34 時間がない、だったらやるぜ、裏技攻略。精神を揺さぶる鬼畜迷宮の牙
新たに四十一階層から現れた魔物は、アンデッドホース、アンデッドウルフ、アンデッドキャットだった。
便宜上、そう読んでいるだけだがドロドロと溶けた体躯に赤紫のオーラを纏った馬に、オォォォォオオオンとくぐもった雄叫びを上げる極太な骨で形造られた狼、俺はあれを犬だとは認めない。
最後にサーベルタイガーを連想させる二本の鋭い牙と鋭い爪を持った、壁を蹴り、三角とびをする姿を見て、某サッカーマンガに出てくるGKを連想させた、上半身のみ骨で、猫科のような体躯をしていたため猫認定をした。
その他に大きくなったレイス、赤い目を灯す死霊騎士それだけだった。
一階層が目算で一キロ四方以上に拡がった、今までより少し拡がった階層を何度か初見の魔物と戦って、問題のなかったことから、俺は早歩きで、罠にだけは気をつけて進む。
戦闘は無く、宝箱を開けて進む。四十階層に入ったところで、俺の食料の残りが大変なことになっていたために、裏技を使って進む決心をしたのだ。
そう。物体X様が入った樽を、グランハルトさんからもらったローブで身体に括りつけて歩いたのだ。
生者によってくる設定のアンデッドたちは、逆に逃げていく。動物のアンデットは、それが顕著に出た。俺はただただ、歩くだけ。
直感で歩けば、豪運先生が宝箱に導き、階段まで連れて行ってくれた。
そうして俺は現在、五十階層のボス部屋の前で最後の晩餐を楽しんでいる。
ボス部屋の扉を塞ぐように置いた物体Xが入っていた樽は凄い臭いを発している為に、魔物も寄ってこない。俺は天使の枕で最後の睡眠を取ってから、最後の物体Xを飲み干して、食料、物体X共に全てが尽きた。
「俺、頑張った。これで駄目なら、無理ゲーだったってことで、潔く諦めよう。あんなチート師匠に勝って、その上で閉じ込められて、こんな鬼畜設定にした教皇様に、復活の言葉を掛けられると思うと、憂鬱でしかないけどな 」
俺はそんなことをぼやきながら、ボス部屋に手を触れた。
ギィイイイイと錆びた音ではなく、荒々しくゴッゴッゴゴゴゴゴォォオオオンと今までに無い音が鳴り響いた。
「ラスボス? 気合を入れていくぞ 」
そんなこんなで、いつも通り明かりが灯った。そして五十層二姿を現したボスはワイトだった。
しかし「でか過ぎだろ。」普通のワイトではなく、キング?ロード?それぐらい大きく、ファンタジー世界に良く出てくる姿はオークのように重量感のある体躯が俺の目の前に現れた。
それよりも目を見張ったのが、身体を覆うローブに、指や耳にも、至るところに人の顔が浮き出ていたのだった。
「気持ち悪い。」
五十階層のボスは、ワイトが幾つ物アンデッドを吸収した、アンデッドの集合体だったのだ。
俺は先手必勝で、身体強化で突き進み、いつも通りエリアハイヒールを発動した・・・が、問題が生じた。
ボスの振り被った手が、俺に向かって飛んできたのだ。
魔法を発動しても動ける俺だが、まさか射程があんなに広いとは思わずに、大きく飛ばされた。
「吃驚した。咄嗟に横にジャンプして、衝撃を和らげられたのが救いだったな。」
しかし、厄介なことは続くもので、叩かれたことが原因かは分からないが、ボス自ら殴った腕から、その衝撃に耐え切れなかった腕から幾つもの顔が飛び散った。
「教皇様、無理ゲー加速してませんか?」
飛び散った顔は、赤い目が灯った死霊騎士、レイスを生み出す。
ピュリフィケイションを唱えて、硬直させて死霊騎士を斬る、レイスの闇魔法が効かなくて本当に良かった。
しかし、敵は生まれてきたばかりの敵だけではない。そう語るように、でっかいワイトから、大きな魔法が俺に放たれたところだった。
その魔法は見たことがあった。そう十階層で使われた、掠っただけで、激しい痛みを伴ったあの黒く光る魔法だ。
ああ糞が、俺は詠唱破棄で師匠が残した魔法を発動した。
「サンクチュアリサークル」次の瞬間、俺を中心に魔法陣が発生して其処から光が立ち上った。
ごっそりと持っていかれた枯渇寸前のMPを、何とか持っていた高級マジックポーションを飲んで回復させながら、俺は聖域円の凄さを感じていた。
あの巨大な黒い光の魔法を触れた瞬間に消滅させて、アンデットが触れば溶けていくのだ。
「チート魔法 」がその代償は魔力を100消費して、更に今回は詠唱破棄で1.5倍の魔力を吸い取られた。そしてこのチートの魔法は一分で終わる。
迷宮に入って少ししてから、Pが余ってカトレアさんに進められるがまま購入したポーション類。
正直必要なかった。これまでは使う必要が無かったし、師匠との戦いも回復魔法は休憩を挟みながらだったからだ。
しかし、今回は違う。あの時のアドバイスが無ければ死んでいた。
俺はMPポーションを飲みながら、アンデットに斬りかかり、ボスワイトに浄化魔法を掛ける。
敵が多くなってきてら、詠唱を紡ぐ。
【聖なる治癒の御手よ、母なる大地の息吹よ、我願うは我が魔力を糧とし、天使に光翼の如き、浄化の盾を用いて、全ての悪しきもの、不浄なるものを、焦がす聖域を創り給う サンクチュアリサークル。】
こうしてMPポーションのがぶ飲み、剣と槍でワイトから出てくる魔物を倒していく。
そのおかげであれだけ大きかったワイトは、徐々に小さくなっていく。
そして俺はある実験を行なうために詠唱を紡ぎながら、魔力を外側に形成していく。
そう。教会に来た当初は出来なかった、遠隔魔法陣詠唱で、俺の側ではなく、俺の目が届く範囲で、指定したところに、魔法陣を作りだして、遠隔で魔法を使用するスキルを使っての実験なのだ。
ワイトロード?に、俺はサンクチュアリサークルを使用した。
サンクチュアリサークルの魔法書には、闇魔法を消滅させて、結界の内外の悪魔、不死族を焼く、神様が創ってくださった、全ての聖なるものを守る希望の魔法。
魔が入っている時点で、方術とかの方が良かったんじゃないの?と思ったのは秘密だが、結界の内外を焼く、その文言が気になった俺は、サンクチュアリサークルをワイトロード?の下に指定して発動させた。
その瞬間、ワイトは断末魔をあげた。
ワイトのその身体を、青白い炎が焼く。この瞬間、俺は混乱してしまっていて、全く意味が分からなかった。
幻覚だからなのか、青白い炎から、ワイトを覆っていた顔が急激に溶けていき、最後はワイトのみ、いや生者だと思わせる物語に神聖なオーラを持った老人の神官がこちらに笑いかけて何かを呟いた。
呟いたロードは消滅した。俺はそのとき全身に鳥肌が立って、思いっきり吐いた。
あまりにも酷い設定だった。俺が殺してきた魔物が全てあの老人のような神官だったら?そう問われたようで、最後の最後で此処まで追い込むなんて、何て鬼畜で、何て糞設定なんだ。
俺は、この鬼畜仕様に設定をした教皇様の神経を疑いながら、気分と魔力が回復するのを待ってから残ったものをみる。
「そういえば今回はレイスとかは魔石を落とさなかったな。残ったのはこの凄い魔石と魔法書と杖か。杖持ってたんだな。」
一応浄化を掛けてから、杖と魔石を魔法の袋に入れて魔法書を手に取ると魔法書には禁忌魔法と書かれていた。
「・・・これって、もしかして」
中身は予想していたものだった。その効果も、詠唱も、何故禁忌魔法なのかも全て記載されていた。
俺はこれは教皇様に報告するべきか悩みながら、魔法袋にしまった。
「あれ?いつも出てくる地下への階段が現れない。もしかして」
ゲームでありそうな設定の中央に帰還の魔法陣が現れるのでは?そう思い見てみるが、何も無い。
それどころか、帰り道の扉さえ消えていた。
「詰んだ。これってこれから煩悩を捨てるために断食でもしろと? 」
既に精神的に限界だった。俺はその場で座り込んで、そのまま後ろに倒れた。
そして天使の枕を出して不貞寝することにした。
俺は気がついていなかったが、このとき徐々に神秘的オーラを放ちながらも、どこか優しさを感じさせる大きな扉が、音もなく、地面から浮かび上がってきていたのだった。
起きた瞬間に、その扉を見た俺は、小さい時に悪戯をして、押入れに逃げ込んだ俺を、「悪いことはしちゃ駄目よ」と、軽く叱りながら、ご飯の時間に迎えにきた母を思い出した。