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03 冒険者ギルド

 

 治癒士ギルドで資格を得た俺は、通常は治療院へ向かい弟子入りするといった流れに逆らうことにした。


 では、俺が向かった先は何処か?そう。治癒院ではなく、冒険者ギルドだった。


「それにしても治癒士ギルドと違い過ぎる。何なんだ? この剣呑な雰囲気は」

 その雰囲気で余裕が全くない俺は呟きながら、ただ受付カウンターを目指して何も考えないように進んだ。


「すみません、冒険者登録したいんですが?」

 何気なく話した相手は、この世界で初の、それも女性の獣人さんだった。


 俺は感動していた。

 しかしその感動を押し殺して、淡々と仕事モードで対応することにした。


 ここで感動して態度を変えてしまえば、きっとテンプレ様が襲来する。


 そうなったら俺には、死ぬ未来しか想像出来なかった。

 今の俺にはゆっくりと話すことさえ、余裕が無さ過ぎて出来なかった。



「はい。冒険者ギルドへようこそ。こちらに名前と種族と年齢をご記入ください」


 笑顔が素敵な獣人さんが渡してくれた羊皮紙には、殆どが治癒士ギルドと出身地がないこと以外は全て同じものだった。

 これは荒くれ者が多いからなのか? そんな会話すら今の俺には出来なかった。


「それではこちらのカードに血か魔力をお願いします」


 俺は渡されたカードに、すぐに魔力を流すと受付さんに渡した。


「はい。結構です。体術スキルがありますので、冒険者登録は出来ますね」

 こうして俺は冒険者ギルドカードを受け取って冒険者にもなった。


 その後にこのキュートなウサ耳の受付さんは、必死に冒険者ギルドの説明をしてくれた。



 俺は余裕が無くてあまりちゃんと聞いていなかった。

 攻撃スキルが無いと冒険者登録が出来ないことなど、登録してから知ったので意味がない情報なども多々有ったからだ。

 ちなみに俺は、体術スキルがあったから登録が出来た。


 その後、冒険者ギルドのランクについての説明があり、あまり興味が無かったのでほとんどを聞き流した。


 重要なのは、依頼を達成するとその報酬の一割がギルド運営の為に天引きされる。

 それぐらいだった。


 冒険者登録をした俺は当然ながら、最低ランクのHランクからのスタートとなった。

 そのことに文句はなかった。


「依頼を失敗すると、罰金などがあるので、ご注意ください」

 一番耳に残った言葉がそれだった。



 俺は重要なことだけ頭にインプットしながら冒険者ギルドに来た本題へと話を移した。

「あの冒険者でも、依頼は出せますか?」

「ええ。出せますよ」

 耳がヒョコヒョコっと動いて首を傾けた。

 うん。可愛いけど、今はそんな余裕がありません。


「この下の階が訓練場になっているって言われてましたけど? 体術スキルを上げるための指導をきちんと出来る方はいらっしゃいますか?」


「ええ。もちろんおりますよ。冒険者の方でも職員の中にもおります。ただ訓練と言っても指導する時間に応じて料金が発生しますが大丈夫ですか?」


 まぁそうですよね。ボランティアとかは流石に豪運も呼び寄せることが出来なかったか。そう思って聞いてみる。


「指導が分かり易くて、丁寧な人だといくらですか?」

 雑な人だったら誤って殴られたら死ぬ可能性もありそうだし。


「う~ん。そうですね~、交渉次第ですが、一時間で銀貨一枚前後ですよ」

 思っていたよりもかなりの高額だった。


「あ、あのぅ、治療の依頼とかはありませんか? 治癒するので値引きとか相殺とか?」

「・・・そう言ったことはありませんが・・・少し待ってていただいても宜しいでしょうか?」

「はい。もちろんです」


  受付のうさ耳さんは、俺の返答を聞いた後に地下へと消えていった。



 その後に俺の背中に凄く鋭い視線を感じたが、直立不動で立っていたのが良かったのか、何とか絡まれることは無かった。


 その重圧に耐えること数分、漸く戻ってきた受付さんは、厳ついオジさんを召喚してきた。


「お前が回復魔法が使えるヒヨッコか?」

 その顔を含めて身体中にある傷とその声の渋さが、とあるマンガの軍曹を連想させたが、前世でも強面の社長さんは意外と優しい人が多かったし、偏見は駄目だと言い聞かせ、俺は口を開いた。


「はい。先程冒険者に登録させて頂いた、ルシエルと申します。武術訓練と回復魔法の両方磨きたいので、訓練と回復魔法、それと少しのお金が稼げる依頼があればと受付さんに相談しました」


「ほう。治癒士の癖に珍奇なやつだな。俺の名前はブロドだ。体術のスキルはあるようだが? 何故治癒士が現状以上の戦いの能力を欲するんだ?」

 こっちを見透かそうとしていることが、その眼力からも窺い知ることが出来た。


「実戦では使えないからです。私はまだ心構えも出来ていませんし、旅に出れば一般の弱い魔物にも、襲われたが最後死んでしまうでしょう。そうならない為にも努力して、自衛が出来る程度には強くなろうと思いました」


 ブロドさんはふむ。と、顎を擦り暫らく考えた後に口を開いた。


「いいだろう。Hランクで、闘技場の回復要員として雇ってやる。報酬は一時間で銀貨一枚だ。修行時間、修行期間は小僧が望む期間だ。いつから訓練を開始したい?」


 あ、やっぱりこの人はいい人かもな。

「それでは、三日後からでお願いします」


「分かった。ナナエラ、手配を頼んだぞ」


「はい。ブロドさん。あ、私はナナエラと申します。以後、宜しくお願いします」


「ナナエラさんと仰るんですね。ご丁寧にこちらこそ宜しくお願いします」

 ナナエラさんに挨拶をするとまた視線が強くなった気がした。

 しかしブロドさんが後方に目を向けると視線が無くなった。

 この人は俺の師匠や。

 感動しながら俺は冒険者ギルドから出て、走って治癒士ギルドに帰った。



「凄い汗ですけど、大丈夫ですか?」

 モニカさんに心配されたが大丈夫です。と告げて俺は現在の自分の部屋に逃げ帰った。


「治癒士として回復魔法が使えなかったら、きっとブロドさんは俺を見限る。そんな気がする」


 俺は想像したくない未来を想像して練習に練習を重ねた。

 しかし、やはり必要熟練度が倍となっている為に、集中して、聖属性魔法を覚えようとしたが、スキルの熟練度の上がり方もうまく上がらなかった。


 イメージを固め、血管や筋肉、骨なども意識して、ヒールを使用してみたが前ほど熟練度は伸びず、一度の魔法で熟練度が上がった最高値は4だった。

 考察もしながら訓練に勤しんだが、あっという間に三日の時が経って退出期間が来てしまった。



 俺は部屋を出て一階に下りていった。

「では、ありがとう御座いました。クルルさん」

 今回はクルルさんが受付をしていた。


「ええ。がんばりなさい。あとルミナ様と会ったら、必ずお礼を言うのよ」

「ええ。勿論分かっています」

 そう言って俺は、治癒士ギルドから冒険者ギルドへ移動した。




 相変わらず剣呑な雰囲気が漂う冒険者ギルドで、緊張しながらも人から注目を浴びないように足早に受付へと到達した。


「いらっしゃいませ。 受付ですか? 報告ですか? それともご依頼ですか?」


 今回の受付さんは人族の二十歳前後に見える女性だった。俺は目的を告げる。


「ブロドさんへの依頼とブロドさんからの依頼を受けたルシエルですが……」

「冒険者カードを貸して頂けますか? ルシエル様ですね。受理致しました。地下でブロドさんがお待ちです。宜しくお願いします」


 話が通っていたのかスムーズに展開は進んでいく。


「こちらこそありがとう御座います」


 俺は指示に従って階段を下りるとそこはまるで闘技場? そう一瞬勘違いしそうな造りとなっていた。

 訓練場は百メートル四方に拡がる巨大な場所だった。


「広いな」

 俺はそう呟いた。


「そうだろう。ヒヨッコ? じゃあ早速始めるぞ。 基礎から教えていくから、 逃げ出すなよ」

 突如その声が聞こえたので俺は振り返った。

 そこにはブロドさんが居た。いつの間に? そう考えようとした時に、いきなり感じたことがない圧力を感じて構えそうになってしまった。

 そしてこの圧迫感を俺に対して出すブロドさんに依頼を出したのは間違いだったのだろうか?

 そう過去の俺に問いかけてしまったのは仕方のないことだと思う。

 そして俺の訓練が始まった。


「ほら、ほら、ほら、ちゃんと走れよ、そんな根性無しはゴブリンの餌になっちまうぞ」

 罵声を浴びせられながら、外周を全力で走らされる。


「ほら、身体が硬すぎる、そんなんじゃ、怪我するぞ」

 また割りをされたりしながら、こうしてどんどん扱かれた。


「手を出せ、足を出せ、遅い、遅すぎる」

 強烈なカウンターをもらいながら、何度も何度も倒れ気絶し、その度に水を掛けられる。



 俺は思っていた。

 確かに体術にとって必要なことを教えてくれていた。ただこれの何処が丁寧な指導なのだろうか?と。

  殆どの時間を付きっきりで、はっぱを掛けてくれるブロドさんに従って訓練していく。大変ではあったが苦痛ではない修行だった。

 しかし集中して努力をすることを誓っていたが、あまりのハードな内容に困惑はしていた。

 これで逃げ出さないとか本当に大丈夫だろうか? そんな風に自問自答を繰り返して声に従うのだった。



 俺はブロドさんに一つだけ決まりごとを設けられた。


 それは自分に回復魔法を使わないこと。


 理由としては回復魔法で治すよりも自然治癒で回復を促せば、そのうち自然と体力回復量が増加するスキルなどを覚えるからだと説明を受けた。


 それを聞いた俺は素直に従った。

 そして体力回復スキルを習得出来るようになるまでは、回復魔法を使用することを我慢することに決めたのだ。


 自分の傷を癒す分を冒険者達の怪我の治癒に当てる。回復魔法のヒールを使い続けて、魔力枯渇寸前まで使用したらまた体術訓練の前の体力作りをする。


 身体が動かなくなれば瞑想をして、魔力や体力の回復を促して、組み手を行い体術強化の為の訓練を再開する。


 そんな長い長い一日がやっと終わった。



「小僧、中々根性あるな。いいだろう。今日からギルドに泊まれ。三度の食事も出してやる。着替えもないみたいだから古着なんかもやろう。ちゃんと洗ってあるやつだから安心しろ。但し、絶対に中途半端で逃げ出すなよ?」

 ブロド教官はそう告げた・・・おお! 寝床と今までよりも多い三食が無料でついた。豪運先生が本領を発揮してくれた。


「はぁはぁはぁ。は、はい。ありがとう御座います」

 お礼を言ってから、俺はギルド裏にある井戸で身体を洗ってから食堂へ向かって食事をおごってもらった。そして仮眠室にへ案内されてベッドに横たわると泥のように・・・眠らなかった。

 いや、眠れなかった。


「疲れていたとしても、現代人が昼寝ならまだしも十九時に寝れるか」

 こうして俺は回復魔法と瞑想を交互にしながら、三時間の訓練をしてから、漸く睡眠に就くことになった。



 翌日起きながら視界に映る天井を見つめて考える。

「天井に着目するのは、小説の悪い影響だな」

 そう呟きながら俺は朝を迎えた。


 仮眠室を出ると、ギルド職員達は俺が早起きなことに相当吃驚(ビックリ)していた。


「治癒士の方たちは、時間にルーズな方が多いんですよ?」

 そう教えてくれた職員さんと話をしながら、俺は治癒士は寝坊助なのか?

と思いを巡らせた。

 ブロド教官に言われた通りに、ストレッチをしてから訓練場を走り出した。


 そして走りながら魔法を使う努力をしていると、ブロドさんがやって来て食堂での朝食に誘ってくれた。

「小僧、朝食だ。来い」


 昨日も来たけど今後も食堂で食事することになった。



「グルガー。こいつが昨日言っていたルシエルだ。今日からまぁ昨日も食ったが今日から三食頼むな」

 出てきたのは熊のように大きな狼獣人だった。


「分かった。俺の名前はグルガーだ。ブロドから金はもらっているから好きに食べろ。が、それとは別にこのクソ不味いが、身体に良い飲み物も食後に必ず飲んでもらう」


 出された飲み物?は、妙に毒々しい色をしていた。


「あ、あのそれは?」

 禍々しい物体Xを見る。


「簡単に言えば成長を助ける効果のあるものだ。飲むと筋肉、耐久力、反射速度などの全てが上昇するものだ(と言われている)」


 プロテインかよ。俺は心でツッコミを入れて効能を前方の熊さんに聞くことにした。


「聞いたことがありませんが、効果時間とデメリットは?」


「効果時間は六時間で、デメリットは本当にクソ不味いことだけだから安心しろ」

 獰猛な顔でニヤリと笑われた。


 食事を摂り終わり俺は覚悟を決めてコップを持って宣言した。

「では、飲みます」


 一口だ。それを口に含んだ瞬間に、これは飲んではいけないものだと思った。


 まさに物体Xだと理解できるその味と臭いで意識が飛びそうになるが、前方の熊さんが怖くて吐き出すことも出来ない。


 ドロッとして苦味、臭み、エグ味、辛味、酸味が口の中を行ったり来たりしていたが、何とか我慢して一気に飲み込んだ。


 身体にムカムカというか、漲るというか変な感じがした。


「おお。本当に飲めるとはブロドが言っていた通り頑丈そうだな」

「???」

 熊さんが今何か呟いたが聞こえなかった。


「なんでもない。さあ頑張って今日も体術を勉強して来い」

 そう言って送り出された。


「あいつルシエルっていったか? これを飲み干すなんてなぁ。全くスゲエ根性してるぜ」


 グルガーはルシエルには聞こえない声量で呟くのだった。


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