49 メラトニへの凱旋 ボタクーリに迫る危機
二ヶ月前に申請した治癒院の現状を知るため、受け入れ先となったメラトニの街の治癒院へ向け俺はフォレノワールに乗って、今日で四日目の旅をしていた。
鍛冶屋に馬が身体を痛めない鐙を作ってもらい、乗馬姿勢を維持するのも楽になり、フォレノワールにヒールや浄化魔法を掛けては進んでいた。
俺は三日前に出発して、聖都シュルールに来た時のルートを逆走する形で旅をしてきた。
理由は簡単だ。今回は俺とフォレノワールの一人と一頭の旅ではないからだ。
今回の同行者は護衛依頼を受けてくれた白狼の血脈だった。
「やっと見えてきたな聖変様」
「ルシエル様は一気に偉くなったよね」
「さすがドS治癒騎士長様だ。俺たちが見込んだだけはある」
バザンさん、セキロスさん、バスラさんが順番に口を開く。
「様付けや、通り名は止めてくださいよ。特にバスラさんは何で最新のしかも騎士団しか知らない通り名まで知っているんですか!」
「あっちにいる騎士達に聞いた」
バスラさんが視線を向けた先には馬車を守るための若い神官騎士が三名いた。その馬車に乗っているのはジョルドさんを含めた数名の治癒士で彼らは俺に帯同してイエニスに向かう初期のメンバーに任命された人達だ。
そう彼らは名目上俺の部下という形となっている。こうして騎士二名が馬に乗り、一人が御者した一台とバザンさんが御者する一台の計二台の馬車と三騎馬で旅をしてきたのだ。
どうやらいつの間にか彼らと仲良くなっていたらしい。
「・・・口止めを忘れていた」
「まぁ嫌われているよりも良かっただろう?」
「それはそうですがね・・・」
不貞腐されている俺を三人は笑いながら、進んでいると前方に大きな街の外壁が見えてきた。
「メラトニの街よ、俺は帰ってきたぞ」
まだまだ距離はあるが、俺は小声で呟くのだった。
門が近づくと何かがおかしい。おかしいと思ってしまったのは仕方のないことだろう。
何故ならお祭りでもあるのか?と錯覚しそうなほどの人が溢れそうになっていたのだ。
「これって?」
「すごいだろう。メラトニの冒険者ギルドが生んだ聖変の治癒士様の凱旋でこれだけの人が集まるんだぜ?」
「誇っていいと思うよ。まぁ調子に乗ったら旋風様もいるからね」
「そろそろ着くとこの魔通玉で連絡してあったからな」
それを聞いて思ったのはスーパースターになった男が凱旋するってこういう感じになるのか。と他人事のように思えてしまって何処かこそばゆいそんな気持ちになりながら俺達はメラトニの街に到着した。
「おかえりなさい。ルシエル様、カードを宜しいでしょうか?」
そう声を掛けてくれたのは、四年前に初めてこの街に訪れた時もこの警備をしていた方でした。俺は騎乗していたフォレノワールから下馬してカードを差し出した。
「お疲れ様です。カードです」
そう言って渡すと彼は両手で丁寧に受け取り、確認すると返却してくれた。
「確かに、お帰りなさい。聖変様」
そう言って中に入れてくれた。
「おう。弟子よ。ちゃんと鍛錬を怠けてなかっただろうな?」
「勿論ですよ。ブロド師匠にこれからボコボコにされる未来しか想像出来ないのに怠けてたら死んでしまうじゃないですか?」
「くっくっく。だったら今から冒険者ギルドの訓練場に「はい。ストップ。お帰りルシエル君。まずは治癒士ギルドに行ってから、後ろの馬車の人たちを宿に案内させるからそっちが先ね」ちっ」
危うく戦場に連れて行かれるところをガルバさんが助けてくれた。
「おい弟子よ。今日はお前達の歓迎会もしてやるが、この街でも聖変様の気まぐれな日をこのあとにしてもらうぞ」
「はっはっは。そんな威圧で俺が屈するとでも?」
「で? どうするんだ?」
「ありがたくその提案を飲まさせていただきます」
「よし。だったら治癒士ギルドへ行って来い」
「了解です」
こうして俺と教会から来た俺の部下の皆さんは、治癒士ギルドに行く際にたくさんの人から声を掛けられて、俺はともかく後ろの部下の皆さんはぎこちない笑顔で付いてくるのが精一杯になっているように見えた。
「此処も久しぶりだな。じゃあ皆さん行きましょう」
彼らにはここがきっとオアシスになるだろう。そう思いながら治癒士ギルドの扉を開いた。
俺は目を疑った。何故か大人しい役所の印象だったはずの治癒士ギルドがド派手な横断幕で俺達を迎えたのだから街に帰ってきたときよりも俺は吃驚した。
治癒士ギルド メラトニ支部の生んだS級治癒士 ルシエル様 お帰りなさい
これを見た瞬間俺は固まり、今度は拍手されて治癒士ギルドに入りたくないのに入らないといけない…そんな雰囲気になってしまった。
俺はげんなりした感情を無理矢理ポーカーフェイスに切り替えて入ることにした。
「ルシエル君。いえルシエル様、お帰りなさいませ」
迎えてくれたのはクルルさんだった。
「…あ、どうも。なんだか治癒士ギルドの雰囲気が変わりましたね」
「ふふふ。ルシエル様のおかげで私が三十歳にしてここの支部長であるギルドマスターになったのよ。これって女性の最年少記録なのよ。まさか本当にお給料を上げてくれるようになるなんてチューしたいくらいだわ」
すみません。いきなりそのテンションで迎えられてもドン引くだけです。
「…は……っはっは。お気持ちだけで大丈夫です。まずは私と彼らの手続きをお願いします」
「つれないわね。それがS級に昇格する秘訣なのかしら?」
こうして手続きをする前から俺の精神力はガリガリと削られていくのだった。
一方、ルシエル達を迎い入れることになっているメラトニの街最大の治癒院の首領であるボタクーリは治癒院にある私室で荒れていた。
「何故だ~。何故この街、しかも私の治癒院で治癒士の現場と現状を勉強するなんて言い始めたのだ。もしかして私を恨んでいるのか? きっとそうに違いない。あのあと直ぐに治癒士ギルドのギルドマスターが変わった。金は持ち出されていたから、あの男があの小僧に渡す金をきっと持ち逃げしたんだ。おい、私はどうすれば良いのだ? 考えろ」
目の前にいる奴隷達とボディーガードの傭兵達に向かって叱責していた。
ボタクーリはそれはそれは焦っていたのだ。
ルシエルを本部へ飛ばして通常なら五年以上は教会本部で働くことになる。
さらに問題を起こした場所への異動は基本的には無いとされている。
それなのにルシエルはたった二年で戻ってきたのだ。
あれは普通じゃない。
きっとS級になったことで私を嵌めようとしている。
そう思うボタクーリはその血圧が凄まじいほどに高くなっていることも気にせず、どうやってあの偽善者小僧であったルシエルをやり過ごすかを必死に考えているのだった。
当時いた傭兵は居らず、傭兵達はルシエルをわかっていなかったしS級治癒士を殺すこともさすがに考えていなかった。傭兵達も人であり、あれだけの人に好かれている治癒士を殺した場合、自分の命がどうなるかは想像するのも容易かった。
そしていつもと違い余裕の無いボタクーリの姿を見ていたボタクーリの奴隷達は、ある作戦を実行しようと計画を進め始めることにした。