33 死霊騎士王(仮)師匠との死闘 ルシエル本物の武人を知る。
迷宮に挑戦してから、早くも八ヶ月が経過している。
給料が軒並み上がり、上司がグランハルトさんから何故か教皇様に代わり、俺は現在も迷宮に挑んでいる。
「これで俺は頑張れる気がする 」修行を終えた俺は、物体Xを飲みながら明日の大一番を前にイメージトレーニングをしていた。
教皇様からカトレアさんに落とされた情報を聞きながら、圧倒的な魔力量を誇り、回復魔法を使いながら、大剣で力押しで突き進んだ聖騎士長と圧倒的な槍捌きで神官騎士長に上り詰めた男達が明日の相手だ。
大剣で何度も斬られている為に、恐怖心はそこまでない。また槍に関しても何人かの冒険者と戦って恐怖心はしそこまで無い。
痛いけど急所を除けば直ぐに治せるからだ。
「ただ所見はやっぱりきついよな 」
神官騎士や聖騎士で俺を訓練に参加させくれるのは、戦乙女聖騎士隊だけで、各四グループに分かれている、残りの七騎士隊は腫れ物を扱うような感じの対応をされる。
これは以前の三日間の奉仕活動によるところが大きい。
聖都にある治癒院からはクレームが入り、教皇様直属になっていたため、責任はとらせられなかったが、それ以降グランハルトさん、ジョルドさんを含めて俺と接しようとすると迷惑が掛かりそうなので接点が無くなってしまった。
カトレアさんが食堂のオバちゃん達から食事を預かってくれているので、彼女達も被害を受けていないが、いじめ格好悪いと言える仲間も居なければ、カリスマ性もなく戦闘面においても強いわけではない。
「要するに、ヘタレのままってことだ。でも無視みたいなのはまだしもこの世界には暗殺とか、襲撃とか本当にあるから質が悪い。」
俺は憤りを隠せずに大きな溜息を吐いた。
二体を倒すには浄化魔法かそれともエリアハイヒールか。そもそも接近させて平気なのか?そんな不安が頭を過ぎっては訓練に没頭した。
俺は気がついたんだ。幻覚でダメージを負うこの迷宮訓練場も死んだら、それこそ死ぬほど痛いんんじゃないかと思った。
自分の死体を見て青くなり、教皇様から言われる言葉は想像が容易い。
「おぉ、ルシエルよ。死んでしまうとは情けない 」
そんな復活の言葉を真顔でもしくは笑顔で言われる。そんなの認められるか。
痛い思いをして、貶される。そんなことになったら教会の居場所が今以上に無くなってしまう。
カトレアさんの情報では俺を嫌っているのは聖騎士隊の二つのグループと神官騎士の一つのグループらしい。
迷宮をクリアした後、友達100人を目指して頑張ってみようと結構真面目に考えている。
こんな雑念を振り払えないまま、俺の運命を決める一戦の前日、眠れぬ夜を天使の枕のおかげで回避してぐっすりと睡眠を取って迷宮を駆け抜ける。
「体調よし、武器良し、防具良し、魔法の袋良し、魔法付与良し、イメージ良し物体X良し。」
いつも通りの確認を行い物体Xを飲み干す。俺は気合を入れて四十階層のボス部屋を開けた。
「やっぱり暗いな。」その呟きの後に見えた魔物に、俺の脳は硬直した。
三メートル近くあるであろう大剣、同じくらい長い槍、それを交差するように持った俺よりも五十センチはでかく、屈強な鎧を着込んださながら死霊騎士王が出現した。俺はそれを見て叫んでいた。
「それって俺のスタイルパクってんじゃん 」
こうして俺と死霊騎士王(仮)は、騎士道で?一騎打ちをすることになった。
ここから長きに渡って、俺はこの死霊騎士王(仮)と戦い続けるのだが、このときは全くそんなことを考えても見なかった。
死霊騎士王が大剣を振るうと大きな風切り音が聞こえ、槍を突き出せば、一度ではなく三連、五連と異常な突きを出してくる。きっと間接や筋肉がないことでそれをなしているんだろう。
そんなマンガがあった気がする。そんなことよりこの死霊騎士王は本当に強い。それでいて妙に人間臭い。
浄化魔法、回復魔法を使って攻撃を与えると、黒い光に包まれて回復してしまい死ぬことはない。それなのに、物理攻撃でダメージを与えた場合は回復することがないのだ。こちらが回復魔法を使ってもだ。
「はぁはぁはぁ、でも、このままだったらジリ貧だぞ。タイムボタンも無いのにきつい・・・あれ?タイムボタン、これっていけるか?」
俺は部屋の角に物体Xが入った樽を三つ並べて、その外側に行くと死霊騎士王は中央に戻って佇む。
「何処の三流コメディーだ。こんな設定を持ってくるとか、教皇様も人が悪すぎるだろう 」
俺は死霊騎士王に全力で挑むことにした。
どれくらいの時が流れたか定かではない。
半年分の食事、半年分の物体X、迷宮で手に入れていた魔法書。
どれが欠けていても俺は生きていなかっただろう。
腕を斬られ、脚を貫かれて、死ぬように痛い思いをしても、何度無理ゲーだと叫んでも、諦めることだけはしたくなかった。
【聖なる治癒の御手よ、母なる大地の息吹よ、我願うは魔力を糧とし、天使の息吹なりて、彼の者の本来あるべき姿へと復元し、生命の神秘を願わん。エクストラヒール。】
大剣に盾ごと落とされた左腕が戻り、細切れに吹っ飛んだ足が元に復元する。
睡眠を天使の枕で無理矢理とり、魔法では戻せない血を作る為に必死に食べる。
一度誘惑に負けて、俺はエクストラヒールを死霊騎士王に掛けた。
その時の死霊騎士王はやばかった。ゲームでいうならHP1を残したボスが、限界突破して三倍の強さになるようなものだった。
あれ以来、俺は正攻法に戦うことだけを強いられている。治癒士だから…そんな甘えは彼には通じなかったのだ。盾が破壊された時点で盾を持つことは無くなった。
現在、俺は死霊騎士王を第二の師匠として、越える壁として向き合い続けている。
ダメージが一でも通れば、不死属性の魔物でも魔素に還ることを信じてだ。
何度もブロド教官に習ったことを思い返し、この世界に来てから頑張り続けた俺を思い出して、一歩一歩進む凡庸の俺にはそれしか出来ないのだから。
アンデッドなのに騎士道精神に溢れる、物語の主人公の様な高潔な死霊騎士王師匠は言葉がないが、俺の成長を感じてくれているだろうか?
大剣をランスで流して魔力を込めた左の足で蹴りをつける。巻き込むように態と長く持った槍の石突が回転しながら俺の胴に迫るが、それが来るのが分かっている俺は回転しながら背中を裏拳の要領でがら空きの背中に魔力剣を打ち込む。
何度も見た光景だった。何度も身体に刻まれた痛みだった。何度も、何度も。
俺は自然と涙が溢れるのを感じた。
師匠が一生この世から消えるからなのか、師匠を倒す達成感からなのか、それとも大きく成長出来たことが実感出切ることが原因なのかわからない。
俺は師匠の首に向けて魔力を最大限に込めた短槍を突き刺した。
ランスは青白い光を放ち師匠の首を飛ばした。師匠の頭部が飛んで、師匠の身体が後方へと倒れる。
次の瞬間、師匠は弾けて、大きな魔石と魔法書、大剣と長槍の他に、俺に合わせて造ったと言わんばかりの片手剣と短槍、師匠が装備していた兜、鎧に篭手、脛当て、ブーツ一式が黒ではなく青白く輝くものになって立っていた。
俺は魔物であった死霊騎士王師匠に頭を下げて心からお礼を言った。
「師匠、長い間ありがとう御座いました。」
こうして俺と師匠の長い長い戦いがついに終わってゴォオオオオっと下に向かう扉と階段が姿をみせた。
「うるせぇええ、少しは感傷に浸らせろ。」
最後まで締まらない感じだったが、俺はついに四十階層のボス部屋をクリアした。が、どういう理由があるのだろう。後方の扉が開かない。
「マジですか? 」
こうして俺は閉じ込められたまま、先に行くしかない迷宮を進むことになるのだった。