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43 職人の目 自分の位置  ルシエル、チート主人公を知る。

 

 聖都にある鍛冶屋ではさながら雲の上の匠が来たように一時的な混乱を招いていた。もはや二人は鍛冶士と裁縫士からスーパースターへと扱いが変わっていた。

 その状況をみながら、隣のカトリーヌさんに聞いてみた。


「いきなり連れて来られましたけど、あの二人って有名なんですか?私達が入れないくらいの熱狂ですけど? 」

「知らなかった?まずグランドさんは商工のギルドマスターの一人で、ドワーフの鍛冶士の中でも永世名工鍛冶士に認定された鍛冶士会の頂点なのよ。それにトラットさんは、ああ見えても実は伝説の家系であの天使の枕が作れるこの世に五人といない凄腕の裁縫士なのよ 」

「……マジですか?昨日もあの枕には超お世話になりましたよ。あ、興奮してしまいました 」

「そうよね。私も使っているけど、あれって凄いものね 」

「ええ。もしかすると、そういうものをたくさん作っていらっしゃるんですかね?」

「そうねぇ~。色々あるみたいよ。ただ忙しくて、中々時間も取れない人達だから何があるかそこまでは分からないわ。今回会えただけでもラッキーだと思っていたほうがいいわ 」

「世の中には凄い人がゴロゴロしてますねぇ 」

「・・・ルシエル君も少し自覚しても、いい頃よ? 」

「私は最近目標が出来ました 」

「何かしら? 」

「平凡に生きること 」

「・・・頑張りなさい 」

「了解です 」


 グランドさんとトレットさんがもみくちゃにされている頃、俺達はそんな話をしていた。


「いつもの型で、剣を振り下ろせ 」

「はい 」

「よし。動くな 」

 現在採寸が終わり、稼動域や縫い合わせ魔法陣を編みこむ場所を一つ一つ調べている。

 俺はマネキンになり、ゴーレムの様に指示された通りだけ動く存在となっていた。


 二人の顔は、先程感じなかった魂を込めて作業をしていると思わせる目をしていた。その目は前世で出会った酒造りの杜氏を思い出させた。

 米の僅かな温度や麹菌の発酵やその温度に発酵温度を調整するために夜中に起きて、米を冷やす作業をして、早朝から前日米洗いして水を切ったものを蒸かして冷却しながら麹菌をつける。

 その目は匠だった。他にも工務店の社長さんも普段は何処か抜けているのに設計図を見る目は違う人の目だった。


 この二人も目が集中して、それに身体が反応し動いていく。そんな様にも見えた。

 全ての工程が終わったとき、すっかり日は沈んでいて二人は最初に会った時の顔に戻っていた。


「よし。飲みに行くぞ 」

「いいわね。カトレアちゃんも行きましょうね 」

「え~っと少しだけですよ 」

 俺には聞かず、ドワーフと狐のおっさんは鍛冶場を借りた人たちと食事処に歩いていった。

 俺か?また担がれましたが何か?


 こうして食事処に着いたけど、俺は酒を飲まなかった。理由は飲むなら、まず師匠とそう思っていたからだ。

 それを聞いたグランドさんは、大いに笑ってから言った。

「気に入ったぜ、ルシエルとか言ったな。今後も俺がお前の装備を全部面倒見てやる。だからその師匠とやらと飲んだら、俺のところにも来い 」

「あらら?私も混ぜなさいよ 」

 この後、背中をビシバシ叩かれながら、夜は更けていった。


 朝起きると隣に誰かいた・・・なんてことはない。だってシラフですから。

 朝のストレッチを魔法の基礎鍛錬を行いながら、昨日の夜に話していた内容を思い返して、重要なことを記憶する。

 ・カトリーヌさんのレベルが312だという事実。

 ・師匠たちはそれ以上かもしれないと語ったカトリーヌさんの顔。

 ・SPなんてものに頼っていたら、一人前にはなれないと語った、グランドさんとトレットさん。

 ・SPで魔法属性が取得出来ることを伝えた時の皆の驚愕の顔。

 ・土龍が鉱山の地下に眠っているという余計な話。


 世界地図を取り出すように言われて、場所を聞くと、心臓が三度高鳴ったのは、その場所で間違いないということだろう。が、その話を聞いた俺のテンションは一気に下降した。

 そこへまさかのトレットさんが、テンションが上昇する話題をくれた。この仕事が終わったら、そのうちに姿見鏡をくれるという言葉でテンションが跳ね上がった。勿論、ただの姿見鏡ではない。

 その名も変身鏡ドレッサー。魔法の袋の簡易版で、鏡に手を置くと鎧などを瞬時に脱ぐことが出来たり、早着替えが出来たりする凄いもの。

 コーディネードが10パターンしか登録が出来ないようだが、鎧も服として認識されるので凄いもの。

 注意点は、割れたら全ての服が出てきてしまうのと、武器などは仕舞うことが出来ない。その二点だ。別に女性思考なのではなく、鎧は重いし、硬い。これをずっと 着ているのは身体にも悪い。

 そんな老後のことも考えて、いくつかのアイディアを出して、作れないかと相談した結果、時間が空いたら、試作を作ってくれることになった。

 この出会いは、久しぶりの豪運先生が連れて来た引きだったのではないだろうか。そう考えた俺は豪運先生にお礼を告げた。それが昨日あった出来事だった。


 前世で俺の先輩が言ってくれたことをまた思い出した。

「誰かが自分の為に動いてくれるのを、幸運と思わないで、当たり前だと思うのは、それだけ回りにいる人が、お前を支えているからだ。だから自分に出来ることは精一杯してみろよ。きっと世界は変わるぞ 」

 当時は言われていてもピンとこなかったけど、その言葉を思い出した俺は今とても恵まれている気した。龍の云々かんぬんは別として、昨日の迷宮よりも今日は少しだけ前向きになれる気がした。


 十階層までは剣と盾で進み、十層のボス部屋で怖くても歯を食いしばり、浄化魔法で倒しながら、押し寄せてくる魔物は以前より少なくなったが倒すことは出来た。

 長い休憩を取った後に、もう一度戦闘をして俺は帰還した。


 午後にフォレノワールをヤンバスさんから借りることにしてたので、乗馬の練習をした後、他の馬も一緒に浄化魔法を掛けていく。これをするとフォレノワールを含め他の馬達も機嫌が良くなると聞いてからやることにした。

「いつかは俺を乗せてくれよ 」と話してから自室に戻り、俺は一冊の本を読んだ。


 タイトルは レインスター・ガスタード英雄伝だ。

 彼が如何にして、その高みに上ったのかを記したものでS級ランクとしての件で足を掬われたことを読んでいこうと思っていた。

 そして俺は彼が転生者だと疑いながら彼の生涯を読んでみようと思ったのだ。


 簡単な内容だが彼は平民の生まれで、五歳で薬師と羊飼いみたいなことをしていた。七歳で村を襲ってきた魔物を弓で倒して村の英雄となった。十歳でオークの群れが村に二度襲来したがそれも討伐し、これがガスタード伯爵の目に留まり、娘の学校のお付きとしてガスタード家に雇われる。この時、馬を連れていたが、それが天馬だと謂われていて、天馬を助けたことで精霊と友好な関係を築いた。その後に貴族学校に入学するのだが、全教科満点となり平民が初めて主席を獲得したが、挨拶は有力貴族がしたことは有名なエピソードである。その後は学校を休みながら、冒険者として活動して様々な魔法を使い始めたのもこの頃だと言われている。察しの良いものなら分かると思うが、レインスター卿は、ガスタード家の唯一の子供であったリーザリアと結婚して領地経営をしながら、人々の為に尽力していくことになる。~中略~

 活動の中には病に臥せっているものに、回復魔法を掛けて金は取らずに野菜を渡されたこともあったという。このことが彼の何かを動かして、SSS級の冒険者に上り詰めて、治癒士ギルドを世界の人々が怪我で苦しまないように創り上げたと言われている。


 俺はこれを見て思った。

「チート主人公って、本当にいるんだなぁ。婿に入った伯爵家の財を自ら増やして、治癒士ギルドの創設資金も含めて、全てを出したって治癒士ギルドのトップで、その上でSSS級冒険者ってなんだ?モテエピソードもあるし、彼って本物の主人公じゃん。こんな主人公と一緒の発言をするとか、どんだけ自惚れて己の命を軽んじているんだよ 」

 俺はこの夜、涙で枕を濡らした。


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