52 ルシエルの裁き
治癒院の一階が喧騒に包まれている中、上の階から一人の患者が運び込まれた。ボタクーリこの治癒院の院長である。
ボディガードの傭兵が叫び治癒士達もボタクーリを助けようとするが回復魔法では病気は治らないし解毒魔法であるキュアも唱えるが効果はないままだった。
俺が近寄ろうとした時だった。何人もの人がバリケードを作って処置室に入ることを拒んだのだった。
「私はS級治癒士のルシエルです。今日からお世話になるのでまずはボタクーリ殿を治療させていただきたい」
「それは困ります。あなた様はご主人様が遠ざけておきたい人です。近寄っただけでさらに気分を害してしまうでしょう」
「治療をしなければボタクーリ殿が死んでしまう可能性だってあるんですよ?」
「はい。私達はもう死んで楽になりたいのです」
「おい、お前等何をやっているんだ、S級の治癒士なら旦那を助けられるんだろ?」
「そうだ。おれ達は金をもらってないんだから、今死なれたら困るんだよ」
「斬るぞ、さっさと開けろ」
「は〜いそこ、まず剣をしまってください。それとあなた方は何なのですか? ボタクーリ殿が死んだら何であなた達が死ぬようなことになるんですか?」
「ルシエル様、もしかすると彼らは奴隷かもしれません」
「奴隷? あれ? でも首輪は無いよね?」
「一体いつの話ですか? 今は身体の心臓のある胸か背中、後は首のいずれかに魔紋を打ち込めばそれで終わりです」
「へぇ~、その効果は?」
「段階によって変わります。絶対支配、肉体支配、簡易支配です」
「ちょっと物騒だけど?」
「そうですね。絶対支配は裏切らないように命令には絶対服従で感情もなくなっていきます。肉体支配は命令で身体の自由も奪い動こうとすると激痛が走ります。この二つは命令で自分が死んだあとに奴隷をどうするか設定出来ます」
「それって道連れか誰かに引き継ぎか解放するかってこと?」
「はい。簡易支配は痛みを伴うだけで主人への攻撃や自殺などは出来ませんが、行動は比較的自由です。ただ主人の命令が無く一キロ以上離れると激痛に襲われます。また主人が死ぬと簡易奴隷は解放されます」
「奴隷の条件は違法、借金、犯罪、戦争奴隷?」
「はい。全て奴隷商で決められます。違法奴隷は簡易支配のみとなり借金奴隷以降はその時の当事者が決めます。奴隷商が勝手に決めると神の裁きが下るのでそうなっています」
はぁ詳しいね。なんでこんなにスラスラ出てきたのかねぇ。
「それであなた方も死ぬのですか?」
「ええ。解放されない人生なんてもう生きている価値も無い」
「なるほど。もしその奴隷契約から解放されるならボタクーリさんを殺しませんか?」
「・・・一生許さないでしょうが、ここではないところで暮らしたいと思います」
「他の皆さんは?」
口々に殺すとは言わないのだから吃驚だ。
「誓約できますか?」
すると全員が頷いた。
「なるほど。えっとジョルドさんと神官騎士のピアザさんはちょっとクララさんを含めて事務処理できる人を連れてきてください。私の名前を出してくれて構いませんよ」
「「はい(はっ)」」
二人が出て行くのを見送りながら俺は奴隷さんのバリケードに話しかける。
「悪いようにはしないので通してください」
俺がゆっくりと歩くとバリケードは解けていく。S級になって箔がついたのか?そう思いながら未だに青い顔で魘されるボタクーリを見つめて言葉を掛ける。
「治癒士ボタクーリよ 汝を助ける為には それなりの対価が必要だ 汝が生きたいと願うならば 財と治癒士ギルドに従うことを対価として制約せよ」
「・・・・うぅぅちかう」
小さな声で誓った彼は対価を制約した。
俺は順番にハイヒール、ピュリフィケイション、リカバー、ディスペルを順番に掛けていくとボタクーリの顔色が正常戻っていった。
「傭兵と治癒士の皆さん。今の治癒の証人となっていただきます」
彼らを見ると何故か何度も頷いていた。
そこにクルルさん達が来てくれた。
「ルシエル君? これってどういうこと?」
「ああ、丁度良かったです。今朝来たらボタクーリ殿がここに運ばれてきていて、先程回復魔法を掛けたので命に別状はありません。それで、ここにいる奴隷達も解放しようと思っているんですが、犯罪奴隷はさすがに困るので治癒士ギルドに従うことと財を対価にしてあるので、彼の私室に行ってボタクーリ殿の黒いところは白く正そうと思います。なので今から私室を手分けして捜査してください」
「・・・ルシエル君、結構悪魔みたいなことをするのね?」
「・・・心外ですよ。今作っているガイドラインと法案に向けて色々正さないといけないことも出てきましたからここは、そのテストケースにすることにします」
「問題が減るのはいいけど圧政は駄目よ」
「そんなつもりは一切ないですよ。私も数ヶ月は普通に働くつもりでしたけど、入った途端この状況だったんでこっちが参っていますよ」
「わかったわ。じゃあ調べればいいのね。でも治癒院を調べるって初めてだわ」
「治癒士ギルドに加入した頃に査問委員会があるって聞きましたけど、それも機能していなかったのでこれからは健全な組織になる為にこういうことが増えると思いますが、お願いします。」
「いいわ。S級治癒士のルシエル様の頼みですから」
「…君でいいですよ」
誓約を聞いていた傭兵や治癒士達は見ているしかなかった。こうして家宅捜索が行われた結果、奴隷達は二人を除き無理矢理奴隷されたことが判明した。
「じゃあ奴隷の皆さん集まってください。」
ピュリフィケイションでは何故だか分からないが呪いが解けなかったので、ディスペルを使用すると魔紋が消えていった。
勿論誓約は済ませてある。全ての奴隷を呼んできてもらい実に二十名近くの奴隷がいたが二名を除いて呪いを解除した。
「誓約通りここからあなた達はボタクーリ殿に危害を加えないまま出て行ってもらいます。そして支度金として一人銀貨十枚をお渡ししましょう。これで人生をやり直してください。冒険者ギルドでも頼りになる人達はいますからね」
「ルシエル君ちょっとマズい物が出てきたわ」
銀貨を渡し終えた俺に声を掛けてきたクルルさんは羊皮紙の束を渡してきた。
「イルマシア帝国の奴隷商人のリストと販売先・・・これって」
「ええ。これだけの人をこの街の治癒士が奴隷にして送っていたってことよ」
「・・・・」
俺は百枚を超える羊皮紙を捲り続けてボタクーリのところへと向かった。
診察室で既にボタクーリは起きていた。
「S級治癒士になってこの私が命を救われるとはなぁ」
「救ったのはそれが命だからでアンタだからじゃない。それよりも聞きたいことがある」
「S級治癒士様のお言葉なら聞くしかないのだろう?」
「何故帝国の奴隷商に無理矢理奴隷にした人達を売り始めた。それも二束三文で。優秀な治癒士が何でそんな道を歩んだんだ」
「・・・そんなことはとうに忘れた」
「・・・誓約だ。治癒士ギルド教会本部として命じる何故だ?」
「・・・娘の為だ。治癒士は何でも治せる。そう思っていた。だが、病気だけは無理だ。妻に先立たれていた私は娘しかいなかった。だから帝国と娘の命を助けるために取引をした」
「それが奴隷か。だったら娘さんは何処にいるんだ?」
「もう十年以上も会っていない。帝国で奴隷となって暮らしていると聞いている。だから私は娘を取り戻すために奴隷が必要だったんだ」
「……十年以上も、これだけの人を送ってもか?」
「・・・」
「娘さんに同情はするし、アンタの親としての気持ちも分かるが何故娘を帝国に預けたんだ。薬なら教会本部に掛け合って薬師ギルドに頼めばよかっただろ」
「・・・エリクサーが作れるなら私だってそうした。だが、薬師ギルドは匙を投げた。そんなものが作れるはずがないと。だがそれに近いものが帝国で開発されたと聞いた私は飛びついた。それの何が悪い」
「ボタクーリ…アンタに家族がいるように奴隷になったもの達にも家族がいたんだ。そのことを考えてみろ」
「・・・」
「治癒士ギルド教会本部として命じる。自らの命を絶つことを禁じる。さらに財は全てぼs・・・いや、資産価値のあるものを全て売却せよ。そしてこの治癒院を教会預かりとして孤児院として取り扱う。」
「孤児院だと・・・」
「そうだ。残りの人生全てを掛けて償いながら、奴隷にしてしまったものの代わりに多くの子供を導いて、どんな治療も銀貨一枚で応じ、孤児院の子達には無償で治癒することを誓約せよ。娘の為にもな」
ボタクーリが俺の前で誓約することはなかった。
後日ボタクーリの傘下となっていた治癒院も全て監査が入りメラトニの街の治癒院は一歩早く改革の波に巻き込まれていく。治癒院の値段をだいたいで設定して料金に関しても分かり易く書いたものを冒険者ギルドや治癒士ギルドにも貼ってもらった。
犯罪奴隷以外は解放して新しくなった孤児院で働くか、冒険者になるかのどちらかになった。こうして色々な監査を通して接客以外の治癒院のあり方を俺は学んでいった。気がつけば俺が旅立つ日が刻一刻と近づいてきていた。