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46 ルシエル 自分に欠けていたものに気がつく。

「おお、スゲェ!! じゃあこれは? おおっ! あ、俺ってボキャブラリー少ねぇ~。でも凄いぞ」

 そんな声が部屋の外まで聞こえていたことなど露程も知らず俺は変身鏡ドレッサーで遊んでいた。


 下着は収納されないものの、インナーや防具などを、それこそアバターの着せ替えコーディネートをそのまま保存してロードするとその服装にに変身するようなものだった。

 使い方は簡単で、まず登録した所有者の手で鏡触ると鏡にコーディネート番号が表示されて、それを押すと登録、消去、変身の項目が出てくる。

 登録を押すと現在の姿が記憶され、消去は保存されたものが消える。変身は登録してあるコーディネートに変身できる。

 登録出来るパターンは十パターンだけだが、服や鎧等も魔法袋に入れるように収納が出来る。そこに収納されたものを瞬時に脱着、変身することが出来る仕組みとなっていた。

 この技術があるならば写真や映写機などもあるのでは? そう思ったがないらしいので今度トレットさんにその辺のフィードバックをしてみよう。

「デフォルトがこの聖龍の服とローブに設定されていれば大丈夫だな・・?!」

 しかしここで、俺はある重大な事実に気がつくことになった。


「あれ? ・・・デフォルトと三つしかコーディネートが無い?」

 俺は思い返していた。迷宮に入ってからは、殆ど同じ服で浄化魔法があるから同じ服を着ていた。そう下着ですら履いたまま綺麗になるのでそのままだった。

「あれ? 俺って不潔なんじゃ・・・いや、浄化しているのだから、不潔ではないかも知れないが旅に出るとしたら、衣食住どれも足りなくないか?」


 メラトニの街で皆からもらった服のほとんどはブロド師匠との戦闘で破れたりしていたから、教会本部に来た時のゴワッとした服を三セット持ち込んだ。その後に教会ローブをもらい、防具セットは迷宮の為に購入した品を合わせて三セット、あと今着ているこの聖龍の服。

 防具セットの二つは予備登録してあるが、実際に増えたのは四十階層で手に入れた全身装備だけだ。

「待てよ。そういえば髪も結ったままで、髭は薄っすらしか生えてこなかったから気にしていなかったが、俺…教会に来てから髪も切ってないぞ?」


 そこから俺の衣食住への考えが一気に加速していった。


 この世界での炊事はグルガーさんとおばちゃん達、あとは食事処での食事……俺はこの世界に来てから、一度も料理をしてない。


 住は天使の枕さえあれば、きっと何処でも寝れるけど今後は移動もあるし、馬車だけでは駄目って言われているし、フォレノワール(既に連れて行く気満々)の安全も考えないといけない。


 ……後一年と一月強しかないぞ?あれ?やばい?あっという間に過ぎてしまう。 それに俺はS級治癒士として世界を回ることになるけど、普通の治癒院の現状も分かっていないのに、治癒の為に放浪の治癒士になるって、新たな火種を作るだけなんじゃないのか?


 衣食住や仕事に関して全くと言っていい程無頓着だったことに焦り出した俺は、魔法袋から羊皮紙を取り出し、これから必要だと思われることを書き出していく。


「しっかりしろ、俺。異世界に染まるのと異世界で生きるのと異世界だからって前世で培ったものを活かさないのは違うだろ」


 社会人一年目に教わったことで、スケジュール帳を持つこと、メモを取ること、きちんと挨拶すること。


 これを実践するのとしないのとでは、将来的に成長のスピードも変化していくと言われている。この世界では、新聞やテレビの様な情報伝達手段が無いため、それに流され怠ってきていた。

 自分の頭がそこまで良くなかったのに、どうしてそんなことに気付けなかったのか……俺は一度深呼吸をして気持ちを切り替える。


「スゥーハァー。反省はいつでも出来る。しっかりと反省はしよう。けど今は先に一歩でも進もう」

 まずは旅支度、その後に治癒院の現状を把握しないといけない。俺はこの問題を相談をするべく、まずは冒険者ギルドに直行した。



 冒険者ギルドに行くと必ず聖変の気まぐれ日扱いとなり、患者が運ばれてくる。それとお年寄りもだ。

 聖治神様の加護を受けた後、お年寄りにヒールを掛けただけで血行や磨り減っていったと思われる軟骨、骨を修復しているのか、杖を突かないと歩けなかったのに杖がなくても歩いて帰っていった。

 これには俺もそれを見ていた回りの人もかなり驚くことになったが、聖変の回復魔法は本人と一緒で異質ということで片付けられた。俺は心で涙したのは記憶に新しい。


「ふぅー。じゃあ皆さん、怪我には気をつけてくださいよ。命に関わる事だってあるんですから」

 エリアハイヒールの中にいた人々は口々にお礼を言って、地下の訓練場から出て行った。

「それで今回はなんだ? 出来ることなら何だって力になるぜ、聖変様」

「グランツギルドマスター気持ち悪いんで、聖変様って呼んだり…様付けも止めてくださいよ」

「本当に可愛がり無いやつだな。あとギルドを入れるなって言っているだろ。それで相談事は何だ?」

「普通の冒険者って髪を何処で切っているんでしょうか? それと髭ってマスターグランツは伸びていますけど、他の人は何処で髭の手入れをしているのかが分からなくて聞きに来ました」

 あれ?また不憫な子を見る目に変わっていきましたけど?

「まぁ知らないこともあるよな。聖変は苦行に身を捧げているんだしな。髭は魔導剃刀が魔道具屋で売っているし、ナイフで剃る奴もいるが慣れていないと顔を切るから止めておいたほうがいいぞ」

「ええ。自分、不器用ですから……」

「それと髪は鍛冶屋にもハサミが売っているからそれで切るか、そういったサロンが街にはあるんだぜ?」

 えっ?理髪店とか美容院あるんですか?俺って何も知らなくないか?ショックを受けていると声が掛かる。

「その他にはあるか。この街のことであるなら一つずつ教えてやる」


 冒険者ギルドマスターのグランツさんはいい人だった。

 料理に関しては調味料や野菜、肉の卸し先や購入先を教えてくれるどころか、自分の研究成果であるレシピ、下ごしらえの仕方なども教えてくれることになった。

 その他にも魔法袋を知っていたギルドマスターは、お奨めの調理器機や包丁専用の鍛冶屋の紹介状まで書いてくれて、もちろん店の場所も教えてくれた。そして極めつけはギルドマスターの料理教室だ。

 俺達が話していると、そこにミルティーさんがやって来て、私も料理を教わりたいと言い出した。これが徐々に噂となり、強面のギルドマスターが優しく料理を指導することになった。

 そしてグランツさんが、優しい強面の料理の達人と呼ばれるようになるのは、俺が旅立ってから直ぐのことである。


「あ、ミルティーさん。ここら辺の服屋さんで、他国の貴族から見ても最低限見下されないで、デザインがシンプルでスマートな服を売っているお店知りませんか?」

「う~ん。知っていますけどルシエル様は女性と行かれたほうが良いですよ」

「…えっ? 何でですか?」

「女性目線の方が男性の目線よりも厳しいからです」

「…分かりました」


 こうしてお店だけ聞いて、女性・・・カトリーヌさん、ルミナさん、戦乙女聖騎士隊の皆さん。その誰に頼んだとしても、そっちの関係には疎いのでは無いのか?そう思いながら、まずは食の憂いが無くなったことに安堵していた。

 魔道具屋と服屋には、誰か一緒に行ってもらえる人を探そうと思いながら、もやもやした時は動物と戯れるアニマルセラピーだと厩舎に向かって歩き出した。

 この日、頭を噛んできた雄四才のマルトに初めて乗馬出来たが、少し走ると落とされた。

 ヤンバスさんからは一言だけ言われた。

「馬の信頼は少しずつ得られていますよ」

 こうして一年後までに、ここにいる全頭で乗馬出来る様になって、フォレノワールと旅に出ることを一つの目標として設定するルシエルだった。



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