
俺は三人には、いつまで経ってもやはり敵わない気がしながら、物体Xドリアを食べるのであった。
味は今まで一番ヤバカッタ・・・。
ボタクーリは結局資産価値のあるものを売却して奴隷として売ってしまった者達の買戻しが少しでも出来る様に教会に頼むことになった。そして治癒院は教会の預かりになったが、財産としてはボタクーリのままとして彼を孤児院の院長に据えた。
また治癒士としての腕があるためガイドラインに沿った金額を患者から受け取り、生活費と孤児院の運営費と治癒士ギルドへのお布施の他は奴隷に対しての基金を治癒士ギルドに作った。
その他にも活動の幅を拡げて新人の為に講習を開いていると聞いている。
俺には考えつかなかったし、人の心を分かったような気がしてしまっていたことに気がつかされた。そんな一件だった。
一度孤児院を作ったボタクーリに会う為に孤児院に行くと彼は俺を見つけるとニコリと微笑んで会釈をしてくれた。
俺は何故か涙がこみ上げてきた。自分の不甲斐なさや浅はかな行動で傷つけてしまった人が俺に笑って会釈をしてくれた。それだけなのに……
彼は黒に近いグレーの道を歩んできた。
だけど俺はもっと深くこのことを考えるべきだったと今も尚、考え続けている。
きっと正解がたくさんあるかもしれない。
俺は決心した。寿命で死ぬことの他に、自分の能力で同じように苦しんだ人を一人でも多く助けられるようにこの世界を生きていくと。
そして月日は流れ、治癒に対してのガイドラインと法案が聖シュルール教会本部で採択され、それが各国各支部にある治癒士ギルドに配布され各治癒院に伝わることになった。
そんな俺は今、教皇様の私室に来ていた。
「今日までよく、教会や治癒士ギルドの為に尽力してくれたのじゃ」
その神秘的な声が教皇様の私室に響く。
「はっ。勿体無きお言葉感謝に堪えません」
俺はいつも通り片膝を立てて頭を垂れていた。
「三年の歳月を教会本部で過ごし、諦めていた迷宮の踏破から始まり、今回のガイドラインの作成と法案の骨格作り、聖シュルール協和国内の治癒院に対しての監査と本当に大きな仕事をしてくれたのじゃ」
ええ。そこまでするつもりはありませんでした。それはジョルドさんたちが暴走したことが原因です。何度、雷を落としたことかわかりません。
「ありがとうございます。迷宮は未だ運が良かっただけだと思っております。またその他に関しては私だけの力ではありません。多くの教会関係者、治癒士ギルド関係者が同じ思い感じていて、たまたま私が主導したに過ぎません」
「うむ。そうであってもじゃ。当時の妾がこの教会を引き継ぐことになったのは父様の娘だったからじゃ」
そういうと教皇様はこちらからは隠れて見えないイスを降りてこちらに向かってきた。
教皇様は金髪慧眼でこんな人がいるのか?そう疑いたくなる程に精巧な人形を神々が作り出したかのようなご尊顔をしていらっしゃった。
神聖なオーラを纏いその笑みは見るものを全てを魅了してしまう・・・惚れるとかではなく、ただ美しかった。
「お父様は大陸の中心部に位置するここに敢て聖シュルール協和国聖都シュルールを御創りになられた。人々が救いを求められるようにそして妾が戦火に巻き込まれても共闘してくれる国があるようにじゃ」
先程から言われているのってレインスター卿?・・・教皇様っていくつですか?
「その顔は妾が何歳か? そんな感じじゃな。妾はもう三百二十二歳になる」
「・・・私の常識では普通死んでいると思うのですが?」
「ああ。母がハイエルフだったことが関係しておるのじゃ。」
「レインスターさんって奥さん一人ではなかったんでしょうか?」
「いや、確かに妻はリーザリア様であった。優しく負けず嫌いな性格で良く妾とも遊んでくれた。母とも仲が良かったが一度だけ抱いて欲しいと父様に懇願した。そうして生まれたのが妾じゃ。」
「異種族って子供が出来難いと本には記載があったと思うんですが、本当に奇跡だったんですね」
「まぁ父も母も色々とおかしい人たちじゃったからな」
教皇様は何処か懐かしむように外に視線を向けた。
「教皇様が顔を隠されているのはその為だったんでしょうか?」
「うむ。昔はハーフは良く思われていない時代が続いていたからな。妾の耳はそこまで尖っていないし丸くもないからハーフエルフとは見られなかったが、歳を取らないと思わせるのを神の恩恵として神聖視してもらう作戦でもあったのじゃ」
色々ツッコミたい。でも今は他に聞くことがある。
「・・・それを何故私に伝えたのでしょうか?」
「妾では出来なかった父様が創ったこの教会と治癒士ギルドの意志や権威を再び復興させてくれようと頑張ってくれているのにいつまでも顔を隠していることなど妾は出来ん」
「至極恐悦に存じます」
「うむ。御主が教会に身をおけばどうなるかは分からなかったかも知れぬが・・・妾はそなたを応援しているぞ」
「…?はい。各地を回りながら自分に出来る範囲で進めていこうと考えております」
「手紙もしくは先日渡した魔通玉で連絡を入れるように、しかとその胸に刻みイエニスへと旅立つことを命じるぞ」
「はっ。粉骨砕身努力することを誓いイエニスへ向けて出発させていただきます」
「健闘を心の底から祈っておるぞ」
「はい」
この翌日早朝、俺と俺の部下さんたちはイエニスへ向けて出発した。その後各地で聖シュルール教会本部から治癒士ギルド本部から治癒に対してのガイドラインと新しい法案が世界を駆け抜けた。
これによりS級治癒士ルシエルの名が世界に知られることになった。ルシエルがこの世界に来てから丸五年の歳月が経過していた。