51 メラトニ最大治癒院長ボタクーリとの再会?
慣れ親しんだ仮眠室とベッドは相変わらずの綺麗なままだった。
俺がいた時と全く同じ配置だったこともあり、掃除してくれていたことを思うと色々こみ上げてくるものがあった。
「さっさと寝るかな。確かに明日は初日だからなぁ」
俺は天使の枕を取り出すとベッドに入った。
「それにしても二年で受付さん達が三人も結婚しているとは思わなかったなぁ。それに新しい受付さんには怯えられるし・・・もう寝よう」
俺は目を瞑り眠りに就くまでの短い時間で今日あったことを思い返していた。
ブロド師匠やグルガーさん、ガルバさんの兄弟と物体Xを飲んでいないので酒を呑みましょうと誘った。
「明日の朝も鍛えるし、お前と酒を酌み交わすのはお前が旅立つ時でいいだろう」
「そうそう。明日から敵の本拠地に向かうんだから準備は怠らないようにしなきゃね」
「まぁ呑むよりも新作だ食べろ」
三人と酒を酌み交わすことはまだ気になりそうんだと口に運んだ新作料理は酷い味だった。
「これってもしかして?」
「ああ。料理のスパイスになるかを試していたんだが、あれを飲めるルシエルじゃないとこれは食えないと思っていたからな」
「何をさらりと自分が飲めない物体Xを混ぜたものを食べさせるんですか!」
「料理に多少の犠牲はつきものだ」
「・・・それって勝利では?」
「どうでもいいが馬鹿弟子さっさと食べろ、徐々に臭さがやばいことになっている」
「ルシエル君、頑張って」
「はぁ~。もうやけくそですよ。食べて見せますよ」
こうして俺はお好み焼きのソースが物体Xに変わったような料理を掻き込んだ。
「で、お前以外も食べれそうか?」
「・・・無理です。予想以上に暖かくなった物体Xは口の中で臭さとエグミを増幅させて暴れます」
「じゃあ今度はこれな」
「・・・あといくつあるんですか?」
「九品だな」
「・・・グルガーさんの俺が気に入っている料理のレシピをもらえるなら食べてもいいです」
「ほう。だったら試食一品で一つレシピを教えてやる。まだまだ作ってないのがたくさんあるから楽しみだ」
グルガーさん?
「何処か師匠と同じ目をしていますが?」
「グルガーはね、探究心が昔から強かったんだよ。だから料理をルシエル君に食べてもらえばどんどん新しいものを作れるし作ったものを無駄にしないとわかってきっと嬉しいんだと思うよ」
さらりと弟の性格を教えてくれたガルバさんだったが、グルガーさんの暴走を止めるどころか面白がっているだけだった。
「ブロドさん、グルガーさん、ガルバさん、ルシエル君、私達はこれで帰りますね」
そこで声を掛けてもらった方を振り返ると腕を組んだバザンさんとナナエラさん、セキロスさんとメルネルさん、バスラさんとミリーナさんがいた。
「あれ? 皆さんってそういう関係だったんですか?」
「ああ。これもルシエルのおかげだ」
「僕等もこの街が過ごし易くてね」
「ルシエルの話で盛り上がってな」
「最初は怖いと思ってたんだけど話してたら良い人に思えて」
「私はノリは軽いのにしっかりと考えているところに私が惚れちゃって」
「私は実直なところに惚れたってわけよ」
「まぁそういうわけだ。ルシエルには様付けに呼べと言われても応じてやる恩義はあるぜ」
「ご馳走様です。あとAランクが様付けしないでください。変な想像しかされなくなるのは困ります」
「ははは。ブレないね」
「まぁ、この街とギルドは俺達とそこにいる旋風様や不動様や隠遁様に任せておけ」
兎に狼とか大丈夫なのか?そんなことを思いながら彼らを見送った。
「時は平等に流れていますね。俺も驚かせたかも知れませんが十分皆さんも俺を驚かせてくれます」
「そうだよ。まぁ変わらない人もいるよ。例えばボタクーリとかね」
「命は狙われないと思うが、ボタクーリよりもその奴隷達に気をつけろ」
「奴隷ですか?」
「ああ。ガルバが掴んだ情報では不当に扱われている奴隷リーダーが反旗を翻そうと画策していたことがあったらしい。それに最近では血圧を下げる薬を購入しているらしい。」
「ボタクーリにですか? 治癒士には治せない症状だから薬師にから購入しているんですか? 何か病気なんですかね?」
「あ~奴隷が購入しているんだけど、多分ある程度信用している奴隷に裏切られているんだろうね。ルシエル君が来るって分かってから一度倒れたらしい。それから薬を購入し始めたみたいだからね」
高血圧?それとも不安になって卒倒した?あれでも貧血じゃないからいいのか?
「俺ただ来ただけですよね? それに教皇様が研修先を選んだんですよ? 別に反論もしませんでしたけど」
「あいつのことは昔から知っている。優秀な治癒士だったんだが、いつからか金に対して凄くがめつくなっていったんだ。それが良いか悪いかは別としてあそこまで治癒院を大きくしたのは間違いないがな」
「へぇ~、やっぱり元々は優秀だったんですね」
「ああ。俺達も治療を受けたことがある。まぁ冒険者時代のことだがな」
「・・・そっちに興味がありますけど?」
「はっ聖変様に伝えるような話は持ってないぜ。そろそろ寝ないと明日の訓練が持たないぞ」
「?!……朝からそんなに追い込まれるんですか?」
「あ、俺のことを超えるんだろ? だったら師匠として弟子に全てを伝授していかないといけないだろ?」
俺はこの時まだまだ自分が慢心していたことと口は災いの元という言葉があったことを思い出し後悔した。
後悔先に立たずとはよく言ったものである。こうして歓迎会の最後まで話していた冒険者ギルドの重鎮三人衆と俺もこれでお開きとなった。
地下室に向かうときに受付を通って声を掛けようとしたらビクビクしていたので会釈だけしてきたが、怖がられている理由は分からなかった。
そんなことを思い出して俺は漸く眠りへと就いた。
「ふわぁ~あ。懐かしい天井だな」
目が覚めた俺はストレッチと魔力操作をしているとドアがゆっくりと開いた。
「・・・なにをやっているんですか?」
「ちっ起きてたか。怠けていた訳じゃなさそうだな。まぁいい。まずは訓練場の周りを全力で走るから、身体強化を使っていいから全開で付いて来い」
「了解です」
早く走る、それだけのことを真剣に取り組む。前世で走るランナーをテレビで見ていて彼らを突き動かすものが一体何なのか?それを見て心が揺さぶられるのは何故なのか?を真剣に考えてことがあるけど当時は分からなかった。
今の俺も明確な答えがあるわけじゃないけど、きっと努力することや自分の限界を超えてようと足掻く先には何かがあるんだろう…そう思っている。
逃げない記憶は自分だけのものだけど、誰かが何かに長い時間を真剣に取り組む姿を見て感動するのはきっと自分にもあるはずのその何かが訴えかけていたのではないかとそう感じるようになった。
「全力だ。腕を振れ足を上げろ限界なんて自分で決めるな。天才にだって凡人が勝つことなんていくらでもある。お前の覚悟を俺に示せ」
そしてブロド師匠の扱きに耐えた俺は成長していきたいと思いながら、グルガーさんの出した朝食を己の限界を超えるように頑張って食べた。味は勿論最高に美味かったとだけ伝えておく。
冒険者ギルドの厩舎にいるフォレノワールに挨拶をしてから、ボタクール治癒院に来たのだが三階建てのその建物は冒険者ギルド並に大きかった。
「こんなに治癒院ってでかいんですか? 入院患者でもいらっしゃるんですか?」
「ここまででかい治癒院は殆ど聞きません。情報では三階が全て院長の私室と居住スペース、二階が奴隷と治癒士の居住空間、一階で診察を受けられるスペースと護衛として傭兵が配備された部屋になっているそうです」
「それって一般的な治癒院ですか?」
「一概には言えませんが傭兵まではいなくても用心棒のような存在がいることはよくあります」
「・・・よくあるんだ」
「治してお金を払わない人はいませんが、少し払えばカードに犯罪者の証明がつかないケースが昔に多発しまして。今では改善されていますが、その頃の影響がやはり今でも残っています」
そんなに荒くれ者が多いときもあったんですか?あれ?治癒院が報復に出たのはその為か?これってもう少し色々ガイドラインと法案に色々加味していかないと猛反発を招くな。
「何はともあれ行きましょうか」
俺は治癒院の扉を開いた。
「しっかりしろ、ボタクーリの旦那」
「おい治癒士なんとかしろよ。まだ支払いも済んでないんだからな」
「薬も持ってこい!」
中に入るとそこはまさしく戦場だった。ボタクーリの旦那?その声に反応して見えたのは青い顔をしたボタクーリが意識がないまま、ストレッチャーに似た何かに乗って今まさに一階に運ばれてきた様子だった。
さすがに死んでもらっても困るので俺はボタクーリが運ばれた診療スペースに向かって歩き出すのだった。