36 ドMゾンビと鬼畜師匠コンビ再び
俺は迷宮から帰ってきた!!そう叫びたい思いを封印して、俺は売店の扉に手を掛けて開いた。
直後、俺の首を目掛けて迫る銀線に咄嗟に反応出来たのは、迷宮にずっといて気が張っていたからだと思う。
ガキィィインと魔法袋から咄嗟に出した盾に当たった銀色の線を見ながら、驚いた顔をしたカトレアさんの姿があった。
次の瞬間、俺は後方の階段を転げ落ちていった。
どれくらいのシナプスが消えていってしまったのかは知らないが、頭が痛過ぎて直ぐにヒールを掛けた。
「痛いですよ。ていうか、死にそうでしたけど? 」
次の瞬間カトレアさんがフライングボディーアタックをしてきた・・・と思ったら抱きつかれた。
「ど、ど、どうしたんですか、カドレアさん? 」
どもることなんて無いと思っていた。いつも本に出てくる主人公が何故かラッキースケベを誘発したり、どもったりするのはキャラの印象付けなんだと思っていた。
しかし、死にそうになり、その相手に抱きつかれたのだから、混乱が限界を突破してしまった俺は大いに慌ててどもってしまった。
「生きていたのね 」
「ええ。四十階層のボスが武人みたいな魔物で、倒すまでに体感では数ヶ月掛かったと思います。その後に帰ろうとしたんですが、今度は帰る扉が開かなくて前に進むしかなかったんですよ 」
「無事でよかったわ……って今はそれどころじゃないの。急いで教皇様のところ・・・いえ、教会の外に行って冒険者達を止めて 」
「………???」
俺はカトレアさんに引き起こされると魔導エレベータに乗り込まされて、教会の住居スペースに出て、直ぐにインフォメーションに下りると懐かしい顔を発見した。
「あれ?ブロド教官に、グルガーさん、それにガルバさんまでどうしたんですか?あれ、ギルドマスターまで一緒で、何かあったんですか?協力できることがあったら協力しますよ?」
「「「「・・・・・」」」」
「?」
「・・・ルシエル、生きていやがったのか? 」
「くっ、良かったぞ 」
「ははは、何処で何をしていたんだい? 」
「おいメラトニの!俺は外にいるやつ等にこのことを教えてくるぞ。おい聖変、後で必ず冒険者ギルドに顔を出せよ 」
「えっ?あ、はい 」
返答するとギルドマスターは外に出て行った。
「それで皆さんどうしたんですか?あ、もしかして会いに来てくれたんですか?それは嬉しい 」
「・・・お前は、はぁ~ 」
「まぁルシエルは、人として少し…いや、かなりズレていたな 」
「ふっふっふ、それで?何処で何をしていたんだい? 」
俺が喋ろうとするとどでかい歓声が上がった。今日は祭りでもあるんだろうか?
「今日ってお祭りとかあるんですかね? 」
三人とカトレナさん、あれ受付まで頭を抱えているけど・・・・うん。ここはスルーしよう。
「えっと、俺はずっと、教会の施設で対アンデッドの仮想訓練をしていたんですけど、調子に乗ってたら、不具合で閉じ込められてしまって、この際だから鍛えようと思って、先に進んだら、さっき帰って来れました 」
ガンっといきなり隣に現れたブロド教官が頭に拳骨を落とした。
「痛っ、ブロド教官、相変わらず見えないんですけど?これでも俺、成長したと思ってたんですよ 」
涙目になりながら、口を出した。
「ふん。お前は弟子でも才能がない弟子なんだから、俺の攻撃を見切れるようになるなんて百年早いわ。調子に乗って心配させやがって 」
「そんなぁ~、まぁそれよりもグルガーさんお腹が空いて倒れそうです。食事を作ってください 」
「くっくっく、がっはっは。いいぞ。作ってやる。じゃあ、冒険者ギルドに行くぞ。おい嬢ちゃん。こいつを借りていくぞ 」
「・・・ええ。報告もしてもらわないと困りますが、今はそのほうがいいでしょう。」
「うんうん。お嬢さんが話の分かる人でよかった 」
「あ、カトレアさん。それじゃあ教皇様に何とか脱出が出来た件と報告に後で伺う件をお伝えください 」
「分かったわ」
「よ~し。行くぞ 」
「ブロド教官?首を引っ張らないって、ガルバさんも何で足を持ってるんですか?グルガーさんも腰を持たないで、これで街を歩いたらまた変な噂が・・・ 」
「安心しろよ、聖変の騎士様よ。ぷっぷっぷ 」
「そうだぞ。聖変の治癒士様。くっくっく 」
「ほら、暴れない。新しい通り名もきっとまた出来るから、安心して」
「いやああああああああ 」
こうして俺は冒険者ギルドまで仰向けの状態で担がれて、さながら人間神輿にされたまま聖都の街を進むのだった。
一方、カトレアから報告があり、教皇をはじめ、今回ばかりはルシエルを良く思わない勢力も安堵の表情を浮かべることとなった。
基本騎士たちは強いが、絶対的な力があるわけではない。さらに、司祭、大司祭、司教や大司教といった者達は、戦闘畑出身のものは少ない。
そのため、取り囲まれた教会を見て、己の死を考えたものは一人や二人ではない。
今回のことで、ルシエルの本当の恐ろしさに気がついた者達は、自身の派閥に近づけるか、敵対しないか、如何にして遠ざけるかを画策していくことになる。
こうして知らないうちに、敵対勢力を分解させた豪運先生の恩恵に気がつかないままルシエルは、グルガーとギルドマスターの作った食事に舌鼓を打ち、物体Xを飲まされていた。
そして治癒院に掛かれない人たちが冒険者ギルドで溢れて、聖変の気まぐれの日が復活した。
「先程は油断しましたが、俺はブロド教官を超えるために努力してきたつもりです。全力で行きますよ 」
「ケッ、生意気になりやがって、一丁前に剣と槍なんて誰が教えた 」
「その答えは、模擬戦の中でお伝えしましょう 」
「さっさと掛かって来い 」
「行きます 」
俺は全力で身体強化をして接近して右手に持った剣を下から上へと切り上げながら、次に左に持った槍を地面に突き立てて蹴りを繰り出した。
次の瞬間、俺は訓練場に転がっていた。あれ?思っていたのと全然違う。
「まぁ、そこそこ形にはなっているようだが、自分が強くなったとでも思っていたのか?」
「すみませんでした 」
「立て、その勘違いした根性を叩き直してやる 」
「イエッサー 」
こうして俺はブロド教官に何度も何度も立ち向かっていく姿を見ていた冒険者達は、誰も口には出さなかった…が思っていた。
メラトニの街に突如現れた都市伝説、治癒士のドMゾンビが実在していたことを。
冒険者達は知っていた。ブロドが伝説に名を連ねる元SSランクの旋風だったことを。
それに何度も折れずに向かっていく、その姿がまるで生者に引き寄せられるゾンビに見えるこの光景をみた冒険者達は新たな通り名を作った。
〔生者のゾンビ〕と。これをルシエルが知るのはもう少し後のお話。
「いつまで寝てる。腕を切り落とすぞ 」
「ヒィイイイ、覚悟、グェェ 」
「ほう。そんな演技が出来るほど余裕があるとは、少しはタフになったみたいだな。遠慮なくいくぞ 」
「ぎゃあああああああ 」
こうして、さながらメラトニの冒険者ギルドの光景を肴に、聖変の帰還を皆は心の底から喜んだ。