32 慈善活動の輪
聖都に来てから、一度もじっくりと聖都を見ていなかったんだな~と思いながら、あれ? 俺ってこの世界に来てから、散策したことがあったか?そう考えて一度もしていなかったことに気がついた。
そんな余裕の無い人生に傷つきながら、スラム街を進むと俺は言葉を失った。
色んなところで夥しい血溜まりが見受けられたからだ。
気が付いたときには指示を出しながら、俺は怪我人に魔法を唱えて発動していた。
そして治療を始めて直ぐに、女の子にローブを引っ張られていくと、血だらけの獣人たちが一人の獣人を守るように武装を固めたままで気絶していた。
どうやら生きてはいそうだ。
俺は近寄って行った瞬間に「危ない。」と声が聞こえたが想定のしていなかった意識が無いであろう獣人に、思いっきり脇腹を刺されていた。
「あ~痛い。超痛い。もうやだ。全て治してやる 」
俺は涙目になりながら、エリアハイヒールを唱えた。
次に浄化魔法を掛けて身体をきれいにしてリカバーで、俺を刺した獣人を起こしながら抜いた短剣の傷口に、ハイヒールを掛けてから漸く落ち着いた。
「もう嫌だ。大人しい患者は何処だ。安全で弱ってる人を治療します 」
俺がそんな宣言した後、それを聞いた人達は、大人しくしている人のところまで、誘導をしてくれたので、順番に治療していった。
ルシエルは一生懸命過ぎて気がつかなかったが、冒険者達の間では目の前の光景を見て様々な感想が口から零れた。
「見たか? あの獣人の剣が聖変を貫いたのに、怒りながら治療したぞ 」
「あれって普通の治癒士だったら、死ぬか、気絶するだろ 」
「ああ。普通は魔法なんて使えないはずだ 」
「それよりも、普通は治療拒否するだろ? 」
「痛いってことは、痛覚あるんだろ? 」
「あれじゃないか、本当にゾンビのように、打たれ強いってことじゃないか? 」
「しかし、あれで死んでたら、俺らって、かなりマズかったんじゃねえか? 」
「ええ。それに冒険者の中には、聖変様に助けてもらった人も、この聖都にはたくさんいるから、あの獣人さんも、他の獣人さんもマズかったわ 」
「だろうな。若くて忘れそうになるが、あの鎧を着てるってことは、教会でも上の立場だろうし、戦乙女聖騎士隊とも仲が良いらしいからな 」
「もしかしたら暴動や、人族主義の連中が騒ぎ出したかもしれないものね 」
「これってちゃんと見張らないとやばそうだな 」
「さぁ皆、警戒にあたりましょう 」
『おう 』
そんな会話が流れたことなど知る由もなく、獣人たちを含め、この際だからとスラムの住人達も一斉に治療することになった。
こうして三日間、俺は冒険者ギルドで治療しながら、スラムにも赴き、掃除や怪我人を徹底的に治した。
スラム街の人たちは、俺の姿を見て初めはビクビクしていたが、俺が無償で治療と清掃し回っていることを知ると、崇めるものもいた。
「私が出来ることは、今回だけのような慈善活動だけです。人に優しくしてほしいから、今回はたくさん慈善活動を行ないました。私のように慈善活動をして、人に優しくしてもらいたいと願ってください。いつか分けたその優しさが返ってくるように願って。そうすればいつかきっと、その優しさが自分の助けてなってくれると思いますから。私はそう皆さんを信じていますよ 」
こうして俺は笑いながら、三日間の勤労奉仕を終えた。
「……それで、あの~頭を床から、そろそろ離しませんか?私はこれ以上、変な噂が広まるのが嫌ですし 」
冒険者ギルドのマスター部屋で、獣人の集団が土下座をしているのだから、本当に……精神的にきつい。
これならまだ、アンデッドと戦い続ける方がずっと楽だよ。
俺はそうぼやくことさえ出来なかった。
「まさか高位治癒士の方で、これほど立派な方にあろうことか剣を突き刺してしまったのです。この命を捧げても足りません。」
「うん。そういうのはいりません。えっと、そちらが自由都市国家イエニスの代表団ってことは分かりました。それで、なんで死に掛けていたんですか? 」
種族差別が無い自由自治国で、民の代表が運営する、珍しい形の国だ。代表の任期は二年周期で変わるらしい。
「はい。この度イエニスに、治癒士ギルドを創設していただきたいと思い参った次第です 」
「なるほど 」
「聖都シュルール教会にご連絡をさせていただき、教皇様と会談することになり、近くまで来たところを盗賊に襲われたのです。盗賊は乱れることもなく規律の取れたもので危なかったです 」
「なんか陰謀の臭いがプンプンするのぉ 」
「俺は治癒士ですからこの件は無理ですね。それにしても良く逃げ切れましたね?」
「ええ。本当に運良く、魔獣や冒険者達が現れて、何とか逃げきることに、成功しました 」
「なるほど。それで、会談は出来そうなのですか? 」
「ええ。実は、先程まで会談を行なっていて、無事に全て済ませることが出来ました。」
「そうですか。だったら、帰り道は気をつけた方がいいですよ。例えば道中で襲って来たり、あなた方に助けを求めて、実は近寄った瞬間に悲鳴をあげて、冤罪をでっち上げたりすることも考えられます。そうですね。暫らく冒険者ギルドに滞在して冒険者に会談の結果を通達してもらった方がいいでしょう。それと、お金が許す限り、ギルドマスターに帰りの道中の護衛を信頼出来る冒険者を見繕ってもらうことです 」
「・・・そこまでですか? 」
「ええ。俺は獣人の方にもお世話になっていて、親しい方も居ますが、人族主義の人は、この国でも多いみたいですから。特に治癒士ギルドでは、そういう膿のような派閥もあるみたいですから 」
「ご助言感謝します 」
「いえいえ。じゃあギルドマスターあとは宜しくお願いしますね。俺も教会の仕事があるので 」
「ああ。今回は本当に助かった 」
「こちらもアンデッドに関しては、色々情報はいただきましたからね。お相子ですよ。あとこれから来れない期間が続くかもしれないので、気をつけてください。じゃあ皆さん、機会がありましたら、また何処かで 」
こうして俺は部屋を出ようとすると、クイックイッとローブを引っ張った女の子、声帯が切れてしまっていて喋ることの出来ないシーラちゃんに抱きつかれた。
「シーラちゃん、君はここにいる人たちを救った英雄だ。これからも運命に負けないように頑張るんだよ 」
俺は駄目元で、ある魔法を唱えると部屋を出た。
この出会いが、後に俺の人生を大きく変える事になるとは、このときの俺は知る好もなかった。
「あら?今から迷宮に行くの? 」
「ええ。何だか何処にいても、針のむしろ状態なんで、幸い半年ほどの食料も、あれもあるから迷宮で暮らそうかと 」
「馬鹿を言っていないの。そんなことを、許せるわけないでしょ 」
「そうですよね。でも、今回のことで悪目立ちしてしまったみたいですし、暗殺や襲撃が怖いので、逃げれるぐらいは、強くならないといけないと思いました 」
「・・・教皇様に掛け合ってあげるわ 」
「はい。お願いします。それにしても人を助けるだけで、恨まれるって怖い世界ですよね。」
「本当にそうね 」
「じゃあ無理せずに行ってきます 」
「ええ。いってらっしゃい 」
こうして俺は迷宮訓練場に足を踏み入れるのだった。