閑話5 消えた聖変 教会本部に未曾有の危機が訪れる。
聖都シュルールにある冒険者ギルドでは、様々な憶測が流れていた。
聖変の治癒士、冒険者Eランクでもありながら凄腕の金にがめつくない唯一の治癒士ルシエル。
彼が最後に冒険者ギルドへ来たのは、あの聖変の気まぐれ祭だった。
彼は冒険者ギルドに当分来れないと言ってから、冒険者ギルドを去っていった。
それから、早くも八ヶ月が流れようとしていたのだ。
最初は彼が何処かに遠征に行くのかとも思われたが、そのような事実は一切確認されていなかった。
どうやって彼が遠征に行った事実がないと思えたのか、それには理由がある。
そう。物体Xだ。物体Xは非常に不味い。
その為、冒険者ギルド本部では、毎年物体Xを多く飲ませた冒険者ギルドに故賢者と故冒険者ギルド本部のギルドマスターから豪華な贈り物が与えられる。
全冒険者ギルドでは、それのランキングが見えるようになっていて、捨てたりなどの不正はカウントされないといった無駄に高度な技術で運用されていた。
話を戻すが、物体Xを近年飲み続けるものは居なかった。メラトニの街で急速に飲まれるまでは……
そう。これがルシエルの居場所を教えるようなものなのだが、今日、彼が毎回飲んでいる物体Xが飲まれなくなっていた。
普通これぐらいで心配されるようなことはない。
しかし聖変が来なくなってから、治癒院が増長して値段をあげたままにしたのだ。
そんな陳情が治癒士ギルド教会本部に上げられたが、教皇までその陳情が届くことはなかった。
聖変は教会に監禁されているのではないか?
拷問に掛けられているのではないか?
物体Xしか与えられていないのではないか?
徐々に教会へ対する不信感を募らせていき、聖変を助けようとする動きが活発化していった。
一方、教会では迷宮から毎週戻ってきていたルシエルが帰還しないことについて大いに焦り出していた。
ルシエルが帰って来なくても、一ヶ月程はまだ楽観視していた。
親しい者は戻ってくるだろうと信じていた。
しかし、三ヶ月が経っても彼は戻って来なかった。
教皇及びカトレア……旧カトリーヌ・フレア騎士達隊長は救出隊を選抜しようとするが、当然と言っては何だが、たった一人の治癒士の為に教会の騎士隊を送り込むなんてことは…と却下された。
それよりも調子乗って迷宮を攻略しようと進んだルシエルを弾圧する動きまであった。
教皇をはじめ、カトレア、戦乙女聖騎士隊はルシエルの名誉を守ることに尽力したために、ルシエルに罰則が与えられることはなかった。
しかし、ルシエルを好ましく思っていなかった者達は、名誉の代わりに探索することを完全に諦めさせていた。
半年も過ぎるとルシエルの生存を確認する要求が求められた。
だが、教会はこれに対してなんら正式に回答をすることを拒否していた。
しかし、ここで漸く動く隊が一つだけあった。戦乙女聖騎士隊だ。
前任者のジョルドを無理矢理に連れ出して、迷宮に向かったのだ。
十階層のボス部屋でたくさんのゾンビやスケルトンが出てきたが彼女達の敵ではなかった。
実はこのとき、ルシエルが死霊騎士王を激闘の末に破ったのだが、迷宮のボス部屋がまさか連動しているとはルシエルもルミナ達も知らなかった。
ルシエルが泣く様な思いで先を進んだボス部屋を出た頃に、漸く全ての魔石を拾い終えた戦乙女聖騎士隊は、更に先へと進む。
しかし、階層を進むにつれて徐々に悪臭が強くなり、三十階層まで行くと精神攻撃を多用するレイスが現れたことにより、被害が拡大し、戦乙女聖騎士隊はこれ以上の探索続行を不可能として戻ることになる。
ルミナ達が帰還の報告をしていた頃、緊急の知らせが舞い込んだ。
聖都シュルールの教会本部を、冒険者ギルドメラトニ支部のギルドマスターである旋風を筆頭としたメラトニの冒険者達と、聖都シュルールの冒険者ギルドマスターであるグランツが率いる聖都の冒険者達と聖変に恩義を感じた者達が教会を取り囲んでいた。
聖変の治癒士ルシエルを解放せよ。金の亡者に鉄槌を。そう掲げられたスローガンに続々と人が集まっていった。
未だかつてない教会に対してのデモが起きようとしていた。
対応を間違えれば、暴動が起きるのは目に見えて明らかだった。
教会にいる駐在する日々だらけきっていた聖騎士と神官騎士総数百八十名が、魔物と戦いに全力を注ぐ冒険者三百八十名と五百人を超える住民が参加したデモに恐々とする中、いつ暴動に変わってもおかしくないところまできていたことなど、ルシエルは知らない。
そんな中、何も知らないルシエルが迷宮を踏破、脱出した直後に死にそうになるなんてことを当のルシエルは知る由もなかった。