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48 研修先決定。

 相変わらず広い部屋で、姿の見えない女性は俺の話に静かに耳を傾け最後まで聞き終わると静かに口を開いた。

「なるほど。御主の言うことはもっともじゃな。しかし治癒院に一度も入ったことがないとは妾も想像しておらなかったぞ」

 目の前にいる教皇様も含めて、周りにいる侍女たちも驚いているように見えた。


「私の場合は、最初から冒険者ギルドでしたからね」

 俺はこの国の治癒院さえも知らなかったこと、他国の治癒院もこの国にある治癒院とどう違うのか、治癒院の現場や現状を聞くだけではなく現場で学びたいことを伝えた。


「直ぐにでも職場を斡旋したいところだが、流石にここらでは御主を知らない治癒院はないから、いっそのこと御主が此処へやって来ることになった原因の男の治癒院に行ってみるか?」

「・・・メラトニの街ってことですか?」


「そうじゃ。メラトニからこの聖都までの距離は二日も掛からないから、直ぐに呼び戻せることも出来る距離じゃし、報告もすぐ受け取ることが出来るから何ら問題は無いのじゃ」


 あれ?そんなに近かったっけ?まぁいいけど。それよりも気になるのは、俺があの街で治癒士として活動するのは大丈夫なんだろうか?

「・・・えっとただ私がその治癒院に行っても大丈夫なんでしょうか?」


「うむ。御主をS級治癒士に任命した時から賽は投げられておる。どの道を行くとしても、これから進む道には痛みを伴うこともあるじゃろう。ただ本来の形に戻せるなら妾は・・・」

 何処かその綺麗で神秘的な声に、本来の教皇様の願いが込められた声を聞いた気がした。

「ありがとう御座います。ではその件を先方にお伝え頂くのと、日程の調整をお願い致します」


「任せるのじゃ。そうそうルシエルよ、一年後、御主にはまず自由都市国家イエニスへ行ってもらうことになると思うので、そちらのことも勉強しておくように」


「自由都市国家イエニスと言えば、彼らの国にはもう治癒士ギルドが出来たんですか?」


「正確には元々はあったのじゃが、色々な面で問題が発生し、その機能が停止していたのじゃ。御主が土台を築けばきっと良い環境を作れるはずじゃ。だからイエニスの治癒士ギルド及び治癒院に関しても御主が舵をとってくれ」


「……はっ?」

 この人何をいっているんだろうか?

「舵をとってくれ」

 そういうことではないです。

「………サポータを希望します」

 絶対に一人じゃ無理。

「うむ。それは心得ておるから大丈夫じゃ。土台が出来たらもう御主に出来ないことは無くなっているはずじゃから、無理をせずに旅を頑張って欲しい」

 俺より何手も先を読んでいる、まるで棋士のように思えたが、俺が何も考えていなかっただけなのだろうか?そんなことを自問自答しながら俺は頷いた。

「……善処させて頂きます」


 教皇様の部屋から出た俺は勉強先がボッタクリだったけ?あれ?まぁそのような名前の治癒士が経営する治癒院と決まり、最初に向かう先が自由都市国家イエニスになったことを思い返す。

 イリマシア帝国、ルーブルク王国とは反対側で地図でいったら聖シュルールから南に目を向けるとある国だ。


「あとは旅をするのに必要なことや移動時の住の部分などは、メラトニへ行くことになるし、丁度良いから師匠達に聞けばいいか」

 未来のビジョンを想像してそこに突き進むのは重要。だけど今はその前段階のはずだ。

 近未来の行動は固まってきたけど、このあとの情報を精査し、しっかりと準備を整え徐々に先を見据えよう。そこまで考えた俺は試練の迷宮に向かった。


 現在、俺のリハビリは順調に進み三十階層が主戦場となっている。それもこれもこの幻想杖のおかげだ。

 魔力を増幅するこの杖で浄化魔法を唱えると三十メートル四方のボス部屋が一気に浄化され、魔物が消えていくのだ。

 これには使った俺も吃驚していた。エリアバリアで防御を固くして、盾まで構えての魔法だったのに、チートすぎるこの武器にビビッたのは最近のことだ。

 しっかりと盾で防ぎながら、片手剣に変身させた剣でとどめを刺す。これが一週間に一度だけ俺に与えられている祓魔師としての役割になっていた。


「ここまでやってレベルが上がっても聖騎士や神官騎士に勝てないんだから、相性って大事なんだとつくづく思うなぁ」

 ニタニタ笑って斬られに来るレイスを斬ってから、しっかり経験値という糧になってもらい引き返すのだった。

 レイスさんは中々の経験値をお持ちで、俺のレベルはついに55に到達した。物体Xを飲んでいなければと思ったことはない。

 ただ、あれが無ければ死んでいたのだから、今も護身代わりで魔法袋には十樽入れている。レベルが上がらなくなってきたら各パラメーター上昇と各状態異常のスキルの熟練度上げに戻すつもりだ。

 それとレベルアップで上がるパラメーターだが+4って正直低いと思っていたが、既に半年で全てのステータスが二倍以上になっているのでその考えは大きな間違いだった。

「ステータスが戦いの全てじゃない。もう忘れるつもりは無い。ステータスの能力を最大限に使えるかどうかも問題だし、それを処理する脳に掛かっているリミッターの許容範囲を少しずつ拡げていかないと思った通りに動けない」



 能力値が勝っていても負けるのはたぶんそういうことも原因ではないかとカトリーヌさんに聞いてみたら、考えている暇があるなら、少しでも実戦に身をおくことと言われて騎士団の全体訓練に放り込まれ、俺はボコボコにされた。

「まぁエリアバリアを発動したら、周囲の防御力が上昇しすぎて反則扱いされたけど」

 そのため集団戦でエリアバリア、エリアミドルヒール、エリアハイヒールは戦闘訓練中の使用を固く禁じられた。

 斬った側から斬られたものが瞬時に回復していくその姿がまるでゾンビのようで、教会騎士団がゾンビ騎士団では笑えないかららしい。

 それを最初にやり過ぎて、ドS治癒騎士長と影で呼ばれることとなり、泣いたのはつい先月のことだ。


 コホンッ。他にもエクストラヒール、サンクチュアリサークルは教皇様から固く禁止されている。使っても良いときは俺に命の危機が迫った時とどうしても使わないといけないと判断した時のみとなった。

 SPが108となり豪運先生の兄上をお招きするか、魔法属性を片っ端から覚えるか葛藤の日々を送りながら、師匠に相談することにして迷宮から帰還した。 俺はこの二月後、メラトニへ向けてフォレノワールと一緒に出発するのだった。

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