37 嘘だと言ってくれ。ルシエル、幻覚が真実だと知る。
昨日、大いに賑わいをみせた冒険者ギルドでは、メラトニに帰る冒険者達がさながら軍隊のようになって聖都を旅立ていった。
その光景を見ながら俺は感謝と申し訳なさの板ばさみになりながらも、去っていく冒険者達からたくさんの暖かい言葉をもらった。
「また何かあったら、駆けつけるぜ 」
「ルシエルが、生きていて良かったぜ 」
「今度、M会があるから良かったら参加してね 」
「ブロドさんのストレス解消が出来るのはお前だけだ 」
「俺も浮気したこと、奥さんに、アンタぐらい諦めないで謝ってみるよ 」
「恩を返すのが、本物の冒険者だぜ 」
「また怪我したら治してね 」
「成長しているのは、お前だけじゃないんだからな。メラトニに来たら、俺とも模擬戦をしろよ 」
途中で、いや、何も言うまい。俺はブロド教官、グルガーさん、ガルバさんと別れの挨拶をしているのが、わかっているからだろう。一言ずつ返事が必要ない声を掛けてくれてから、メラトニに向けて出発していた。
「おい、いいか、ルシエル。いや、馬鹿弟子よ。お前はこれだけの人から心配されているんだ。昨日も言ったがお前は弱い。それを自覚しろ 」
「了解であります 」
「おいおいブロド、その辺にしておいてやれよ。じゃないと、メラトニに帰って来なくなるぞ 」
「…ぬぅ」
「いや、帰りますから……帰りますから、睨まないでください。」
「ルシエル君、今度メラトニの街に来たら僕も鍛えてあげよう。臆病な君には僕の戦い方の方が合ってそうだしね 」
「こらガルバ、俺の弟子を取ろうとするんじゃない 」
「ははは。まぁ決めるのは、ルシエル君だから 」
「まぁメラトニの街に来る時には、彼女の一人でも連れてきなよ 」
「えっ・・・彼女? 」
「ルシエルよ。お前に子が出来たら、俺が鍛えてやるからな 」
「はいはい。ルシエル君も年頃なんだから、考えなよ 」
「女の子が生まれたら、俺が料理を教えてやるからな 」
「こら、グルガーまで飛躍したブロドに乗らない。まぁ教会本部に居られなくなったら、メラトニの冒険者ギルドにおいで。そこが君には、一番の安全地帯だからね 」
「ありがとう御座います。放浪が出来る立場になったら、一度メラトニには寄りますから、それと・・・」
この三人には、言って置いたほうがいいだろう。
「そんな含みをもたせるなんて、単純なルシエルらしくもないぞ 」
「なんだい?何かあるのかい? 」
「どうした弟子? 」
彼らを俺は味方だと信じられるから告げることにした。
「これから魔族が活発化していきます。勇者は後数十年は生まれて来ませんが、その前に邪神の影響で魔族の力が強まる可能性が高いので、御三方とも気をつけてください 」
「ほう。もしかすると、教会にも情報が入っていたのか? 」
「僕並に耳が早いなんて、流石は教会ってことかな 」
「俺達の心配をするなんて百年早いぞ。俺達よりも今は自分の心配をしろよ。何かあったら今度はちゃんと連絡を入れろ。こっちも怪我人が多ければ、お前をよこせと教会に要請してやるから安心しろ 」
「それは安心できません 」
そんな風に俺を簡単に信じて、こちらの身を案じてくれる三人には、一生勝てない気がしながら、俺は彼らを見送り教会へと戻った。
教会に戻り、魔導エレベータに乗ろうとすると、受付さんから声を掛けられた。
「ルシエル様、お待ちください 」
ん?受付さんが声を掛けてくるのはかなり珍しい。
「はい、何でしょうか? 」
「教会に戻られたら、カトリーヌ様のところへ行くように言って欲しいと伝言を承っています 」
「カトリーヌさんって方を、知らないんですが? 」
あれ?なに?そのしまった〜的な顔は?
「失礼しました。昨日いらっしゃった、カトレア様です 」
「ああ。カトレアさんかぁ、・・・すみませんが、私は彼女が何処にいらっしゃるのかも、存じ上げませんし、彼女の部屋も知らないんですけど? 」
「あ、でしたら、少々お持ちください。直ぐに連絡をお取りしますので 」
そして教会に初めて来た時のように、水晶玉みたいなのを持って目を瞑った。
しかし徹夜はヤバイね。身体は若くても眠いものは眠い。俺は大あくびをしながら待っていると颯爽と現れた人が居た。
「ルシエル君、生きていたか 」
俺の眠気は一気に吹っ飛んだ。迎えに来たのがルミナさんだったからだ。どうしてか彼女には変なところばかりみられてしまうのかな?
「話をしたいが、直ぐに行くぞ 」
こうして俺は、ルミナさんと教皇様の部屋に向かいながら、生きていたことを褒められるのだった。
コンコンコン
「戦乙女聖騎士隊隊長のルミナであります。祓魔師のルシエルを連れて参りました 」
「入ってくれ 」
開けられた扉を通り中央まで進むと片膝を着いて頭を垂れた。
「祓魔師ルシエル、良く戻った 」
「はっ。ご心配をお掛けしました 」
「いや、良い。本来であれば救出に向かうところだったが、反対するものが多くて、さらに三十層からレイスが出たことにより、救出を諦めたのじゃ 」
「いえ、それは当然だと思います 」
「そう言ってもらうと妾も助かる。じゃが、どうして半年以上も戻って来なかったのじゃ? 」
(あれ?やっぱりバグが出たことを、知らなかったのか?まぁそれはそうか。俺でもモニタリングしてたら、救助すると思うし。)
「はい。実は四十階層の主部屋に出た魔物が、普通の死霊騎士よりも非常に大きく、また浄化魔法や回復魔法を掛けるとその度に完全回復してしまい途方にくれてしまいました…が唯一、物理攻撃を与えた場合は傷を負っても回復しなかったのです。そこから何度も戦い、怪我を回復魔法で治して、物体Xが運良くと申しますか、物体Xを駄目元でバリケードとして使ってみるとこちらに近寄らなくなったので、そこから何度も何度も戦い足を吹き飛ばされ、腕を斬られては回復して、食事や睡眠を摂って、戦略を何度も立てては試行錯誤の繰り返しで、失った血は回復魔法では戻らないので、食べては必死に弱点を探しましたが、私は生粋の武人ではないので愚直に進むことしか出来ませんでした。どれくらい戦ったのかは分かりませんでしたが、何とか倒すことが出来ました 」
いかん、少し熱っぽく語ってしまった。皆に見られていると思ったら急に恥ずかしくなってきたぞ。
「・・・凄まじいのう。それでこれだけの期間帰って来れなかったのか? 」
「あ~いえ、倒した後に帰ろうと思って、来た道を戻ろうとしたら、戻る扉が開かず、前に進むしかことしか出来なくなってしまいまして、そこから五十階層に向い、五十階層のボスを倒して、漸く帰ってくることが出来ました。詳細については、申し訳有りませんが、教皇様、あとはカトレア様、ルミナ様以外の方に申し上げることは出来ません 」
「・・・うむ。何かあるのなら仕方あるまい。皆の者は外に出ておれ 」
今回の件は些か揉めると思ったが、教皇様の部屋にいた侍女、大司教様?司教様?などの方々も大人しく、退出していった。
そして、この教皇様の部屋には、俺を含めて四人となった。
「それで?人払いをさせた理由がきちんとあるんじゃな? 」
姿は隠れているけど、何処か警戒した声が、その雰囲気が、教皇様から感じて取れた。
「はい。というか、五十階層のボス・・・主部屋では驚きました。巨大なワイトが襲ってきて、血を流すように魔物を生成するんですからね 」
「よもや、死霊魔法士が出たのか? 」
「はい。そういう設定だったんですよね?何とか聖域円環を使うことによって、倒せましたが、まさか最後に、ワイトが老人に代わるような幻覚で、精神を追い込んでくるとは思いませんでした 」
「・・・老人 」
あれ?老人じゃなかったのか?カトレアさんもルミナさんも何処か唖然とした表情で、こちらを見ている。あ、喋りがフランク過ぎたのか?
「幻覚とはいえ、新人治癒士があの迷宮をクリアするっていうのは結構大変でした。いつゲームオーバーになって復活の言葉を聞くか、ヒヤヒヤしていました 」
だけど、これぐらいは幻覚迷宮をクリアしたんだから、言ったっていいですよね?確かに凄いクオリティーでしたけど、頑張ったのは俺ですもんね?
「ゲームオーバー?復活とはなんじゃ? 」
あれ?ああ。こっちの世界だとゲームはないしな。復活よりも、何か言葉があるんかも知れないな。
「教皇様、迷宮は踏破したんですから、そろそろ演技はいいですよ?それに聞きたいことがあるのです。最後に出てきた、あの聖龍なのですが、本当に驚かされました 」
「老人、聖龍、よもや…… 」
「転生龍達が邪神によって封印されているっていうのも、後、四十年以内に封印された龍を解き放てっていう設定もです 」
「・・・・カトレア、ルミナ。今、ルシエルが語ったことを口外することを禁ずる 」
「「はっ 」」
「・・・それで、その龍はなんて言っておったのじゃ? 」
「えっと、封印された龍を解き放たないと、魔素が闇寄りになって、徐々に魔物が強くなっていき、生まれてきた勇者が魔族に負けるかも知れないって言ってましたね。設定的には良くありそうな話でしたね 」
「・・・なんということじゃ。こうしては・・・待てよ、その他には、何か言ってはいなかったか? 」
「治癒士の私に、私が出来る範囲のことをしろと言ってましたね。あと迷宮の最後の魔石は取って来ませんでしたよ。あれって罠っぽかったんで 」
「・・・ルシエルよ。先程からいくつか、気になっていたことを、聞いてもよいか?」
「ええ。もちろんです 」
迷宮が楽しめたかとかか?それとも臭いニオイの対処法?次の迷宮の魔物設定か?
「まずは幻覚とはなんじゃ? 」
「えっ?そこからですか?まぁ製作者からは重要な点ですもんね。一階層から魔物はクオリティーが高かったです。でも、攻撃を受けたときは違和感がなかったですけど、剣や槍で攻撃した時に感触がなかったので、そこは残念でしたね 」
「・・・ルミナ、潜ってどう感じた? 」
「斬ったときに感触はありましたが、魔力を流した場合は直ぐに、迷宮へ魔素となり消えていった気はします 」
「それ以外はクオリティーは高かったですよ。痛みもリアルだし、特に四十階層の騎士設定を教皇様がしていらっしゃったじゃないですか。あ、その騎士の武器である大剣と長槍をここで、出すことをお許し願えますか? 」
「よいぞ 」
「これとこれなんですけど。この大剣で盾ごと腕を斬られたり、こっちの槍では足を木っ端微塵に吹き飛ばされたのも幻覚だから良かったものの、普通だったらショックのあまり気絶して死んでますね。あんなに強い魔物を設定するなんて何て鬼畜なんだ……そう何度思ったことか分かりませんよ 」
「まさしくその二つは・・・あと話の中で何度も耳を疑いたくなったのだが、腕と足は何でついておる?それに五十層で使用した魔法が・・・・聖域円環と申さなかったか? 」
「はい。運よく三十九階層でエクストラヒールの魔法書を手に入れまして、続いて先程申し上げた四十階層の主が聖域円環の魔法書を落として、極めつけは五十階層で使うことは出来ませんが禁忌魔法リヴァイブが主を倒した時に出てきました。これだけは生涯使えない可能性がありますので、魔法袋で埃を……時が止まっているから被らないけど、世に出ることは無いでしょうね 」
「・・・カトレア、ルミナ、今日聞いてしまった、一切の事を口外することを禁ずる 」
「「はっ 」」
「それで、ルシエルよ、主部屋で手に入れたものを、全てここに出してもらう。もちろん龍のもだ。検分する必要がある。無論全ては御主の物だが、譲ってもらいたい物が出てくるかも知れないのでな 」
「まぁそうでしょうね。教皇様が攻略の為に仕掛けていたものでしょうから 」
「さっきから言っている幻覚だが、私はそんなものを掛けてはいないし、アンデッドの魔物も本物だ 」
「いやいや、本物だったらレベルが上がるじゃないですか?一つも上がってませんもん。まぁそれが無ければ信じていたかもしれませんがね 」
「・・・どれ?!・・・ステータスを開いてみよ 」
「えっ?どうせ変わっていませんよ。ステータスオープン 」
名前:ルシエル
JOB :治癒士Ⅸ 聖龍騎士Ⅰ
年齢:18
LV :1
HP :840 MP:550 ST:580
STR :142 VIT:163 DEX:137 AGI:129
INT :158 MGI:182 RMG:174 SP :0
魔力適性:聖
【スキル】
熟練度鑑定- 豪運- 体術Ⅵ 魔力操作Ⅸ 魔力制御Ⅸ 聖属性魔法Ⅸ
瞑想Ⅶ 集中Ⅷ 生命力回復Ⅶ 魔力回復Ⅷ 体力回復Ⅶ
投擲Ⅴ 解体Ⅱ 危険察知Ⅵ 歩行術Ⅵ 身体強化Ⅱ
並列思考Ⅳ 詠唱省略Ⅴ 詠唱破棄Ⅲ 無詠唱Ⅰ 魔法陣詠唱Ⅲ
剣術Ⅳ 盾術Ⅲ 槍術Ⅳ 弓術Ⅰ 気配察知Ⅴ 二槍剣流術Ⅲ
罠感知Ⅱ 罠探知Ⅰ 地図作成Ⅲ 魔力増幅Ⅲ 思考加速Ⅱ
HP上昇率増加Ⅷ MP上昇率増加Ⅷ ST上昇率増加Ⅷ
STR上昇率増加Ⅷ VIT上昇率増加Ⅷ DEX上昇率増加Ⅷ AGI上昇率増加Ⅷ
INT上昇率増加Ⅷ MGI上昇率増加Ⅷ RMG上昇率増加Ⅷ 身体能力上昇率増加Ⅰ
毒耐性Ⅷ 麻痺耐性Ⅷ 石化耐性Ⅷ 睡眠耐性Ⅷ 魅了耐性Ⅴ
呪耐性Ⅷ 虚弱耐性Ⅷ 魔封耐性Ⅷ 病気耐性Ⅷ 打撃耐性Ⅵ
幻惑耐性Ⅵ 精神耐性Ⅷ 斬撃耐性Ⅴ 刺突耐性Ⅳ
【称号】
運命を変えたもの(全ステータス+10) 運命神の加護(SP取得増加) 聖治神の祝福(聖属性回復魔法の効力が1.5倍になる。)
聖龍の加護(聖龍騎士となり、戦闘技能及びステータス上昇。龍族と会話が可能となる。)龍殺し(対龍での攻防に強くなる。)
封印を解き放つもの(邪神の呪いを受けない。封印されし龍の力を得るもの。)
「ほら、レベル1のままですよ。」
「ジョブ増えているだろ、それにそれがレベル1のステータスか? 」
「確かに軒並み増えていますけど、そこまで言い張るのなら、なんでレベルが上がらないんですかね? 」
論破出来まい。確かにステータスは上がってるけど、ブロドさんに瞬殺されるんだから、俺がそんな強いわけないだろうに。
「・・・カトレア、これをルシエルに見せよ 」
そう言うとカトレアさんが、教皇からある古い書物を渡されて、それを俺に渡してくれた。
「これは? 」
「神々の嘆き及び物体Xとされている文献の原本じゃ。読んでみよ 」
この文献の中には、様々な考察が含まれていた。その中にいくつかの可能性が書かれていた。
身体レベルの考察で、飲んでいる期間はレベルがとても上がりづらくなることが、デメリット効果として確認されていた。
しかも、継続して飲んだ人がいない為に、詳しいことを研究してくれるものが、いつか現れてくれることを願いたい。
文献の最後には、そう書かれて、締め括られていた。
「……えっと、あれ?言葉が上手くでない。ははは。あれ、でも? 」
「ルシエル君、落ち着きなさい 」
「ルシエル君、大丈夫だ、君は生きてここにいる 」
「よもや、本当に全てが幻覚だと思っていたとはな 」
こうして俺は落ち着くまで、カトレナさんとルミナさんに両脇を抱えられて、混乱が落ち着くまで、ずっとその体勢だった。
このときは本当に余裕がなく、彼女達の匂いが香っていることや、両脇に侍らせているような、そんな体勢だったことも、何も感じなかった。
落ち着いてきてから、魔法の袋に入っていたものを出していき、教皇様が収集したのは四十階層の大剣、長槍、五十階層の杖だけだった。
魔法書は俺の財産となり、後で写しを作成する許可を求められてリヴァイブ以外は応じる事となった。
そして四十階層で手に入れた装備と、聖龍が残した装備は俺の専用装備になっていて、誰も扱える物ではないので返された。
さらに魔法袋は、使う機会がないとの理由でいらないらしいが、迷宮品の魔法袋は白金貨でも買えるかどうかのものらしい。
「アンデッドとなった浄化した聖龍の骨なのだが、少し譲ってはもらえないだろうか? 」
「ええ。聖龍の聖骨が私しか使えないなら、アンデットとなった部分は使えるんですよね? 但し、教皇様、戦乙女聖騎士隊とカトリーヌ元騎士隊長のみとしてください 」
「分かった。一週間後に改めて迷宮踏破の祝賀会を行なうので、主賓として出席するようにな 」
「承知しました 」
「カトレアとルミナは残り、今後の対策を行なう 」
「「はっ 」」
「ルシエル大義であった。それと無事に帰ってきて嬉しく思うぞ 」
「はっ。ありがとうございます 」
こうして俺は、寝不足と混乱と自分がしたことが如何に危なかったのかを自室に戻りながら考えていた。
普通はこんな時眠れないだろうが、チートアイテムの天使の枕によって、俺は深く優しい眠りに就くのだった。